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厨房へダッシュです

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 当日、わたしは久々に『ぺったんこ靴』を装備した。
 まずは侍女が護衛の騎士様を部屋から引き離す。
 そのタイミングを見計らって、いつも内側から鍵が掛かっている浴室のドアをそっと開錠し、裏から脱出。
 そこからはメイドさん達が使う従業員用の廊下と階段を使い、厨房へと一気に突っ走るだけだ。

「アレ、あっさり着いちゃった……」

 拍子抜けするほどスムーズに厨房へ到着してしまった。
 料理長が笑いながら出てきて「お早いお着きで」と言った。

「オーディンス殿に叱られるご覚悟のほどは?」
「お小言ぐらいではヘコむ気がいたしません」

 すっかり顔なじみの料理人たちは、口々に「さすが」と言って笑っていた。
 厨房の人々は先代の好き嫌いで大変な苦労をしてきており、何でも食べられて料理好きのわたしをいつも歓迎してくれる。今回のワガママにも、かなり前のめりで協力してくれた。

 バレないように料理をするには、仲間が必要不可欠だった。
 料理長にはあらかじめ必要な材料と道具を伝えておき、事前に作業工程の打ち合わせもした。
 侍女トリオはわたしの部屋に残り、自作の台本に沿って三人で四役を演じている。まるでわたしがいるかのようにカモフラージュ中なのだ。隠れてこっそり見てみたいけれど我慢我慢。

 エプロンに三角巾、さらに『はしたない腕まくり』をして手を洗い、振り返ると料理長が親指を立ててウィンクをした。

「準備はできていますよ、リア様」
「頑張りますっ」

 頼んでいたとおり、作業台に冷え冷えの材料がドンと運ばれてきた。パイ生地づくりは温度が大事。材料が揃っていることを指差し確認し、いざ開始。

 用意しておいてもらったスケッパーを使い、粉の中でバターを手早く切りながら混ぜ合わせる。
 プロに見られながらの作業は少々緊張するけれど、時間もないし黙々と最少の手間で頑張るのみ。

「てっきり捏ねるのかと思っていました」
「捏ねちゃうとサクサクに仕上がらないので、手早く切り混ぜる感じですねぇ。手が冷たければ、後半は指でつぶすと早くて……」
「なるほど。よし、リア様に続け!」
「はいっ!」

 なぜかわたしと全く同じ分量で用意した材料を、料理人がこちらを見ながら真似をして同じように作り始めた。
 厨房にトントントントン……と、バターをカットする心地良い音が響く。

 お菓子の価値については、料理長から色々と教わった。
 王都ではクリーム系・バター系お菓子は、基本的に少し高価だ。ただ、すべてが高いかと言うとそうではなく、「冷蔵に費やしている経費による」という言い方が適していそうだ。
 この世界には電力がなく、代わりに魔力がある。魔力は天人族しか使えないので、高価になりがちだ。
 この宮殿には、魔力を持った天人族の騎士が出入りしているので、大きな冷蔵室は常に冷えているし、氷も潤沢にある。食品の冷蔵には困っていない。けれども、ヒト族の一般家庭や商店でそういった環境を整えるのは、それなりに先立つものが必要だし、維持するにもお金が必要らしい。
 その冷蔵にかかる設備費が商品代に転嫁されるので、商人のスペックによって高かったり安かったりするわけだ。
 わたしはこの恵まれた環境に感謝をしなくてはいけない。例えそれが、日本ではごく当たり前のことだったとしても。

 侍女長は「お粉が付いても目立たないように」と、ピンクベージュのドレスを準備してくれていた。
 リボンは後ろに大きなのが一つあるだけで、調理の邪魔にならないよう髪も編み込みでフルアップ。皆に協力してもらえたおかげで作業に没頭できた。

 冷水を加えて生地をまとめ、何層にもなるよう折り畳んでは伸ばす作業を繰り返す。
 ここまでやれば、あとは冷蔵庫様にお任せだ。乾かないようにして、一時間寝かせておく。

 「あとでまた来ます」と伝えて厨房をあとにすると、大慌てで階段を駆け上がり、浴室のドアから滑り込んだ。
 ベランダで服に着いた小麦粉をはたくと、侍女と集まり、ひそひそ首尾を報告し合った。


 一時間後、再び四人の連携プレイで厨房へ突撃。
 アーモンドスライスなどを乗せて仕上げ、焼き窯に入れたら料理人チームにお任せして厨房をシュバッと脱出。
 隠れて屋敷の中を移動するのは大変だし、もう、とにかく大忙し。
 しかし、苦労の甲斐あって、サクサクのアーモンドパイが三時のティータイムに並んだ。
 わぁい♪

 香ばしいバターの香りが屋敷中に充満する中、パイとお茶を頂く……。まさに至福の時間だ。
 もちろん日本の名店の「あのパイ」には敵わないけれども、こちらには焼き立てという最強のアドバンテージがある。

 わたしが厨房へ行っている間、クローゼットがある支度部屋で舞台(?)に立ち続けていた侍女三人は、「こんなに素敵なご褒美があるなら何度でもやりますわ」と絶賛してくれた。
 料理人たちが一緒に作ったため、大量のパイが完成し、宮殿中のスタッフに「神薙様のパイ」と言って振る舞われた。

 皆の笑顔が見られてほっこり気分。
 ティータイムは盛り上がり、今の王都ではこれ以上ないお礼の品だと太鼓判を押してもらえた。
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