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83 彼方

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 旅行先から帰宅して、俺達は移動の疲れを癒やす為にゆっくりと寝た。

 そして翌朝の事。

 ミレナが二階から階段を勢いよく駆け下りて来た。
 朝から賑やかだな。


「ねえ! ショータ、聞いてよ! 昨夜の私の夢に海龍が出てきたの!」
「え、やはり怒られたのか!?」

「違うの! ビールとフライドチキン、美味しかったって! お礼に長距離移動する時は呼べば背中に乗せてくれるんですって! 空をも飛べるらしいの! ちなみに回数は三回までだけど、凄くない!?」

「な、なんだって!? あの食べものを用意したのは俺なのに、ミレナに礼を!? それはお前が見た、ただの夢では!?」

「夢じゃないわよ! 起きたら私の枕元に海龍の白銀の鱗が三枚あったもの!
 だから私の海龍の口にお供え物を突っ込む行動はよかったのよ! それと、貴方達も一緒に乗せてくれるらしいから私に感謝して」


 あれって像だったのに。
 後で像の口の中をキレイにしたミラのほうがえらかったと思うけどな。
 神様の事は分からないものだ。

 でも良い子はミレナの真似はしない方がいい。
 多分、たまたまだと思うから。

 ミレナはハンカチに包んでいた三枚の白銀の鱗を確かに見せてくれた。
 うわ、ガチっぽいな。


「り、龍にまたがっで空を跳んだら、絵面が日本の子供向けの昔話のアニメになってしまうし、死ぬほど目立つぞ」
「何言ってるの? ちなみに雲に擬態も出来るらしいわ」

 き、◯斗雲!?
 そちらも某作品の猿的なキャラみたいな絵面になってしまう気がするし、どのみち目立つのでは?
 いや、かなりの高度で飛べば雲が不自然に流れてるくらいに見えるかな。


「そうか、凄いな」


 海神の帳面の事もあるし、この世界の神様ってわりかし義理堅いな、お返しをくれるなんて。


「まかり間違って戦争でもおこったらこれで一目散に逃げられるわ」

 ミレナは鱗を大事そうに巾着に入れてから、首からお守りのように下げた。


「空飛んでソッコー逃げられるのはありがたいが、戦争って、穏やかじゃないな」

「麻薬入りのクッキーばら撒き事件があったじゃない? 危険な薬ばら撒く輩って戦争の準備をしてるんじゃないかって言われてるのよ。
 敵国内に不穏な種をばらまくみたいな」

「それは怖いな」
「ともかくきな臭い事件があった時は用心するに超したことはないな、俺も酒場あたりで噂話でも聞いてみるさ」

 ジェラルドはそう言ってまた出かけた。
 情報収集も冒険者的には大事なんだろうな。


 ジェラルドが帰宅して話を聞いたら、やはり麻薬入りのクッキーがあちこちでばらまかれてる話があったそうで、他には若い女性の誘拐事件とか、聖者探しが盛り上がってるらしい的な事を言った。

 マジで歓楽街に潜伏したくなってきた。
 ひとまず次の満月まで日本で売るえちち同人の仕事しようと思う。
 ややこしい事を考えずに仕事に没頭。


 * * *

 また満月の日が来た。

 ミレナがギルドの薬草採取の仕事でついでがあったからと、また眠り草を持ってきてくれたので、礼を言って、あちらの友人にまたお土産として持って帰ることにして俺はまた単身で大樹を経由して日本に戻った。


 いつものパターンで押し入れから這い出たら、パソコンの前に座り、同人の売り上げ確認からやってみた。

 やはりいい売り上げだったので、満足して夜職の方に頼まれてるゴムとかを通販するためにネットショップのカートに欲しいものを入れてポチッとする簡単な作業をやっておいた。

 印刷所にデータも送って劇場のパンフと俳優のブロマイド印刷とかも依頼する。


 そして宅配ボックスの荷物を受け取り、魔法の風呂敷に入れて、原付きでまたドラッグストアとコンビニ巡り。
 相変わらずティッシュを買い集めてる変な人である。

 食料なども買い物をしていたら、急に何か胸騒ぎした。

 スマホに通知が入った。
 それは不眠症だった友人の彼方《カナタ》からで、

『今まで、ありがとう。あのお茶のお陰で眠れるようになったけど、相変わらず会社に戻るのはしんどいし、金も減ってきたので旅立とうと思う。こんな僕に優しくしてくれて、本当にありがとう』


 た、旅立つってあの世にか!?
 待て! 早まるな!!

 俺は慌てて彼に電話をかけた。


「死ぬ前に凄いもの見せてやるから俺の家に来い! 今からお前の家まで迎えに行くからな!!」
「え? すごいもの?」


 深夜であるとか、もはや気にせずに俺は彼のいる家に向かってバイクを走らせた。
 間に合ってくれと、願いながら。

 彼の家に到着した。

 玄関先に彼が迎えに出て来てくれたのは、いいが、


「あれ? カナタ? その格好は?」

 男であるが、女装してる。
 しかもひらひらフリフリのゴスロリ系!


「あはは、僕、死ぬまでにこういう服を一度着てみたかったんだよね!」

 え!? 女になりたかったとか、そういう悩みもあったのか!?


「ええっと、その、驚くほど似合ってるな! 細身の体型と中性的な顔が幸いしたかな! かわいいと思うぞ!」
「ありがとう」

 カナタは照れくさそうに笑った。
 それは儚げであり、俺の不安をあおった。


「ところで……本当にもうこの世には未練ないのか?」
「うん、僕は施設育ちで両親もいないしね」

 そこまでは知らなかった!!
 それは寂しかっただろうな。


「じゃあ、着替えと、大事な荷物を持って俺の家に一緒に行こう」
「うん?」

 これから死ぬのにそんな荷物いるかな?
 って顔をしたけど、彼は女子向けの可愛いリュックを手にして、これだけでいいと言った。

 彼の部屋の中は驚くほど家具や荷物が無くなっていて、退去寸前って感じで怖かった。
 本気で旅立つ準備をしていたようだ。

 予備のヘルメットを渡して、バイクで二人乗りして俺の家に戻ってきた。


「あまり広くはないが、どうぞ」
「そういえば君が引っ越してから、翔太の家には来てなかったね」
「ああ、ビールでも飲むか? ワインもあるぞ」
「それよりすごいものって何?」


 ──ふう。
 俺は深呼吸してから覚悟をきめた。


「死ぬ気なら、俺と一緒に異世界に行ってみるか? 俺は戻れるが、お前も戻れる保証はないけど」
「は? 翔太、何言ってるの?」
「俺の押し入れは異世界に繋がっている」

「またまたァ~、オカルト板に入り浸ってるからって」
「最近は入り浸ってない、あちらの世界での生活が忙しくて」


 俺は押し入れの扉を開けた。
 カナタを手招きして、押し入れの奥を指差した。


「今は夜だから暗くて外がよくわからないだろうが、あの向こうの暗がりがおかしいのは分かるだろ? 本来は押し入れの壁が見えるはずなんだから」

「……え? マジでそんなことある?」
「いま、見えているだろ」
「そ、そうだけど、やばい、鳥肌たった」

「これから死ぬ気だったなら異世界に行ってもいいんじゃないか? あちらにはエルフもケモ耳獣人もいて、新鮮だぞ!」

「エルフとケモ耳獣人!? まさか翔太の動画と写真のあれって、CG加工じゃなくて本物だった!?」
「実はそうだ」

「そしたらあの異世界ファンタジー風、背景資料は!?」
「実は描いてない。モノホンを絵っぽく加工しただけ」
「あの綺麗な場所、現実にあるってこと?」
「ああ、どうだ? 行ってみたくなったなら、数日後に一緒に行こう」
「なんで数日後?」

「ティッシュとか沢山買い込んで行かないといけなくてな、俺はあちらと日本を行き来して商人をやっているから」
「商人!」
「店も家もあるから、お前も家に来いよ。
イケメンエルフとケモ耳っ娘もいるから会わせてやる」
「それは……まだ死ねなくなってきた……」


「とりあえず明日は朝から仕入れを手伝ってくれ。あ、ちょうど女装してるし、女性向けの下着売り場で貴族の令嬢が好みそうな綺麗なレースの下着も買い込んでくれないか?」
「え? マジで?」
「嫌ならいいけど」
「いいよ、ところで貴族って言った?」
「ああ、言ったよ。ちなみにこれ、買い物リストな」

 俺はスマホに入れておいた買い物メモのリストをコピペしてカナタ宛にメッセージを送った。

「ず、ずいぶん買い込むね?」
「予算はエロ同人の売り上げがあるから気にすんな」
「そういや翔太のあれ、エロCGシナリオ付きのやつ、凄い売れてるよね! リアルな肌の質感やら、女の子も可愛いし」
「リアルだからな」

「ひえ~」

 カナタはそう言って笑った。

「ひえ~をリアルで言うやつ初めて見た」

 俺も一緒に笑った。
 なんであれ、カナタが笑ってくれて嬉しかったから。
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