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訳ありナイトルーティンです

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 この宮殿に来てから、ちょっと訳ありナイトルーティーンができた。夕食後、なるべく早くお風呂に入ることだった。
 侍女と副団長の勤務時間が長すぎるという、厄介な課題を抱えていたからだ。

 彼らはわたしが目覚める前に始業して、わたしが寝ると終業になるらしい。しかも、週休一日あるのかどうかも疑わしい微妙な勤務形態だ。日本の労働基準法だとアウトな働き方をしているのに、それが「当たり前」だと言っている。
 彼らにとって活動時間の長い神薙様は、さしずめ長時間労働を課す非情なブラック企業といったところだろう。

 わたしの知る異世界転移系の小説では、お決まりのように主人公がブラック企業に勤めていて、異世界で転移前と同じように働くことで世界を救っていた。結果的にその働き方を肯定するような流れがわたしは好きではないのだけれども、それはさておきだ。
 現実ではまったくその逆の現象が起きている。
 ブラック企業戦士みたいな人達に召喚された、ワークライフバランス抜群のわたしが、「頼むからそんなに働かないで」とお願いしている状況だ(なんだこれ 笑)

 二十四時間体制ならば三交替制が適切ですよ。
 それが無理ならせめて二交替制にしませんか?

 この至極真っ当な提案は、秒で却下されてしまった。
 もっと「わたくしが三交替制を皆さまにおすすめする理由は三つございます!」といった調子で、資料を見せながら全力でプレゼンでもしないと、おそらく真面目に話も聞いてももらえない。
 働き方改革が済んだ仲間がほしい。わたしと共に、こちらの世界で革命戦士として共に戦ってもらいたい。

 この状況下で、わたしの思う「普通の労働環境」を実現するには、わたしが朝寝坊をし、夜は光の速さで早く寝る。この二つ以外には手がない。
 ところが、わたしときたら結構な早起き人間で、それほど早寝でもない。さて困った。
 そこで、早朝は部屋でこっそりと本を読み、夜はとっととお風呂に入って「寝ます」と宣言をしてから、自室でウゴウゴとうごめくことにしたのだ。
 侍女は三人しかいないけれど、メイドさんは交替制で大勢いるので、お願いすれば部屋でお茶も飲めるし、おやつやお夜食も頂ける。わたしとしては何ら問題なかった。

 そんな感じで「早寝なくせにお寝坊さん」を装っているのだけど、それでも侍女は毎日三時間ほどの残業をしている計算になる。副団長に至っては更に長い。
 週休二日制とか、有給休暇の導入とか、色々とやりたいことが山積している。ただ、なかなかハードルは高そうだった。

 そのあたりを踏まえて、だ。
 たった今、侍女トリオの様子がおかしい……。

 お風呂から上がり、一連のお手入れを終えたので、「今夜はもう寝ます」と宣言をした。
 つまり、彼女たちは終業時間を迎えたということだ。

 お風呂に浸かりながら色々と考え事をしてしまったせいか、少々のぼせ気味だった。
 この宮殿は温泉が引いてあって、いい湯加減なものだから、ついつい長湯をしてしまう。
 メイドさんにレモン水を用意してもらっていたので、早いところ水分補給をして熱々の体を冷ましつつ、読書にでも勤しみたいところだ。

 いつもなら「では、また明朝」と、ニコニコしながら撤収して行くトリオ・ザ・侍女。
 なぜか、今宵に限って、誰も動かない。
 そればかりか、いきなり恋愛小説をすすめてきた。

 すごく面白いのですよ、最高にキュンキュンしますよ、と熱く語る彼女たち。
 そうなのですか……へー、ほー、有名な作家さんが書いたのですね、と相槌を打ちながら、「なんか変だ。なんか変だぞ?」と首を傾げるわたし。
 しかし、こちらも本の虫なものだから、ちゃっかり借りて本棚にしまっている。話題書と聞くと、ついつい読みたくなってしまうのだ。
 また順番待ちの本が増えてしまいました。ウフフ♪ なんて言いながら、腰に手を当てて本棚をにんまりと眺めた。

 さてと……。

 今夜読むつもりで持ってきた「神薙論」を手に取った。
 すると、侍女達は両手で顔を覆い、泣きそうな顔をした。

「どうしたのですか……?」

 わたしは驚いて理由を訊ねた。
 しかし、誰も答えなかった。

 ふと、その本を手にして以降、周りの様子がおかしかったことに気がついた。
 オーディンス副団長も変な顔をして「本当に読むのか」と聞いてきたし、夕方も「お持ち帰り箱」に入れたはずの神薙論が部屋へ運ばれて来ないという出来事があった。
 一冊足りないことを伝え、取りに戻ってもらったので最終的には運ばれて来たけれども、そもそも箱に本を入れているのはわたしで、その箱を持って運んで来るだけなのに、中の一冊だけがなくなるのはおかしい。
 意図的に誰かが抜いたとしか思えないのだ。
 抜ける人いるとしたら、司書さんか騎士団員のどちらかになる。

 まさか、オーディンス副団長がわたしから離れて司書さんと話していたのは、それを指示していただめ?
 ん~~……
 でも、何のために?

 わたしに読んでほしくないのでしょうか?
 なにか危ない思想が書いてあるとか?
 そうだとしても、わたしの場合は大丈夫だと思うのですけれど……。

 センセーショナルな「ホニャララ論」は数あれど、ただの作品として読んでいるわたしは思想的な影響を受けにくいタイプだ。
 
「読んでほしくない本なのですか?」

 パラパラと本をめくってみた。
 オーディンス副団長から聞いた話によれば、これは先代神薙の夫だった人物が書いたものらしい。

 ぱっと飛び込んで来た単語に、一瞬「んんっ?」と目を見開く。手を止め、その部分を目でなぞってみた。

『まずは指でもって乳首を刺激。舌も使えばより効果的。すぐに蜜が溢れ出し準備が整う。彼女はヒト族の女よりもそれが容易にできる体質である』

 「は……?」と、わたしは呟いた。
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