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8−2:出会い(POV:ヴィル)

第132話:ゴロツキ

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 王都陸軍の傘下にある警ら隊は、以前から問題の多い組織だったようだ。
 神薙を襲った犯人は随分と目立つ容姿をしていたが、彼らはすぐに捕らえられなかった。

 「それだけではないです!」と、アレンが鼻息を荒げた。

「うちの団員が警ら隊員から賄賂をねだられたのです。金品を渡せば捕縛する、そうでないなら放置だとでも言うような態度で。有り得ないないですよ」

 「ブチ切れるのも無理はないと思うよ」と、俺はアレンを少しだけかばってやった。
 「確かに良い噂は聞かないよなぁ」と、クリスが言った。

「庶民街のほうの警ら隊は態度が悪いよな?」
「そのとおり。組織が腐っている。その責任は陸将にある」

 叔父と宰相はかねてより商人街周辺の治安を問題視していた。
 スリやひったくりが多く、凶器で脅して金を奪う強奪事件もあったし、店舗が強盗に襲われることもあった。特に護衛を付けていない中流階級の人間が狙われやすい。

 民が安心して歩けるように改善策はいくつも打たれていた。
 そのうちの一つに「警ら隊の給金を上げる」というものがあった。単純に仕事への意欲を高める目的だったのだろう。しかし一向に検挙数が上がらない。

 不思議に思った叔父は特務師団を動員して原因を調べさせていたらしい。
 調査の結果は散々だった。

 まず、警ら隊の一部の連中が賄賂まみれだった。
 それは庶民街から貴族街手前までの西側を担当している一隊で、何の罪もない民から賄賂を巻き上げる輩と、罪人から賄賂を受け取って見逃してやることに勤しむ輩とで構成されていた。

 賄賂のおねだりが常態化し、ついには貴族が多い第一騎士団員にまでねだった。
 彼らはもはや町のゴロツキと変わらず、人としてまともな判断もできないほどのクズと化している。

 彼らが担当する西側はそもそも犯罪発生数が多く、治安維持に力を入れなばならない地域だった。町の治安を守るはずの連中がそこそこ大きな組織で悪いことをしているのだからタチが悪い。

 神薙を襲ったゴロツキどもは西側の庶民街へ逃げた。
 賄賂を払いさえすれば、いくらでも逃げ続けられるというわけだ。捕縛が遅れたのも警ら隊が金を受け取って逃がしていたせいだった。

 そして、その上層組織である陸軍をまとめる陸将は、警ら隊に上乗せされた給金をくすねる大ネズミだった。その被害総額たるや想像を絶する。
 治安改善のために上乗せしたはずの給金は、そのほとんどが陸将の懐に入っている計算になった。陸将の一族が、収入を遥かに超えた額面の金を湯水のごとく浪費していることも分かった。

 さて、どいつから罰するか、と相談をしていたところに、この神薙の事件が起きた。

 叔父は俺に「陸将のところへ行ってきてくれ」と言った。
 特務師が集めた証拠の数々を渡され、使えるものがあれば持っていけと言う。

 俺は王が決めた処遇を伝える係だ。
 相手がそれに納得しない場合は、推理小説の人気シリーズ「名探偵クリストファー・ジョン」のように、証拠をつきつけて「お前が犯人だ」とでも言えば良い。

 叔父は神薙を傷つけられて激高していた。
 今にも陸将を捕らえて殺すぐらいの勢いだったが、宰相が思い留まらせて処分を提案した。

 その結果、陸将本人だけでなく妻の実家筋と親戚まで、追えるかぎり追って財産を差し押さえることになった。
 彼らの所有物は何もかもが売り払われて返済に充てられる。全額が回収できるわけではないが、多少は補えるだろう。

 宰相が提案した刑には、陸将の地位や身分を落とす処遇や身柄を取り押さえるような要素が一つもなかった。
 彼は陸将の体面だけはそのままに財産をすべて差し押さえられた。無一文で家もないのに、陸将として働かなくてはならないのだ。
 恐ろしい刑だった。宰相は静かに怒り狂っていた。

 王都陸軍は金を管理する権限一切を取り上げられた。
 陸将は自ら職を辞すべく兵部大臣(俺の父)に申し出たが、刑の執行中であることを理由に辞職は却下された。

 家族や親戚も無一文で家から放り出されており、彼は一族からの報復を恐れて王都から逃げ出した。
 しかし、彼は陸将だ。王都陸軍の頂点に立つ男であり、重責を担っている。
 職務放棄は重大な軍規違反だ。
 しかも、王都から外に出る許可証を持たずに越境したため、追加でいくつもの罪に問われることになった。
 瞬く間に追っ手がかかり、彼が安全な場所まで逃げ切ることは不可能だった。

 宰相ビル・フォルセティは敵に回したくない。
 温厚そうな顔をしているが、一度やると決めたらとことん冷酷になれる策士だ。
 叔父は捕らえて殺すだけだが、宰相はすべて計算ずくで叩き落としてから踏みつぶす。
 うのていで逃げ出したところを捕らえ、絶望させてから殺すのだ。

 王命で捜索に騎士団が動員され、神薙を負傷させたゴロツキは捕らえられた。
 彼らと陸将、それから一部の警ら隊員には、想像を絶するようなおしおきが待っている。


 今、警ら隊は立て直しの真っ只中だ。
 しばらくの間は我々王都騎士団も治安維持の一端を担うことになるだろう。

 「諸々の結論を神薙に教えてやれば?」と言ったら、アレンから「言えるわけないだろ。馬鹿じゃないのか」とキレられた。
 以前の俺ならば「は? なぜ?」と思ったかも知れないが、今では彼がそう言うのも少し分かる。

 「そんなことより」と、アレンがまた俺を睨んだ。

「なぜ、リア様に家名を明かさなかったのですか。良からぬ意図を感じます」

 彼がそう言うと、クリスの矛先が俺に向いた。

「ヴィル、お前何をやっている。なぜ名乗らなかった」
「違う。あの日は隠密行動だったのだ。そのために全体訓練にも行けなかった。大っぴらに言えなかっただけだ」

「なんだよ隠密行動って」
「例によって叔父上のお使いだ。訓練をサボるにしては内容がくだらなすぎて、口に出すのも恥ずかしい」
「相変わらず便利屋か……不憫だな」
「無給のな。街の便利屋のほうがまだ儲かるぞ。世界で貧乏な王族を順に並べたら俺は絶対に一位だ」
「わはは! よくお前と小銭稼いだっけな」
「戦に出ても褒賞がペン一本だったのを知っているだろう」
「そう言うな。当時の給料では買えない高級ペンだ」

「そんなわけで、苦情は叔父上まで」
「言えるか、ばーか」
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