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初めて頂いたお手紙です
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ヴィルさんからのお手紙は、一人だけの時間に読もうと思っていた。
男性から手紙を貰うのは初めてだったし、先日のドキドキが甦って真っ赤になりかねないので、人前だと少し恥ずかしかった。
しかし、侍女三人が興味を抑えきれないのか、全然離れていかず、そのソワソワ・モジモジとした様子があまりに可愛くて、一緒に読むことにした。
こちらの手紙は、色付きの蝋のようなものを溶かし、その上から家紋の印を押し付けて固めることで封をする。「ナルホド、『封印』とはこのことだったのか」と思うようなやり方だった。
ヴィルさんの手紙は、封印こそされていたものの、そこに家紋は付いていなかった。家紋から何者かが分からないようにするため、印のフタを外さずに使ったのだと思う。
便箋を取り出して開いた。
字のクセがどうかというのは分からないけれども、パッと見た瞬間、彼がこれまでの人生で沢山の字を書いてきた人だということは分かった。
大きくて見やすい彼の字は、たどたどしいわたしのそれとは違い、真っ直ぐであるべきところは真っ直ぐに、払うところは大きく払い、曲がるべきところは滑らかなカーブを描いていた。速く書くために前の字と続けて書いているところが、初心者のわたしには大人っぽく格好良く感じる。
ダイナミックで格好の良い文字が、五枚の便箋をびっしりと埋め尽くしていた。
手紙もイケメンなんて、もう人間国宝でいいのではないでしょうか……。
冒頭にパイがとても美味しかったと感謝の言葉が書いてあり、あとは楽しい日常会話的な内容だった。所々にわたしへの興味が散りばめられていて、社交辞令と分かっていても、つい嬉しくなってしまう。
最後に「またお忍びで町へ出る際は、良かったらご一緒しましょう」と書かれていて、「貴女を思うヴィルヘルムより」という言葉で締めてあった。
読み終えると侍女から黄色い歓声(悲鳴かな?)が上がった。
彼の手紙には質問がいくつか書かれていたので、ハーブティーのお礼とあわせて返事を書いた。
また二日もすると、それに対する返信が戻ってくる。そこにもちょっとした質問が書いてあったので、セッセと返事を書いた。
すると、すぐにまた次の手紙が届く。
それからというもの、このエムブラ宮殿と騎士団宿舎の間を手紙が行ったり来たりするようになった。
わたしは異世界に来て、初めて文通というものを経験した。
以前、祖母が話してくれた携帯電話とインターネットがない時代の話に通じるものがあった。
祖母の話では、電話に加えて手紙もポピュラーなコミュニケーションツールで、手紙で始まる男女の出会いもあったという。新聞や雑誌に住所と本名を載せ、文通相手を募集してしまうのだとか。今では考えられないことだけれども、手紙をやり取りをしているうちに恋に落ちて結婚に至るケースもあったと、祖母は笑いながら話していた。
知識としては知っていたけれど、まさかこんな形で自分が手紙のやり取りを経験するとは思っていなかった。
返事が戻ってくるまでの時間がもどかしい。
スマホのメッセージアプリなら、未読か既読かも分かるのに、手紙はそのもどかしさの次元が違う。
届いたかな、読んだかな、どう思ったかな……と、ヤキモキする時間の単位が、秒でも分でも時でもなく「日」なのだ。
この宮殿の場合、手紙のやり取りは従業員の人が行ってくれるので、当日中に届けてもらえる。実は、これは相当恵まれていた。
町の郵便屋さんを介した場合は、王都内でも一日ないしは二日かかるし、宛先が遠方なら、更にお馬さんの移動時間が上乗せされる。辺境の地へは一か月近くかかることもあるそうだ。
既読の表示がなかなか出なくて「どうしよう。まだ読んでくれていない」なんて気にしていたのは一体何だったのか。
わたしはここで、人とのコミュニケーションには心の余裕が重要だということを学んだ。学ばされた。ほぼ強制的に(笑)
返事を待っている間、次に書きたいことをメモしておくようになった。
あの国宝のように素敵な騎士様が、机に向かってペンを滑らせ、何を書こうか考えているところを想像するだけで、甘ったるい心臓発作が起きそうだった。おかげで毎日が楽しくなってしまった♪
彼はポジティブで楽しい内容の手紙を書いてくれた。
愛馬で遠乗りに出た話や学生時代にお友達と釣りに興じた話など、結構アクティブな方のようだった。
そして最後に、「愛を込めて」とか、「敬愛の口づけと共に」というような、やや甘の結びでダイナマイトを起爆させ、わたしの心臓を木っ端微塵に吹き飛ばした。
心の隅っこに居座っていたスマホへの未練は、度重なる爆発で塵と化し、宮殿の裏手に流れる川にサラサラと溶けて流れていった。
さようなら、デジタルの海。
わたしはアナログな人になります。
オーディンス副団長は「神薙だと伝えても差し支えない」と言ってくれたけれども、ただのリアのままでいたかった。
互いに身分を明かさない関係が心地良い。
時折、「お披露目会に彼が来たら、全部バレてしまうなぁ……」と考えては不安になった。
わたしの心はひとりで勝手に浮いたり沈んだりしていた。
男性から手紙を貰うのは初めてだったし、先日のドキドキが甦って真っ赤になりかねないので、人前だと少し恥ずかしかった。
しかし、侍女三人が興味を抑えきれないのか、全然離れていかず、そのソワソワ・モジモジとした様子があまりに可愛くて、一緒に読むことにした。
こちらの手紙は、色付きの蝋のようなものを溶かし、その上から家紋の印を押し付けて固めることで封をする。「ナルホド、『封印』とはこのことだったのか」と思うようなやり方だった。
ヴィルさんの手紙は、封印こそされていたものの、そこに家紋は付いていなかった。家紋から何者かが分からないようにするため、印のフタを外さずに使ったのだと思う。
便箋を取り出して開いた。
字のクセがどうかというのは分からないけれども、パッと見た瞬間、彼がこれまでの人生で沢山の字を書いてきた人だということは分かった。
大きくて見やすい彼の字は、たどたどしいわたしのそれとは違い、真っ直ぐであるべきところは真っ直ぐに、払うところは大きく払い、曲がるべきところは滑らかなカーブを描いていた。速く書くために前の字と続けて書いているところが、初心者のわたしには大人っぽく格好良く感じる。
ダイナミックで格好の良い文字が、五枚の便箋をびっしりと埋め尽くしていた。
手紙もイケメンなんて、もう人間国宝でいいのではないでしょうか……。
冒頭にパイがとても美味しかったと感謝の言葉が書いてあり、あとは楽しい日常会話的な内容だった。所々にわたしへの興味が散りばめられていて、社交辞令と分かっていても、つい嬉しくなってしまう。
最後に「またお忍びで町へ出る際は、良かったらご一緒しましょう」と書かれていて、「貴女を思うヴィルヘルムより」という言葉で締めてあった。
読み終えると侍女から黄色い歓声(悲鳴かな?)が上がった。
彼の手紙には質問がいくつか書かれていたので、ハーブティーのお礼とあわせて返事を書いた。
また二日もすると、それに対する返信が戻ってくる。そこにもちょっとした質問が書いてあったので、セッセと返事を書いた。
すると、すぐにまた次の手紙が届く。
それからというもの、このエムブラ宮殿と騎士団宿舎の間を手紙が行ったり来たりするようになった。
わたしは異世界に来て、初めて文通というものを経験した。
以前、祖母が話してくれた携帯電話とインターネットがない時代の話に通じるものがあった。
祖母の話では、電話に加えて手紙もポピュラーなコミュニケーションツールで、手紙で始まる男女の出会いもあったという。新聞や雑誌に住所と本名を載せ、文通相手を募集してしまうのだとか。今では考えられないことだけれども、手紙をやり取りをしているうちに恋に落ちて結婚に至るケースもあったと、祖母は笑いながら話していた。
知識としては知っていたけれど、まさかこんな形で自分が手紙のやり取りを経験するとは思っていなかった。
返事が戻ってくるまでの時間がもどかしい。
スマホのメッセージアプリなら、未読か既読かも分かるのに、手紙はそのもどかしさの次元が違う。
届いたかな、読んだかな、どう思ったかな……と、ヤキモキする時間の単位が、秒でも分でも時でもなく「日」なのだ。
この宮殿の場合、手紙のやり取りは従業員の人が行ってくれるので、当日中に届けてもらえる。実は、これは相当恵まれていた。
町の郵便屋さんを介した場合は、王都内でも一日ないしは二日かかるし、宛先が遠方なら、更にお馬さんの移動時間が上乗せされる。辺境の地へは一か月近くかかることもあるそうだ。
既読の表示がなかなか出なくて「どうしよう。まだ読んでくれていない」なんて気にしていたのは一体何だったのか。
わたしはここで、人とのコミュニケーションには心の余裕が重要だということを学んだ。学ばされた。ほぼ強制的に(笑)
返事を待っている間、次に書きたいことをメモしておくようになった。
あの国宝のように素敵な騎士様が、机に向かってペンを滑らせ、何を書こうか考えているところを想像するだけで、甘ったるい心臓発作が起きそうだった。おかげで毎日が楽しくなってしまった♪
彼はポジティブで楽しい内容の手紙を書いてくれた。
愛馬で遠乗りに出た話や学生時代にお友達と釣りに興じた話など、結構アクティブな方のようだった。
そして最後に、「愛を込めて」とか、「敬愛の口づけと共に」というような、やや甘の結びでダイナマイトを起爆させ、わたしの心臓を木っ端微塵に吹き飛ばした。
心の隅っこに居座っていたスマホへの未練は、度重なる爆発で塵と化し、宮殿の裏手に流れる川にサラサラと溶けて流れていった。
さようなら、デジタルの海。
わたしはアナログな人になります。
オーディンス副団長は「神薙だと伝えても差し支えない」と言ってくれたけれども、ただのリアのままでいたかった。
互いに身分を明かさない関係が心地良い。
時折、「お披露目会に彼が来たら、全部バレてしまうなぁ……」と考えては不安になった。
わたしの心はひとりで勝手に浮いたり沈んだりしていた。
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