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救世主様がイケメンさんです

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「何をしているのかと聞いている。答えろ」

 話し方は、外部の人と話しているときのオーディンス副団長に似ていた。けれども、彼とは声が違う。
 樽オジサンは突然浴びせられた高圧的な言葉に対し、「別にぃ、なぁンにもォ」と曖昧な返事をすると、ついでのように「ヒック」と、白目をむいてしゃっくりをした。
 取り巻き達は彼ほど酔っていないらしく、口々に「まずいっすよ」「ずらかりましょう」などと言い始めている。しかし、肝心の親分は酔っ払いコントのような酩酊っぷり。わたしの手も離してはくれない。

「その酒樽のような胴と首とを離れ離れにしたいのなら、喜んで手伝おう」

 微かに金属が擦れるような音が聞こえた瞬間、樽オジサンから「ひっ」という、息とも声ともつかぬ音がして、一瞬の痛みとともに手が離れた。
 ようやく解放されたことに安堵したのも束の間、肩にドンという衝撃を感じた。

「へ……?」

 体が後ろへ向かって大きくブレた。
 視界が涙で潤んでいるせいで、道も建物も街路樹もグニャグニャに混ざり合っていたけれど、オジサンがその場から離れたのは分かった。わたしを突き飛ばして逃げたのだ。
 グニャグニャ風景がストップモーションのように所々で止まって見えた。

 ドンっと背中に衝撃を感じ、そこで止まった。
 弾みで後頭部を打った。
 髪にかけていたヴェールが肩に落ちる。
 壁とか堅いものではなく、人にぶつかったのだと直感的に分かった。吹っ飛んだ先に人がいたのだ。

「ご令嬢! 大丈夫か!」
「も、申し訳ありませんっ」

 後ろから聞こえた声が、今しがた悪者たちを追い払ってくれた正義の味方の声だったので、言葉を遮るようにお詫びを言ってしまった。
 なぜなら、ぶつかっただけでなく、思い切り足を踏みつけていたのだ。低いとは言えヒールがある靴なので、相当痛かったはず……。
 大急ぎで涙を拭い振り返ると、目の前にロイヤルブルーの豪華なお貴族様のお召し物が現れた。

 あれ? 顔がない。

 頭を打ったせいか、少しぼーっとしていた。
 「今日の副団長さんも、これと似たようなデザインの服を着ていたなぁ」とか、「最近見たメンズ向けファッション誌にも、こんな感じの服が載っていたなぁ」と、ボンヤリ考えた。
 日本の街中では売っていない類の服だ。コスプレショップに行けば、貴族の服とか王子様の服とか、そういうジャンルで売っているかも知れないけれど……。

 ベストとロングジャケットに金の刺繍がこれでもかと施されていた。豪華すぎて目がくらむ。
 ジャケットの前を留めている金のジャラジャラも凄い。べストを着ているからボタンは留めないのだろうけれど、前がはだけないよう金のチェーンのようなものでジャラジャラと留めているようだ。
 スカーフに似たタイを留めているリング、それから外套を留めているチェーンも、ことごとく金。
 キン・キラ・キンでジャラジャラだ。

 泣いた後の目には、ちょっぴりしみる気も……。

 ゴージャスなお洋服に感心しつつ視線を上げていくと、体に電流が走って目が覚めた。わたしのボケた頭の三十センチほど上には、想像もしていなかった世界があった。

 そこには予想外のイケメンさんがいた。

 樽オジサンを追い払ってくれた救世主は大変なイケメンさんだった。そして、少し驚いたような顔でわたしを見下ろしていた。

 ちょこまかと動いたせいで護衛とはぐれ、柄の悪いオジサンに絡まれて手首を負傷。通りすがりのビックリするようなイケメンさんに助けて頂いたあげく、その人に強烈な体当たりをブチかまし、しかも足を踏みつけました……。
 わたしは罪人です。イケメンの足踏み罪で罰してください。

「も……申し訳ありませんでした! お怪我はありませんでしたか?」

 とにかくお詫びをしなくては。

「お怪我? それはこちらの台詞だ。さあ、手を見せて」
「へ? あ、あの……いいえ、だっ、大丈夫ですので」

 均整の取れた肉体が、フェロモンを撒き散らしながら、わたしの手を取ろうとする。思わず手を引っ込めた。

 もったいないです。
 恥ずかしいです。
 いたたまれないです。

 助けて頂いて足を踏みつけ、さらに何かしてもらうなんて……、朝昼の二食奢ってもらったのに「夕飯もウチで食べないか」と言われているようなものだ。申し訳なさすぎて耐えられない。

「大丈夫なものか。あの下衆の指の跡が付いて真っ赤だ。心配しなくていい、冷やすのは得意だ」

 そう言うと彼は少し屈んで、わたしの手を取った。痛くないよう、そっと優しく触れてくれている。あの樽腹オジサンに、彼の爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
 一瞬、変なオジサンへの怒りが再沸騰しそうになったけれど、すぐに強烈なものが目に飛び込んできたせいで忘れてしまった。

 め、め……目が、凄い、みどり色だ……。

 そのスタイルの良さや整った顔にも驚いたけれど、瞳が印象的な人だった。
 ロイヤルブルーの上下という決して地味ではないお貴族様ファッションなのに、瞳の色がそれに負けていない。
 王宮近くの宝石店にあった大きなエメラルドと同じ色の瞳だった。これが本当のエメラルドグリーンだ。

 彼が患部に手をかざして何かブツブツ呟くと、その手がポウッと青白く光った。
 はああっ、魔法だ!
 この世界には、魔法が当たり前のように存在するのだ。

 彼はわたしの右手の痛む部分にその光を当てた。
 ひんやりとした空気がゆるゆると降りてきて、時折小さな氷の粒が肌に当たり、シュワッと溶けていくのが分かる。まるで捻挫に使うコールドスプレーのマイルド版だ。
 熱くなっていた手首が冷やされ、痛みが少し和らいだような気がした。
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