昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

第一章 神薙降臨

第15話：布面積の問題

　わたしは好き好んで露出をするタイプではない。
　神薙のお仕事が旦那さんとの愛の営みであることは一応理解しているけれども、わたしの場合は精神的な繋がりがあってのそれだ。

　侍女の援護射撃をして、速やかにデザインを修正させたい。
　しかし、「衝立の外に出てくるな」「来客とは直接会話をするな」と釘を刺されているため、それもできなかった。

　わたしのことでモメているというのに、ただここでヤキモキしているだけなんて……。

　侍女長のフリガは奥の手を出すかのように、「露出は控えてシンプルなもの、というのが神薙様のご要望でございます」と、わたしが事前に言ったことをそのままマダムに伝えた。
　神薙が話したことを外部の誰かに話すことは、法的にかなりマズイらしい。こちらの要求を通すべく、侍女長は捨て身で頑張ってくれていた。

　赤たまねぎが一瞬白たまねぎになったかと思いきや目がつり上がって鼻が膨らんだ。
　そして、マダムの口から飛び出す言葉の辛味が増した。
　マダムから戻ってきたのは反発のリアクションだった。

「あなたがたは神薙様のドレスというものを分かっていらっしゃらない」と、マダムは金切り声を上げた。

　いやいやいや、マダム……。
　それはやっちゃダメなやつですよ。
　「お客様は神様です」とまでは言いませんが、わたしはお互いに気持ち良くお買い物をしたい派ですし、わたしの身内をいじめないで頂きたいです。

　はぁ、困りましたねぇ……
　ここからドレス完成までの道のりは長すぎですよ？
　ゴールどころか、まずスタート地点が遠すぎます。
　そもそも客先に仕事道具を持ち込んで妙な儀式をし、わずか十分ほどで描いた見当違いのデザインで儲けようなんて、非常識すぎです。

　侍女長が執拗に食い下がった。
　彼女も仕事なので、ダメなものはダメだという態度を崩さない。それを他の二人が「仰るとおりですわ」「わたくしもそう思います」と援護する。
　マダムもさすがに直さないとお金にならないと思ったのだろう、少しずつデザインに修正が入り始めた。

　二十分ほどバトルが続き、半分放り出したオッパイをレース生地で首元まで隠すデザインに変わった。そして、ウエストにでっかいリボンが付いていた。
　赤たまねぎが剛速球で放り投げたオッパイを、侍女が投網で引っ張り戻して隠したデザインだ。
　絶望的に足りなかった布面積が多少広くなってきている。
　しかし、まだスカートのスリットが豪快に入っていて足がニョキニョキ出ているし、オッパイとウエストが折衷案なせいか、両者の意地がぶつかり合って、かなり迷走気味なデザインだった。

　とりあえず着たいか着たくないかでアンケートを取ったら、日本人女性の大半が「着たくない」と即答するタイプのデザインだと思う。
　当然、侍女はそれに納得などしておらず、依然としてわたしの要望を死守するため闘っていた。

　喋るなと言われている手前、仕方なく黙っていたけれど、この状況でのほほんとお茶などできるわけもない。
　楽しみにしていたマロンケーキにも手を付けられず、ハラハラして過ごしていた。

　ふと、オーディンス副団長はこの光景をどう見ているのかしらと思った。
　彼はどこに立っていても、わたしのほうを見ている。
　わたしが一口も紅茶を飲めず、ただティーカップのフチを舐め続けている様子も彼は見ているはず……。

　左の腰に帯剣している彼は、有事に備えてわたしの左側にいることが多い。抜きざまにわたしを傷つけないようにという配慮らしい。
　少し体を右に倒し、肘掛けにもたれるようにして左後方を見ると、案の定、バチっと視線が合った。
　すべてを悟った涅槃仏のような顔で、真っ直ぐに立っている。
　背中に鉄の棒でも入れているのかと聞きたくなるほど恐ろしく良い姿勢で、彼はこちらを見ていた。
　仏像型防犯カメラだ。超高解像度・対象の追尾機能とオートフォーカス付き。もし護衛でなかったらヤバいストーカーだ。
　彼はとにかく変わった人物だけれど無能ではない。まだ付き合いは浅いけれど、それだけは間違いない。

　副団長さま、基本的なことを確認したいのです。
　わたしのオッパイって、わたしのものですよね？
　神薙になったらオッパイの所有権を放棄させられているとかじゃないですよね？　あと、神薙様って足をにょきにょき出さなくても良いのですよね？　むしろそれは、良くないことなのですよね？？

　わたしの心の声が彼に伝わったかは定かではない。
　しかし、ギギギ……と、彼の右手が上がり、人差し指と中指がメガネの真ん中のブリッジに触れた。

　ピカッ！

　出た、仏の片合掌。
　メガネを持ち上げたのか、それとも彼がわずかに頷いたのか、メガネのフチが光った。

「ですから、それはお胸が出すぎだと先程から何度も申し上げておりますわっ」

　侍女長が赤たまねぎに噛み付いたタイミングで彼は動きだした。