上 下
10 / 52

10 カフェでの相談

しおりを挟む
 夜会翌日の朝、カフェで待ち合わせです。
 昼には令嬢は帰路に付くそうなので、朝から会うことになりました。

 出向いたのは私と旦那様とケビン様と、背後から護衛騎士が二人です。


 旦那様の懐中時計によると、現在は朝の8時半くらいで、かわいい外見のカフェに到着しました。
 白い壁に緑のツタが絡まり、風情があります。


 店内に入ると窓際の席に令嬢がいました。
 でも護衛騎士の一人も、メイドすら付けてません。
 ブラウスにスカート姿で、ちょっと身綺麗な平民の女性風コーデです。

 旦那様が令嬢の対面側のテーブル席で、私の為に椅子を引いてくださいました。
 紳士です。


「はじめまして、エリアナと申します。この度ゴードヘルフ・ラ・クリストロ小公爵様と結婚いたしまして、クリストロ家の一員になりました」

「はじめまして、ウーリュ男爵家のマリカと申します」

「私の自己紹介は省く。伝書鳥で簡単に伝えたとおり、妻のエリアナがウーリュ領地での虫害が気にかかっているので、話を聞かせて欲しい。対価は小麦か金で払う」

「あ、ありがとう存じます!」


 令嬢の表情が明るくなりました!
 ━━でも、一瞬のことでした。
 事情説明の段階で悲惨な事を思い出したのでしょう。


「当領地では畑……田んぼにイネという作物を育て、最終的にそれはコメとなり、それを主食としておりますが、農夫の説明によれば、小さな蝶のような蛾のようなものが大量発生しまして、稲を枯らしてしまったらしいのです。それで、沢山の者が飢えて……」


 マリカ嬢の表情と声は重く、それが絶望を物語っているかのようです。


「それで今後はどのような対策をとられるつもりかお聞きしても?」

「突然現れる虫は天災と同じく、対策の仕様がないのです」
「え、今後の防衛策はないのですか?」

 私は思わず心配になりました。

「はい……」
「確かに突然大量発生したイナゴやバッタの大群にやられる話もたまに聞く」


 私は旦那様の言葉を聞聞きつつも、手にしていたカバンから筆記用具とノートを取り出して、絵を描きました。


「もしかして、その小さな蝶のような蛾はこのような姿をしていますか? 色はキナリ色と言うか」
「はい! そうです! そっくりです! ほんとに肌色の小さいのが沢山」


「私が以前読んだ本によれば、それはウンカラと言うイネの葉につく小さな蛾の幼虫で、糸を吐いて葉をくるりと包み、鳥やトンボなどの捕食者から身を隠し葉を枯らすと書いてありました」

「それです! 葉が丸まったのを見ました!」
「そして管のような口でイネの栄養を吸うから枯れます」

「葉を包んで捕食者から身を守るなんて小癪な虫だな」


 さっきまで沈黙していたケビン様が会話に混ざってきました。


「本によると対策はとある地方で、古来、クジラの脂を田に撒いてイネの下の方を叩いてウンカラを落とすというやり方もしていたとありました」
「まあ、脂を!?」

 マリカ嬢はあわててカバンから手帳を出してメモを取り始めました。
 真面目で領民思いな方だと思いました。


「はい、多分脂で羽がやられて飛べなくなるんですね」
「でも脂なくても蛾や羽虫はよく水を入れた桶で勝手に死んでるな、あいつらマジでなんなんだ? 入水自殺マニアか?」

 ケビン様の疑問の答えも夢の中の図書館の本にありました。

「蛾などの昆虫は無駄なく飛行するために光を利用する性質があるため、自然と体が光の中心に近づいて行ってしまいますので、光を反射する水に飛び込んだら羽が濡れたり窒息したりして死んでいると思われます」

「うわ! そうだったんだ! そしてエリアナ姉上は物知りだな!」
「本で読んだだけです」
「よく本なんか読む気になるよなぁ」

 趣味なんですが、感心されてしまいました。

「光に飛び込む習性のせいか、あいつら火にも飛び込んで勝手に燃えるしな」

 旦那様も朝食メニューを開きながらそんな風に語られました。


「ウンカラという害虫も勝手に田んぼの水に入って全部溺死してくれたら良かったのに……」

 マリカ嬢がとても悔しそうです。
 さもありなんですわ。
 でも水面にびっしり羽虫の死体が浮いていればそれはそれでゾッとしますね。
 絵面的に。


「エリアナ、ようは脂を撒いて地道にイネを叩くしかないのか?」

「他には合鴨やトンボに成虫を食わせるという方法もありますが、一番有効なのが成虫が卵を産みつける前に農薬を使うことです」
「農薬? 食物となるものに使うのは危なくないですか?」

「虫に有害でもコメを食べる人間には無害な農薬を作ります、レシピはこのように」


 私は本で見た農薬のレシピメモを書き、それをマリカ嬢に手渡すと、そのレシピを見た彼女が目をむきました。

「こ、この竜種の血というのは入手困難では!?」
「ガラパオフという島に飛ばないトカゲのようなコモドーという魔獣がいて、その血も竜種と言えます、なお、血はものすごく希釈するので少量で大丈夫です」
「島!? そこはとても遠いのでは!?」

 マリカ嬢がまた表情を曇らせました。

「コモドー? それなら以前船旅をした時に寄った島にいて、私が倒したことがあるし、貴重な竜種だからといって血のサンプルも取ってあるぞ」

「まあ! そ、それを多少譲っていただいても!?」
「構わんぞ、特には使うこともなかったし」
「ありがとう存じます!」

 希望が見えてきました!

「あの、豊作の時でいいので、コメが収穫できたら当家でも買い取らせていただけますか? 食べてみたいので」
「はい! それは是非に!」
「では私の方からもお金で支援したしますね」

 ここはあの公爵様からの小切手の出番とみました!
 コメのレシピで試してみたいものがありますし、
 それを公爵家で作って皆様に食べていただけたら!

 と、白紙の小切手を私が出そうとしたら、


「それはまだ取っておくといい、私の方で金と小麦を出すし、小麦は後で領地に届けさせる」
「小公爵様! ありがとう存じます! 本当に助かります!」


 また旦那様にお金を使う機会を取られました。
 私の小切手はいつ頃に出番が来るでしょうか?






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...