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第八章 ヴィルヘルム 8−1:神薙降臨(POV:ヴィル)

第127話:英雄との晩餐

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「父上も絡んでいるのか?」
「取り調べに『真実の宝珠』を提供してくれたらしいが、どうやら一部の取り調べにも同席しているようだ」
「なるほど。もう連中は嘘も付けないな」

 『真実の宝珠』は我が家に伝わる宝の一つだ。
 大したものではないのだが、嘘を暴くには便利な石ころだった。
 表向きの使用には父か王の許可が必要ということになっているが、父と俺の間では許可もへったくれもない。
 世間には公表していないが、そもそも宝珠は三つ存在している。そのうち一つを「持っておけ」と言われてポイっと渡され、俺も持っていた。
 一つ貸すぐらいどうってことはないのだが、使われ方や貸し出し先によっては面倒なことになる。そのため、父か王の監視下で使わせることにしていた。

 しかし、このところ家にも戻れないほど多忙だという父が、よく動けたものだ。
 父のことだ。動く価値があったから動いたのだろう。忌々しい魔導師団を潰せる絶好の機会を逃すような人ではない。

 報告書に再び目を落とした。
 クリスのゴツい字が激動の一日を物語っている。

 「それで、ここに書いてないことを詳しく話してくれるのだろう?」と、俺は尋ねた。
 クリスは「お前に急ぎの用がなければな」と言うと、俺の机で山になっている紙を指差した。

「いや、たった今、急ぎの用はなくなった」
「そうか。悪いが酒なしでは語れないのだが?」
「では飲もう。実は猛烈に腹が減っている」
「それはちょうど良かった。まずは食堂でも覗いてみるか」


 どう考えても秘匿扱いの話なので、騎士団の食堂から何かもらって俺の部屋まで運ぶことにした。

 時間が遅かったため厨房はもう片付けをしているところだった。
 顔なじみの料理人が俺たちの雰囲気を察して、燻製肉を炙ってくれた。
 俺たちが歓喜していると、肉のソースがかかったジャガイモと牛の内臓の煮込み、それからチーズと酢漬けの野菜を手際よく盛り付け、最後に腹を空かせている俺のためにパンとトウモロコシのスープも添えてくれた。
 この食堂が出す料理には賛否両論があり、俺はどちらかと言えば否定派のほうで滅多に来ない。しかし、空腹に勝るソースはない。

 「完璧だ」と、クリスが料理人を賞賛した。
 「ありがとう。どれも美味そうだ」と、俺も彼らに感謝した。

 給仕用のトレイに料理を乗せると、騎士団宿舎へ繋がる渡り廊下を通り、俺の部屋へ向かった。
 途中、第三騎士団のデカい連中が「二人で悪巧みですか?」と聞いてきた。
 クリスが「老後に二人で営むパン屋について極めて重要な相談をする」と大ぼらを吹くと、団員たちは野太い声でゲラゲラ笑った。そして口々に「有り得ない」「団長のエプロン姿を想像しただけで死ねる」などと言いながら、各々の部屋へ戻っていった。

 俺たちは以前から、「やることがなくなったら牧場と肉加工施設の隣でパン屋を開こう」と話している。
 早朝に焼いたパンを売り、牧場におすそ分けをして代わりに肉とチーズをもらう。
 肉を焼いて酒を飲み、寝て、また早朝にパンを焼く。
 俺が今の仕事を押し付けられた頃から、そんな話をすることが増えた。机に縛り付けられて現実逃避でもしていないとやっていられないからだ。

「相変わらず、部下といい雰囲気だな」
「うちはそのぐらいしか良いところがない。訓練はキツいしな」
「第三は良い騎士団だ。重要施設を狙った犯罪は激減している」
「そうだといいがな」

 部屋に入って鍵を閉めると、俺たちは五歳児に逆戻りする。
 かつて俺たちは、周りから「二人揃うと騒がしい」だの「行儀が悪い」だのと言われる困った五歳児だった。いや、主に困った子どもだったのは俺のほうかな。

「早く食おう」
「グラスグラス」
「腹減って死ぬ」
「ワインはどこだ?」
「そこの棚の上」
「ここか。うお、貯め込んでいるな。どれにする?」
「好きなのを選んでくれ。乾燥肉も出そう」

 俺が棚を開いてゴソゴソやっていると、クリスが「書記の土産か?」と聞いてきた。彼は後輩の一人をいまだに生徒会時代の役職名で呼ぶことがある。

「いい加減にアレンを卒業させてやれ」
「クリス先輩、仕事をしてください。あなたは副会長でしょう? 会長、あなたもです!」
「うーわ、似ている……」
「よく文句言われたっけな」
「俺は今も同じことを言われている。多分、明日も言われる。自分が成長していないことを実感するよ。彼はどんどん成長しているのに」
「なあ、最近あいつがかけている変なメガネは何だ?」
「男の気配を薄める魔道具の試作品だ。神薙対策として魔道具屋に作らせた」
「どこかの令嬢が『細い岩に見える』と言っていたが、そうなのか?」
「ああ、そう見えているなら成功だな」
「ほぉーん」

 俺たちは書記君の噂話をしながらワインを選び、テーブルに料理を並べた。本日の晩餐会の始まりだ。

「よし食おう!」

 料理人が「ぜひ食べてほしい」と言って用意してくれた燻製肉は脂が甘く、酢漬けの野菜と良く合った。俺はすべての料理を一通り味見すると、まずは空腹をなんとかするため、パンとスープに取り掛かった。

 スープに浸したパンが腹に入るとホッとする。
 朝から何も食べていなかった。
 肉と野菜を交互に口に運び、時折パンをちぎる。ワインが通り過ぎるたび、喉が歓喜の唸りを上げた。

 黙々と口を動かしながらクリスの話を聞いた。
 話の合間に「うんうん」と相槌を入れたが、口は咀嚼に全集中していた。
 彼はワインを飲みながらバーッと一気に話すと、「ざっとこんな感じだ」と言い、燻製肉にナイフを入れた。

「なあ、クリス」
「ん?」
「よく逃げられたな、その女」

 パンにバターを塗りながら言うと、クリスが燻製肉を切っていたナイフを止め、俺を睨んだ。
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