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76 真実の指輪とエリクサー

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 俺はまた後日、錬金術師のエンツィアさんに会いに彼女の工房へ向かった。
 あるものを携えて。


 そして応接間でまた相談事を切り出した。


「煙突掃除夫の為に煤を絶対に通さないマスクが欲しいと? でも伯爵領内だけでもかなりの人数がいますでしょう? それですとかなりの予算が」


 魔道具の類はとても高価だ。
 それは俺も度々魔道具店を覗いたから知っている。


「そこでエリクサーです」
「エリクサーですって!?」


 エリクサーはわりと伝説級の万能薬なので、それは錬金術師さんでも驚いてしまう。


「とりあえずここに七本のエリクサーあります。小出しでオークションに出すだけでも富豪が競り合ってくれるでしょう」

 俺は来客用の応接間のテーブルに、魔法のカバンから取り出した小瓶を七本置いた。


「待ってください、それは本物なのですか? しかも七本も!?」

「はい。ではこれを試すために怪我人、あるいは元気のない植物などはありますか?」

「え、ええ、少しお待ちください、栽培が難しくて萎れた花があります」


 少し動揺したまま錬金術師がベランダに出て、そして鉢植えを持ってきてくれた。 
 本当に萎れた花がある。

 俺はサンプル用に持ってきていた八本目のエリクサーを魔法のカバンから取り出し、その蓋を開けた。


「エリクサーを少しだけ植物にかけます」
「はい」


 俺はエリクサーを萎れた花にかけた。
 すると、みるみるうちにうなだれた茎はシャンと立ち、薄茶色でシワシワだった花ビラは瑞々しく白く輝く色を取り戻した。


「まあ、なんてこと……!」
「本物だとお分かりいただけたでしょうか?」
「駄目押しにこの指輪をはめてください。どの指でもいいですよ」


 錬金術師のエンツィアさんは慎重だ。

「はい」
 

 嘘発見器かな?   
 嘘をついたら電気ビリビリとか?

 この指輪には透明なクリスタルのような石がついている。
 俺は左手の中指にはめてみた。


「改めて伺います、この七本のエリクサーは本物ですか?」
「はい、本物です」

 俺が断言した後、指輪は青く光った。
  

「赤く光れば偽りで、青く光れば真実を話しているという魔道具です」

 この指輪は青く光っている。
 電気ビリビリ系の嘘発見器ではなかったようだ。


「つまりは……」
「ええ、驚くべに事に、このエリクサーは本物です、出どころを伺っても?」
「えーと、海神様の好意としか……」
「海神!?」

「タラスに旅行へ行った時に、神殿の海神様に貢物を捧げたら、殊の外お喜びになったようで、夢に出て来られて、お礼に凄いものをくださった。という経緯なんです」


 あの魔法の帳面の事はまだ念の為に伏せている。
 でも嘘は言っていない。


「ええ!?」

「嘘みたいな話ですが本当なんですよ」
「指輪はまだ青く光っていますね」
「だから本当なんです」
「い、一体どんなすごい貢物だったんですか?」


 錬金術師はあまりの事にぷるぷる震えている。


「とても美味しい異世界の葡萄と……歌でしょうか? 歌も端末に入っている異世界の本物の歌手ものを流しただけで、俺が歌った訳ではないです」
「そ、そんな葡萄で」

「皮ごと食べられる美味しい高価な葡萄です、農家さんが苦労して品種改良したものだと思います」


 俺は魔法のカバンにまだ隠し持っていたカップ入りのシャ◯ンマスカットを出した。

 透明な蓋を開けて、二粒ほど手のひらにのせて勧めてみた。


「エンツィアさん、良ければどうぞ、洗ってあります」
「こ、これがその葡萄!」



 エンツィアさんは俺の手のひらから葡萄を受け取り、まず、一粒口に入れた。
 ゆっくり咀嚼している。
 そして真剣な顔でもう一粒も食べた。


「ほ、本当に皮ごと食べられるし、とても美味しいですわ! これが、神の葡萄!!」

 その時、エンツィアさんの瞳はまるで金の鉱脈を見つけた人の様に輝いていた。


「異世界の人間が作って、神様が気に入ったマスカットです」

 俺は冷静に言いいつつ、スマホに入ってるお気に入りのあの時の曲をも流した。
 足湯しながら流していたBGMだ。


「まあ、綺麗な曲……!」
「神殿で足湯しながら聞いていただけなんですけどね」
「足湯しながら!?」


 エンツィアさんは啞然とした顔をしつつも俺の指輪が青く光っているのを見て、納得せざるを得なかった。


「まあ、確かにこのエリクサーをオークションで売れは高額間違いなしなので、煤を避けるマスクは作れますね」

「では、エンツィアさん、お願いできますか?」 
「分かりました、このエリクサーは責任持って私が出どころを伏せてオークションに出させていただきますし、魔道具制作で余った金額はショータさんにお戻しします」

「ありがとうございます!」

 錬金術師さんは親切だな!


「でも自分の子の事でもないのに、他人の子の健康の為にエリクサーのような貴重な財を使うなんて、ショータさんは変わった人ですね」
「ちょっと、ラッキーが例のクッキー事件で驚かせてしまった子の中に煙突掃除夫の子がいまして、なんか気になったんですよ」

「なんか気になった程度で……でもそんなショータさんだから、海神様も貴重な物をくださったんでしょうね。驚くべき善良さですわ」

「あんな物を手に入れてしまっては多少なりとも善行を働かないと逆に怖いじゃないですか、小心者なんです」

「ふふ、指輪は青く光っていますね」
「はい、小心者なんです」


 俺とエンツィアさんは青く輝く指輪を見ながら、くすくすと笑った。

 * * 

 エリクサーと新たな仕事を人に託して、俺は自宅へと戻った。


「また満月後の仕入れ後まで時間ができたけど、皆のスケジュールはどんな感じかな?」

 俺は夕飯時、同じ食卓を囲む仲間に訊いてみた。

「私はたまにギルドの仕事を入れるくらいよ」

 ミレナは若いのに地味だな、今は夏だぞ!?
 一方でジェラルドの方は、

「俺はひとまず明日は知り合いのトウモロコシ畑の収穫の手伝いだ。手伝いをしたら多少の手間賃と現物がもらえるって話なんでな」

「いいね!」

 新鮮なトウモロコシ!! 絶対に美味い!

「ショータも一緒に行くか?」
「行く!」
「待って、ショータも行くなら私も行くわよ」
「ワフ!」
「私も同行します」

 そんな訳でラッキーとミラとミレナも混ざって、皆でトウモロコシ畑の収穫の手伝いに行くことになった。


「でもなんでショータはそんなに嬉しそうなの? トウモロコシがそんなに好きなの?」
「好きだぞ! それになにより収穫の歓びがあるじゃないか! いちから育ててないのにいいとこ取りだぜ!」

「まあ、それはそうだけど、作業的には労働の一種じゃないの」 
「新鮮なトウモロコシも手に入るぞ!」
「まあ、農家の仕事が嬉しいなら別にいいけど」


 ミレナはおしゃれな小物を扱う雑貨屋さんとかの方が性に合ってて好きなのかな?
 でも俺は収穫イベは大好きだぞ!
 あちらの世界で農場ゲームを一時期ハマってやっていたくらいだし。


「明日は朝早くに収穫だから、夜が開ける前には出かけるぞ、だから今夜は早く寝ろ」


 ジェラルドによると朝の四時頃出発だそうだ。


「任せろ、俺は老人並みに早く起きれる!」
「寝ないほうがマシな気がしてきたわね」
「馬車移動なら中で寝れるが、ルルエで現地まで走るから、少しは寝てた方がいいぞ。寝ぼけて振り落とされてもいいなら好きにしろ」

「ね、寝るわよ。ショータ、私を起こしに来て」
「いいぞ、でも声をかけても起きなかったら布団を剥ぐからな!」
「ええ」
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