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『第十三話』
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「あー、やっぱ遠いなー」
真夏みたいな久々の休日、僕は自室にて黙々と一人、パソコンをいじっていた。
見る限り、近場の市民プールはどこもすこぶる立地が悪い。
いくら山が多いとはいえ、こんな季節に徒歩一時間近い坂を上るのはごめんだった。
どのみち、テールがうなずいてくれないだろう。
「……使うかな」
網戸越しに、ベランダで眠る"それ"が目にとまる。ホコリどころか変色したツタが絡みついている"それ"は、もはや放置自転車の域ではなかった。
汚れてもいい服に着替えてから、オンボロ自転車を抱えやっとの思いで廊下を縦断。ドアストッパーを足で下ろして、玄関から外に出た。と言っても、いきなり階段のある通路へ出るわけじゃない。
各部屋の前には、自転車が置けるくらいのちょっとしたスペースが用意されているのだ。
そこへ自転車をそっと下ろし、そばに脱衣所から持ってきた古いタライをセットする。中にはなみなみと水が汲んであった。
サビ取りに、空気入れ、ボロくなったタオルもそろえ、準備完了。いよいよ作業開始という時に、階段から足音が聞こえて来た。
一歩、少し休んでまた一歩と辛そうに上る足音の主は、案の上君だった。けれど、玄関前に止めたボロ自転車に気づくや否や、突然首を引っ込めてしまう。
「テール? どうかした?」
「……その自転車、乗る気?」
「え?」
テールが指さした瞬間、自転車が、風にかすかに揺れた。
その時、ゾワッと不気味な効果音を立てて、足がいくつもある虫がベルの裏側に引っ込んだ。
よくよく見れば、タイヤの隙間からもヒクヒクうごめく触角が飛び出している。……見るからに、大物のそれだ。
「げっ…」
「うーん、痛い出費だなー、こりゃ」
買ったばかりのママチャリは、なんと六段変速だった。荷台に人が乗っても壊れないくらい頑丈だからと押されに押されて買ったけど、よく考えてみたら当たり前なんじゃないか?
テールを後ろに乗せる夢を、思い描かなかったと言えば嘘になるけど、まんまと乗せられてしまった感がある。
……自転車だけに。
寒いことを考えているうちに、公園の前を通りかかった。
「いい機会だし、練習してく?」
テールはピタリと足を止め、ゴクリと喉を鳴らした。
さりげなく、一歩後ずさる君。
すかさず腕をつかんでひっ捕らえ、努めてやさしくたたみかける。
「ね?」
鬼だ悪魔だと騒がれながら、やっとのことで敷地内に連れ込む。
幸い、炎天下の公園は貸し切り状態だった。
……言っておくけど、やましいことがしたいんじゃない。
驚くなかれ、とっくに成人してる僕の彼女は、……自転車に乗れないのだ。
「スカートなんだけど」
「ロングじゃん」
「……暑いんだけど」
「あとで何か買ってあげるから」
この後に及んでブツブツ言っている君をなだめつつ、自転車に乗るよう促す。これも、市民プールのためだ。
邪魔になると思ったのか、君はツインテールの結び目をほどき、後頭部で一本にまとめた。
「その髪型も似合ってるね。痛っ!?」
褒めたのに、強めにスネを蹴られた。
……やっぱり、女心はわからない。
「じゃ、後ろでちゃんと支えてるから、軽くこいでみてよ」
中々決心がつかないのか、うつむいたままつま先で地面をぐりぐりやり出す君。
「おーい?」
声をかけると、君はついにサドルから降りてしまった。
「……見本見せて」
恥ずかしいのか、今にも消え入りそうな君のお願いに、僕は首を横に振った。
「……ごめん、無理」
目をまん丸くして驚く君に、僕は真実を告げねばならなかった。
「…………僕も乗れないから」
真夏みたいな久々の休日、僕は自室にて黙々と一人、パソコンをいじっていた。
見る限り、近場の市民プールはどこもすこぶる立地が悪い。
いくら山が多いとはいえ、こんな季節に徒歩一時間近い坂を上るのはごめんだった。
どのみち、テールがうなずいてくれないだろう。
「……使うかな」
網戸越しに、ベランダで眠る"それ"が目にとまる。ホコリどころか変色したツタが絡みついている"それ"は、もはや放置自転車の域ではなかった。
汚れてもいい服に着替えてから、オンボロ自転車を抱えやっとの思いで廊下を縦断。ドアストッパーを足で下ろして、玄関から外に出た。と言っても、いきなり階段のある通路へ出るわけじゃない。
各部屋の前には、自転車が置けるくらいのちょっとしたスペースが用意されているのだ。
そこへ自転車をそっと下ろし、そばに脱衣所から持ってきた古いタライをセットする。中にはなみなみと水が汲んであった。
サビ取りに、空気入れ、ボロくなったタオルもそろえ、準備完了。いよいよ作業開始という時に、階段から足音が聞こえて来た。
一歩、少し休んでまた一歩と辛そうに上る足音の主は、案の上君だった。けれど、玄関前に止めたボロ自転車に気づくや否や、突然首を引っ込めてしまう。
「テール? どうかした?」
「……その自転車、乗る気?」
「え?」
テールが指さした瞬間、自転車が、風にかすかに揺れた。
その時、ゾワッと不気味な効果音を立てて、足がいくつもある虫がベルの裏側に引っ込んだ。
よくよく見れば、タイヤの隙間からもヒクヒクうごめく触角が飛び出している。……見るからに、大物のそれだ。
「げっ…」
「うーん、痛い出費だなー、こりゃ」
買ったばかりのママチャリは、なんと六段変速だった。荷台に人が乗っても壊れないくらい頑丈だからと押されに押されて買ったけど、よく考えてみたら当たり前なんじゃないか?
テールを後ろに乗せる夢を、思い描かなかったと言えば嘘になるけど、まんまと乗せられてしまった感がある。
……自転車だけに。
寒いことを考えているうちに、公園の前を通りかかった。
「いい機会だし、練習してく?」
テールはピタリと足を止め、ゴクリと喉を鳴らした。
さりげなく、一歩後ずさる君。
すかさず腕をつかんでひっ捕らえ、努めてやさしくたたみかける。
「ね?」
鬼だ悪魔だと騒がれながら、やっとのことで敷地内に連れ込む。
幸い、炎天下の公園は貸し切り状態だった。
……言っておくけど、やましいことがしたいんじゃない。
驚くなかれ、とっくに成人してる僕の彼女は、……自転車に乗れないのだ。
「スカートなんだけど」
「ロングじゃん」
「……暑いんだけど」
「あとで何か買ってあげるから」
この後に及んでブツブツ言っている君をなだめつつ、自転車に乗るよう促す。これも、市民プールのためだ。
邪魔になると思ったのか、君はツインテールの結び目をほどき、後頭部で一本にまとめた。
「その髪型も似合ってるね。痛っ!?」
褒めたのに、強めにスネを蹴られた。
……やっぱり、女心はわからない。
「じゃ、後ろでちゃんと支えてるから、軽くこいでみてよ」
中々決心がつかないのか、うつむいたままつま先で地面をぐりぐりやり出す君。
「おーい?」
声をかけると、君はついにサドルから降りてしまった。
「……見本見せて」
恥ずかしいのか、今にも消え入りそうな君のお願いに、僕は首を横に振った。
「……ごめん、無理」
目をまん丸くして驚く君に、僕は真実を告げねばならなかった。
「…………僕も乗れないから」
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