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05 不思議な人
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◆◆◆ 公爵サイド ◆◆◆
長年、恐怖という負の感情に触れすぎてうんざりしていたんだ。
でも、その気持ちはわからなくもない。
心の内を覗かれて平気なものなどいないだろうから。
皇帝は早く結婚しろとせかしてくる。
こんな私相手に。
妻となった者が恐怖と不快で自死を選んだらどうするつもりだ?
それとも子供さえ産めたら後はどうでもいいとでも?
でもそうとしてでも国内に侵入したスパイを簡単に探せる私の能力は無くすには惜しいのだろう。
私のこの特殊な力が遺伝するとは限らないのに、嘘を見抜く便利な装置扱いをしてくる。
ところで、無理やり嫁がされて来たあの子は……
少し変わってる。
いや、少しではない、自分を卑下してはいたが、何故か妙なものを知っている。
まだ、この世にないものを。
ただの妄想でなければ、彼女はこの世ならぬ場所から来ている。
その……魂は。
君は……一体何者なのかと、問うてみてもいいだろうか? 君が私に直接化け物かと問うたように。
どうせ嘘をつかれても分かることだ。私には。
ティータイムにでも呼び出してみよう。
* * *
「公爵様、お呼びですか?」
彼女は素直に現れた。
「計算機など……発想が常人のそれではない気がするのだが、君は一体何者なのだ?」
彼女は一瞬息を呑んだ。
しばし私を見定めるように見た。
「質問に質問を返すのは無礼かもしれませんが、それを私が答えたら、あらゆるものから私を守って下さいますか? それと私の問いにも答えてくださいますか?」
とても真剣な表情だ。真摯に応えよう。
「私の力の及ぶ限り、君を守ると約束しよう」
「では、月のよく見える真夜中に人払いをしてからもう一度お会いしましょう、お庭で、二人きりで」
「夜はまだ寒いと思うが」
「厚手のコートを着ますし、何なら火をつけます、焚き火のできそうな場所で」
「分かった」
夜中になって、彼女は本当に庭園にて火をつけていた。
炭を入れた鉢と椅子とテーブルを用意させていたようだ。
「こんばんは、ウィステリア」
「こんばんは、公爵様。まず、そこの椅子にどうぞ」
「ありがとう」
私は火の側に用意されていた椅子に座った。
焚き火の火がパチパチと爆ぜる音が響く。
静かな夜だった。
先に要件を切り出したのは彼女だった。
「まず、わざとではありませんが、私は別の世界から来ました」
!!
「別の……世界?」
「そうです、ここより文明は発達していますが、魔法などはない世界です。
私はその世界で事故にあい死にました。
そしてその死んだ私の魂はこの世界に迷い込んだようです。
そして家族に恵まれず、家の中で不当な扱いをされ続けてついにはバルコニーから飛び降りて自殺を図ったウィステリアの体の中にどうしてか入り込んだようです。でもそれは私の意思ではありません」
『気がついたらウィステリアの中にいたのだ、不可抗力だ』
心の声からも確かに彼女は嘘はついていない……。
「この世ならぬ所から……」
『でも決して悪魔つきとかじゃないので!』
「ただの人間なのでそこは分かっていただきたいのです、私がこの世ならぬ所から来たと世間にバレたら魔女狩りのようにひどい目に合うかもしれないので、私はあなたに守ってくださいと申し上げました」
「なるほど」
「信じますか? 私のこの話を」
「……あんな便利で不思議な物をまともに教育を受けてないらしい者が思いつくのも不思議な話ですから信じます」
私にはあなたの心が読めますので。
とは、まだ言えない。
あなたの心まで契約魔術で縛りたくはないし、来たばかりの土地でむやみに怖がらせたくはない。
「そうですか、それなら良かったです」
「はい」
「それで私から公爵様にもう一つの質問です」
「はい?」
「何故我が伯爵家の女から妻をと望んだのですか?」
……。
「皇帝から早く妻を娶れとうるさく言われてました。
ずっとのらりくらりとかわしていましたし、気が進みませんでしたが、そろそろ逃げられないという所まで来ました。
結婚を拒むなら皇帝命令で公爵領の税金を上げると脅されたので」
「酷い!」
『皇帝酷い! 税金を理由に公爵と公爵領の平民を苦しめるなんて嫌なやつ!』
言葉にしたものと、彼女の心の声は一致している。
「でも皇帝命令で結婚させられたって話はわかりましたが、何故我が家門の女を? 他にも年齢の合う貴族女性はいるでしょう?」
「私は社交界にも出ていればいませんし、皇帝から見合い写真を山程渡されても正直、相手の性格もわからずに決めかねていましたが、ある日夢の中に白い猫が現れて……」
「白い猫!?」
「そう、夢の中で白い猫が言うのです。
ベルターニ伯爵家の女性を妻にするといいと」
「ね、猫に言われてそれをきいた!?」
「私は人間より動物が好きなもので」
『人嫌いか! でも領民の税金の心配はしてくれるんだ! 不思議な人!』
「そ、それは確かに薄汚い人間なんぞより可愛い猫ちゃんの話の方が聞いてあげようって気にはなりますね」
「はあ……」
「あ、当家には姉もいましたが?」
「猫はベルターニには女性が二人いるが運命に導かれて私に相応しい者が来ると言いました」
「ウィステリアは自殺未遂するくらい命を粗末にするから化け物公爵の元に行かせても惜しくないと?」
「そのような事は猫も言ってませんし、自殺未遂の件は私は知りませんでした。 猫も悪い意味で言ったようには見えませんでした」
『可愛い猫ちゃんが悪さしたとは私も思いたくないけど、マジでどうして私だったの? もしかしてあの地獄のような家から連れ出す為に!?』
「とりあえず、公爵様は夢の中に出て来た意味深な猫の言う事をきいただけなんですね」
「そうです」
彼女はガクリとうなだれて脱力した。
しかしその後すぐに彼女は気をとり直したのか、側にあった箱の中の物を取り出した。
袋から出したのはパンと肉とチーズだった。
「緊張が解けてお腹空きました。夜食を作ります」
「その箱は……」
「厨房の人から食材と共に提供してもらいました」
そんな堂々とした顔でわざわざそんなものを用意していたとは!
変な女性だ。
串に刺して火で炙って食べますと言って彼女は私の分もと、差し出してきた。
まだ寒い早春の庭先で何をやっているのか……およそ貴族女性のやることではない。
『でも、白い猫って私が車で轢かれそうになってたのを助けた猫と関係があるのかな? 偶然?』
それは……私にも、分からない。
「あ、そう言えば、領民の税金の心配をされる優しい方なのに、誰も招待してない結婚式に新しいドレスを用意させてすみませんでした」
「いや、普通貴族の結婚式は派手に金をかけてやるものだし、ドレス代くらいは気にする事はない」
「でも、せめてあの2着のドレスは売って美味しいものでも買いましょう」
『よく考えたらサムシングフォーとか、借り物だか古い物も花嫁にはいいんだった気が……。
何か古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの、そして靴の中に6ペンス銀貨を。これらを結婚式の日に身につけると、その花嫁は幸せになれるというおまじない?』
そのおまじないは……あちらの世界のものか。
結婚式の指輪をサファイアかアクアマリンにすればよかったな。
ブーケの花は瞳の色に合わせて紫と髪の色の金色と花嫁の象徴の白を合わせたものにしていたし。
「美味しいものとは?」
「一緒に城下町に出ましょうよ。それとも城から出ると死ぬ呪いにでもかかっているんですか?」
ずいぶんとあっけらかんと私を誘っているが、もう私が怖くはないのか?
「そうではないが……」
「身分を隠したいなら変装すればいいじゃないですか。どうせ公爵様のお顔を知るのものは城外にほぼいないのでしょう? 皇帝を除いて」
私が城を出るのは皇帝から審査を頼まれた時で、真夜中にひっそりと外に出ているから、確かに知られてはいない。
仮面もつけていたし。
「それが君の望みならそうしよう」
変装すればいいか……。
「じゃあドレス売り払ってそのお金でなんか食べましょう!」
『ちょっとデートみたいだけど!』
デート!?
「でもそのドレスを高価な値段で買える店があるかは不明だぞ」
「それでもいくらなんでも食事代くらいにはなるでしょう?」
「それはそうだな」
長年、恐怖という負の感情に触れすぎてうんざりしていたんだ。
でも、その気持ちはわからなくもない。
心の内を覗かれて平気なものなどいないだろうから。
皇帝は早く結婚しろとせかしてくる。
こんな私相手に。
妻となった者が恐怖と不快で自死を選んだらどうするつもりだ?
それとも子供さえ産めたら後はどうでもいいとでも?
でもそうとしてでも国内に侵入したスパイを簡単に探せる私の能力は無くすには惜しいのだろう。
私のこの特殊な力が遺伝するとは限らないのに、嘘を見抜く便利な装置扱いをしてくる。
ところで、無理やり嫁がされて来たあの子は……
少し変わってる。
いや、少しではない、自分を卑下してはいたが、何故か妙なものを知っている。
まだ、この世にないものを。
ただの妄想でなければ、彼女はこの世ならぬ場所から来ている。
その……魂は。
君は……一体何者なのかと、問うてみてもいいだろうか? 君が私に直接化け物かと問うたように。
どうせ嘘をつかれても分かることだ。私には。
ティータイムにでも呼び出してみよう。
* * *
「公爵様、お呼びですか?」
彼女は素直に現れた。
「計算機など……発想が常人のそれではない気がするのだが、君は一体何者なのだ?」
彼女は一瞬息を呑んだ。
しばし私を見定めるように見た。
「質問に質問を返すのは無礼かもしれませんが、それを私が答えたら、あらゆるものから私を守って下さいますか? それと私の問いにも答えてくださいますか?」
とても真剣な表情だ。真摯に応えよう。
「私の力の及ぶ限り、君を守ると約束しよう」
「では、月のよく見える真夜中に人払いをしてからもう一度お会いしましょう、お庭で、二人きりで」
「夜はまだ寒いと思うが」
「厚手のコートを着ますし、何なら火をつけます、焚き火のできそうな場所で」
「分かった」
夜中になって、彼女は本当に庭園にて火をつけていた。
炭を入れた鉢と椅子とテーブルを用意させていたようだ。
「こんばんは、ウィステリア」
「こんばんは、公爵様。まず、そこの椅子にどうぞ」
「ありがとう」
私は火の側に用意されていた椅子に座った。
焚き火の火がパチパチと爆ぜる音が響く。
静かな夜だった。
先に要件を切り出したのは彼女だった。
「まず、わざとではありませんが、私は別の世界から来ました」
!!
「別の……世界?」
「そうです、ここより文明は発達していますが、魔法などはない世界です。
私はその世界で事故にあい死にました。
そしてその死んだ私の魂はこの世界に迷い込んだようです。
そして家族に恵まれず、家の中で不当な扱いをされ続けてついにはバルコニーから飛び降りて自殺を図ったウィステリアの体の中にどうしてか入り込んだようです。でもそれは私の意思ではありません」
『気がついたらウィステリアの中にいたのだ、不可抗力だ』
心の声からも確かに彼女は嘘はついていない……。
「この世ならぬ所から……」
『でも決して悪魔つきとかじゃないので!』
「ただの人間なのでそこは分かっていただきたいのです、私がこの世ならぬ所から来たと世間にバレたら魔女狩りのようにひどい目に合うかもしれないので、私はあなたに守ってくださいと申し上げました」
「なるほど」
「信じますか? 私のこの話を」
「……あんな便利で不思議な物をまともに教育を受けてないらしい者が思いつくのも不思議な話ですから信じます」
私にはあなたの心が読めますので。
とは、まだ言えない。
あなたの心まで契約魔術で縛りたくはないし、来たばかりの土地でむやみに怖がらせたくはない。
「そうですか、それなら良かったです」
「はい」
「それで私から公爵様にもう一つの質問です」
「はい?」
「何故我が伯爵家の女から妻をと望んだのですか?」
……。
「皇帝から早く妻を娶れとうるさく言われてました。
ずっとのらりくらりとかわしていましたし、気が進みませんでしたが、そろそろ逃げられないという所まで来ました。
結婚を拒むなら皇帝命令で公爵領の税金を上げると脅されたので」
「酷い!」
『皇帝酷い! 税金を理由に公爵と公爵領の平民を苦しめるなんて嫌なやつ!』
言葉にしたものと、彼女の心の声は一致している。
「でも皇帝命令で結婚させられたって話はわかりましたが、何故我が家門の女を? 他にも年齢の合う貴族女性はいるでしょう?」
「私は社交界にも出ていればいませんし、皇帝から見合い写真を山程渡されても正直、相手の性格もわからずに決めかねていましたが、ある日夢の中に白い猫が現れて……」
「白い猫!?」
「そう、夢の中で白い猫が言うのです。
ベルターニ伯爵家の女性を妻にするといいと」
「ね、猫に言われてそれをきいた!?」
「私は人間より動物が好きなもので」
『人嫌いか! でも領民の税金の心配はしてくれるんだ! 不思議な人!』
「そ、それは確かに薄汚い人間なんぞより可愛い猫ちゃんの話の方が聞いてあげようって気にはなりますね」
「はあ……」
「あ、当家には姉もいましたが?」
「猫はベルターニには女性が二人いるが運命に導かれて私に相応しい者が来ると言いました」
「ウィステリアは自殺未遂するくらい命を粗末にするから化け物公爵の元に行かせても惜しくないと?」
「そのような事は猫も言ってませんし、自殺未遂の件は私は知りませんでした。 猫も悪い意味で言ったようには見えませんでした」
『可愛い猫ちゃんが悪さしたとは私も思いたくないけど、マジでどうして私だったの? もしかしてあの地獄のような家から連れ出す為に!?』
「とりあえず、公爵様は夢の中に出て来た意味深な猫の言う事をきいただけなんですね」
「そうです」
彼女はガクリとうなだれて脱力した。
しかしその後すぐに彼女は気をとり直したのか、側にあった箱の中の物を取り出した。
袋から出したのはパンと肉とチーズだった。
「緊張が解けてお腹空きました。夜食を作ります」
「その箱は……」
「厨房の人から食材と共に提供してもらいました」
そんな堂々とした顔でわざわざそんなものを用意していたとは!
変な女性だ。
串に刺して火で炙って食べますと言って彼女は私の分もと、差し出してきた。
まだ寒い早春の庭先で何をやっているのか……およそ貴族女性のやることではない。
『でも、白い猫って私が車で轢かれそうになってたのを助けた猫と関係があるのかな? 偶然?』
それは……私にも、分からない。
「あ、そう言えば、領民の税金の心配をされる優しい方なのに、誰も招待してない結婚式に新しいドレスを用意させてすみませんでした」
「いや、普通貴族の結婚式は派手に金をかけてやるものだし、ドレス代くらいは気にする事はない」
「でも、せめてあの2着のドレスは売って美味しいものでも買いましょう」
『よく考えたらサムシングフォーとか、借り物だか古い物も花嫁にはいいんだった気が……。
何か古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの、そして靴の中に6ペンス銀貨を。これらを結婚式の日に身につけると、その花嫁は幸せになれるというおまじない?』
そのおまじないは……あちらの世界のものか。
結婚式の指輪をサファイアかアクアマリンにすればよかったな。
ブーケの花は瞳の色に合わせて紫と髪の色の金色と花嫁の象徴の白を合わせたものにしていたし。
「美味しいものとは?」
「一緒に城下町に出ましょうよ。それとも城から出ると死ぬ呪いにでもかかっているんですか?」
ずいぶんとあっけらかんと私を誘っているが、もう私が怖くはないのか?
「そうではないが……」
「身分を隠したいなら変装すればいいじゃないですか。どうせ公爵様のお顔を知るのものは城外にほぼいないのでしょう? 皇帝を除いて」
私が城を出るのは皇帝から審査を頼まれた時で、真夜中にひっそりと外に出ているから、確かに知られてはいない。
仮面もつけていたし。
「それが君の望みならそうしよう」
変装すればいいか……。
「じゃあドレス売り払ってそのお金でなんか食べましょう!」
『ちょっとデートみたいだけど!』
デート!?
「でもそのドレスを高価な値段で買える店があるかは不明だぞ」
「それでもいくらなんでも食事代くらいにはなるでしょう?」
「それはそうだな」
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