21 / 352
第一章 神薙降臨
第20話:癒しの図書室
しおりを挟む
広い図書室には司書さんとわたし達しかいない。だからいつも静かだった。木と紙、それからインクの匂い。自分達の歩く音。小さな窓から差し込む柔らかな光。
わたしを導く白い手袋。見上げると、微笑むイケメン仏像(ぐはっ)
周りの協力を得ながら知識を詰め込んでいく日々は、忙しくも充実していた。文化や習慣のギャップに驚かされたり狼狽えたりすることが多いけれども、図書室に行くといつも気分が切り替わって集中できる。
自分の周りを取り囲んでいるものや環境を知ろうと、わたしは躍起になっていた。
でも、ふと立ち止まってみたら、自分が「神薙」というものについてほとんど知らないことに気がついた。
神薙は大陸に一人しか喚べない。
神薙は大切な存在らしい。
神薙はヒト族の前にはめったに姿を現さない。
神薙の体に触れても良い人は限られている。
神薙には常に護衛がつく。
神薙にしか天人族の子どもは作れない。
神薙は多くの夫を持つことが許されている。
都度、周りから教えてもらったことだけが神薙に関する知識だ。これで良いのだろうか。
異世界から来て、夫を持った過去の神薙たちは、何を思い、どう生きていたのか。
どのくらいのペースで『生命の宝珠』を作っていたのか。自分の置かれた状況に疑問や不満はなかったのか。
夫がいない昼間は何をして過ごしていたのか。リアルな神薙の暮らしを知っておきたい。
先代の神薙に関する謎もある。
先代は百人くらい夫がいたらしい。それだけでも十分すぎるほどアンビリーバボーな人なのだけれども、一つ大きな疑問があった。
百人も夫がいたなら、さぞかし多くの『生命の宝珠』を生産したのだろう……と、そう思っていた。ところが妙な話を聞いた。この国の天人族が少子化で悩んでいるというのだ。
どうして少子化? 次々結婚しただけだったの? 何か事情でも??
神薙として召喚され、先代もおそらく同じことを言われているはずだ。夫を見つけて『生命の宝珠』をたくさん作ってくださいと。しかし、先代は作らなかった、もしくは作れなかった。
周りに理由を聞いてみたけれども、はっきりとした答えがもらえない。それならば図書室で調べよう、というわけだ。
この国の法では、神薙について外でペラペラ喋ることが禁じられているらしい。だから詳しい本があるとは考えにくいのだけれども、わずかでも情報があれば助かる。
「リア様、こちらの棚です」と、オーディンス副団長が言った。
「ありがとうございます。あーやっぱり、ほとんど天人族向けなのですねぇ」と、わたしは本棚の一番上の段を見上げて言った。
この国の本は大きく分けて二種類ある。万人向けと、天人族向けだ。
天人族向けの本は一般人が読まないような魔法関係の本が多く、尋常でないほど価格が高い。一冊がヒト族のお父さんの平均月収を超えているというから相当だ。しかも、一般の本屋さんでは売られていない。
お高いだけあって装丁は超豪華。本棚に置いておくだけでペカーッと映える。インテリア要素の高い本だ。
しかし、天人族の人達も、基本的には街の書店で売られている万人向けの本を読んでいる。こと小説に関して言えば、人気作家はヒト族が多いそうだ。
わたし達が足を止めた場所は、神薙に関する本がまとまっているコーナーだった。ざっと棚を見渡すと、古いものもあれば最近出版されたばかりのものもある。思っていたより充実していた。
ほとんどが天人族向けの本で、一般向けは宗教系の専門書のようだった。一般庶民にとっての神薙様は『神様』なので、それについて語るような本は出ないのかも知れない。
さて、どれにしましょうか……。
新しいジャンルの本を読むとき、最初の一冊目は深く考えず、カンに任せて選ぶことにしている。いわゆるジャケ買いというやつだ。見た目と本のタイトルだけで選んでしまおう。
「よし、これにしましょう」
手に取ったのは『神薙論』という本だった。なんだかちょっとカッコいい。「論」というぐらいだから、少し哲学書っぽいものを期待しているけれども、カジュアルな内容でもまったく構わない。神薙という存在が天人族からどのように思われているのか、どうあるべきなのか、そんなことが書いてあれば大当たりだ。
「リア様……まさかそれをお読みになるのですか?」と、オーディンス副団長が引きつった顔で聞いてきた。
難しい本なのかしらと思いつつ、普通に「はい、そうですね」と答える。
「哲学書っぽいのかな、と思いまして」
「その傾向がある箇所もないことはないですが」
「神薙とはこうあるべきだ、というような内容なのですか?」
「いいえ。神薙の夫とはこうあるべき、という話に重点が置かれているかと」
「そうなのですねぇ。では、これはお部屋で読むことに致しますね」
「部屋で……そう、ですか」
神薙論をお持ち帰り用の箱に入れた。
お持ち帰り箱に入れておくと、あとで騎士様がお部屋まで運んでくれることになっている。「神薙様が荷物など持たないでください」と言われてしまうので、過保護だなぁと思いつつも有り難く運んで頂いている。
お部屋に持っていく本をあらかた選んでから、椅子に座って前の日に読んでいた本を開いた。子ども向けの優しい歴史入門書だ。まずは概略をざっくり捉えるために、子ども向けを読んだほうが早いと言ってオーディンス副団長が探してくれたものだった。
彼は珍しくわたしから離れて、司書さんと何やら話し込んでいた。ぼそぼそと二人で話す声が聞こえてきている。打ち合わせでもしているのだろうか。
「まさかそれを読むのか」という質問の意図が分かったのは、夜も更けて「そろそろ寝ようと思います」と宣言をした後のことだった。
わたしを導く白い手袋。見上げると、微笑むイケメン仏像(ぐはっ)
周りの協力を得ながら知識を詰め込んでいく日々は、忙しくも充実していた。文化や習慣のギャップに驚かされたり狼狽えたりすることが多いけれども、図書室に行くといつも気分が切り替わって集中できる。
自分の周りを取り囲んでいるものや環境を知ろうと、わたしは躍起になっていた。
でも、ふと立ち止まってみたら、自分が「神薙」というものについてほとんど知らないことに気がついた。
神薙は大陸に一人しか喚べない。
神薙は大切な存在らしい。
神薙はヒト族の前にはめったに姿を現さない。
神薙の体に触れても良い人は限られている。
神薙には常に護衛がつく。
神薙にしか天人族の子どもは作れない。
神薙は多くの夫を持つことが許されている。
都度、周りから教えてもらったことだけが神薙に関する知識だ。これで良いのだろうか。
異世界から来て、夫を持った過去の神薙たちは、何を思い、どう生きていたのか。
どのくらいのペースで『生命の宝珠』を作っていたのか。自分の置かれた状況に疑問や不満はなかったのか。
夫がいない昼間は何をして過ごしていたのか。リアルな神薙の暮らしを知っておきたい。
先代の神薙に関する謎もある。
先代は百人くらい夫がいたらしい。それだけでも十分すぎるほどアンビリーバボーな人なのだけれども、一つ大きな疑問があった。
百人も夫がいたなら、さぞかし多くの『生命の宝珠』を生産したのだろう……と、そう思っていた。ところが妙な話を聞いた。この国の天人族が少子化で悩んでいるというのだ。
どうして少子化? 次々結婚しただけだったの? 何か事情でも??
神薙として召喚され、先代もおそらく同じことを言われているはずだ。夫を見つけて『生命の宝珠』をたくさん作ってくださいと。しかし、先代は作らなかった、もしくは作れなかった。
周りに理由を聞いてみたけれども、はっきりとした答えがもらえない。それならば図書室で調べよう、というわけだ。
この国の法では、神薙について外でペラペラ喋ることが禁じられているらしい。だから詳しい本があるとは考えにくいのだけれども、わずかでも情報があれば助かる。
「リア様、こちらの棚です」と、オーディンス副団長が言った。
「ありがとうございます。あーやっぱり、ほとんど天人族向けなのですねぇ」と、わたしは本棚の一番上の段を見上げて言った。
この国の本は大きく分けて二種類ある。万人向けと、天人族向けだ。
天人族向けの本は一般人が読まないような魔法関係の本が多く、尋常でないほど価格が高い。一冊がヒト族のお父さんの平均月収を超えているというから相当だ。しかも、一般の本屋さんでは売られていない。
お高いだけあって装丁は超豪華。本棚に置いておくだけでペカーッと映える。インテリア要素の高い本だ。
しかし、天人族の人達も、基本的には街の書店で売られている万人向けの本を読んでいる。こと小説に関して言えば、人気作家はヒト族が多いそうだ。
わたし達が足を止めた場所は、神薙に関する本がまとまっているコーナーだった。ざっと棚を見渡すと、古いものもあれば最近出版されたばかりのものもある。思っていたより充実していた。
ほとんどが天人族向けの本で、一般向けは宗教系の専門書のようだった。一般庶民にとっての神薙様は『神様』なので、それについて語るような本は出ないのかも知れない。
さて、どれにしましょうか……。
新しいジャンルの本を読むとき、最初の一冊目は深く考えず、カンに任せて選ぶことにしている。いわゆるジャケ買いというやつだ。見た目と本のタイトルだけで選んでしまおう。
「よし、これにしましょう」
手に取ったのは『神薙論』という本だった。なんだかちょっとカッコいい。「論」というぐらいだから、少し哲学書っぽいものを期待しているけれども、カジュアルな内容でもまったく構わない。神薙という存在が天人族からどのように思われているのか、どうあるべきなのか、そんなことが書いてあれば大当たりだ。
「リア様……まさかそれをお読みになるのですか?」と、オーディンス副団長が引きつった顔で聞いてきた。
難しい本なのかしらと思いつつ、普通に「はい、そうですね」と答える。
「哲学書っぽいのかな、と思いまして」
「その傾向がある箇所もないことはないですが」
「神薙とはこうあるべきだ、というような内容なのですか?」
「いいえ。神薙の夫とはこうあるべき、という話に重点が置かれているかと」
「そうなのですねぇ。では、これはお部屋で読むことに致しますね」
「部屋で……そう、ですか」
神薙論をお持ち帰り用の箱に入れた。
お持ち帰り箱に入れておくと、あとで騎士様がお部屋まで運んでくれることになっている。「神薙様が荷物など持たないでください」と言われてしまうので、過保護だなぁと思いつつも有り難く運んで頂いている。
お部屋に持っていく本をあらかた選んでから、椅子に座って前の日に読んでいた本を開いた。子ども向けの優しい歴史入門書だ。まずは概略をざっくり捉えるために、子ども向けを読んだほうが早いと言ってオーディンス副団長が探してくれたものだった。
彼は珍しくわたしから離れて、司書さんと何やら話し込んでいた。ぼそぼそと二人で話す声が聞こえてきている。打ち合わせでもしているのだろうか。
「まさかそれを読むのか」という質問の意図が分かったのは、夜も更けて「そろそろ寝ようと思います」と宣言をした後のことだった。
44
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説
美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する
くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。
世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。
意味がわからなかったが悲観はしなかった。
花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。
そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。
奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。
麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。
周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。
それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる