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アルバ国は、木々があまり育たない土地だ。
ハイランドを中心に広がる土地には、木々はおろか作物も育たず、主に畜産物で生計を成り立たせている。
人々は素朴だが逞しく、そして独立独歩の精神に満ち溢れている。
そんな自分の国を、ソフィアは愛していた。
ソフィアは、栗色の髪を靡かせながら、薄茶色の瞳をつぶった。
侵略国家ブリタニア国との戦争が激化する中、ついに城の門を閉ざした。この罪は、王家の人間として必ず贖わなければならない。
そしてそのために、ソフィアにできることはいったいなんなのだろうか。
「姫さま」
乳母の声が後ろから響いた。
「国王陛下が、お呼びでございます」
おそらくは、敗戦処理についての報告だろうとあたりをつけたソフィアの考えは、当たらずとも遠からずだった。
「国王陛下」
部屋に入ったソフィアは、最敬礼とともに深く膝を折り、臣下の礼を取る。
頷いた国王は、ソフィアに席をすすめた。
「アルバ国は負けた」
お茶を飲むソフィアに、国王は簡単に告げた。
「はい」
「城にはブリタニア国の使者が数刻後入城する予定だ。使者をもてなすため、宴を開く」
そう言って、
「お前も参加し、ブリタニア国の使者をよく歓待するように」
「……お父さま!?」
それは、侵略国家ブリタニア国の者どもにソフィア自身を捧げよという、国王の間接的な命令だった。
「まさか、嫌でございます!」
思わずソフィアは国王の天の声にも等しい言葉に反抗する。
「お前は誰よりも美しい。必ずや、ブリタニアの者どももお前に夢中になるはずだ」
父国王の眼差しには、苦悩があった。その様子に、ソフィアは自分のわがままを思い知る。
ソフィアの肩にはソフィア自身や父だけでなく、百万もの民の命がかかっているのだ。まして、すでに数百もの命を見捨てて、城の門を閉ざしてしまったからには、生き残った者を守るのは王女の務めだった。
姫とは、誰かに身を捧げるために崇められる存在だ。そのことはソフィアもよくわきまえていた。
ああ、けれど。一夜の相手として、貶められるなんて、耐えられない!
ソフィアはそんな本能からの叫び声を押しつぶし、そして微笑んだ。
「……詮無いことを申しました。私であれば、きっとご満足いただけるかと存じます。微力ながら、全力を尽くしますわ」
まだ齢十六の、姫の健気な言葉に、父国王は涙を流した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ブリタニア国より命じられ、進軍を続けてアルバ国城壁内についに辿り着いた一行は、有名な城内の豪華な飾り付けに、見惚れるように眺め回した。
石造りの城のあちこちには、ビロードの赤い布やタペストリーが飾られ、最新式のガラスが窓という窓にはめられている。何より、一行が驚いたのは、贅沢なほどに多くのろうそくが置かれた、ガラスと金でできたシャンデリアだった。
「アルバ国が裕福というのは本当のことらしいな。だがその割には、軍隊は統率が取れておらず、お粗末だった!」
肩にかかる砂色の髪と割れ顎を持つ、偉丈夫のアレクサンダー将軍は、一行のトップであるバートン卿の肩に手をかけた。
バートン卿は、神経質そうな黒い瞳をチラリと彼に向ける。べっとりとした黒髪は脂ぎっていた。
「ほう?アルバ国は弱かったのですか?」
「弱いのなんのって。一人一人はそれなりに勇敢でしたが、まとまって動く事ができず、これほど侵略しやすい土地もないくらいです」
ガハハ、と明るく笑うアレクサンダー将軍に、側に控えるアルバ人の文官が体を震わせる。
気の毒だが、弱いということはこの時代、罪だ。
「国王陛下が参られました」
部屋に入った別の文官の大きな声に、一行も居住まいを正す。
サークレットを頭にまとう初老の男に、一行はざっと膝を折った。
「ブリタニア国の使者たちよ、我がアルバ国はそなたらを歓迎しよう」
「はっ、身に余るお言葉です」
一行を代表し、バートン卿が答えた。
「夜、歓迎の意味を込めて宴を開こうと思う。参加していただけるかね?」
「国王陛下、喜んで。無骨者の集団ですが、ここにいる一行は全員爵位を持っております。名高いアルバ国でも、それほどお見苦しいところは見せずに済むでしょう」
「それはよかった。それでは私の愛する家族を紹介しよう。我が妻、エルスペス」
美しい30歳くらいの女性が、黒髪を揺らしながら、しとやかに膝を折った。
「そして、我が娘、ソフィアだ」
彼女が節目がちに、薄茶色の瞳を煌めかせながら、結い上げた栗色の長い髪を揺らし、膝を折った瞬間。
バートン卿の胸に、稲妻が走ったように感じた。
なんと、美しい。こんな女性は、ブリタニア国にも一人とていなかった。
「娘には特に、よくご一行をもてなすように言い聞かせております」
「ほう」
呟いたのは、アレクサンダー将軍だった。
「こんな美貌はブリタニアでも見たことがない。ありがたくお受けしよう」
そのぶしつけな言葉に。
バートン卿は何も考えず、口を挟んだ。
「アレクサンダー将軍、姫に無礼をしてはならない。我々はならず者ではないのだ」
「は?」
アレクサンダー将軍がぽかんと口を開いた。
アレクサンダー将軍には、アルバ国を征服した後、領主としてこの土地を治めること、そして「初夜権」の復活を約束していた。
初夜権とは、村娘の初夜を我が物とする権利で、それを拒否する場合は、税金を納めることを必要とする。
豪快で女好きのアレクサンダー将軍は、だが
「たかが村娘の初夜ごときをもらうくらいなら、戦争の方がよほどたぎるというものだ」
とぼやいてはいたが、それでもこのアルバ国に興味を持った理由の一つであることは間違いなかった。
このように、将軍に恥をかかせるとは、思ってもいなかったに違いない。
だがアレクサンダー将軍は、はっと気づいたように瞳を見開くと、大笑いをした。
「そうか! バートン卿は、子どものような姫君をお好みか! 卿のお望みなら、俺は引き下がるしかないな。女は他でも調達できるが、男同士の信頼関係は金では買えん」
ほっと息をついた。アレクサンダー将軍は裏表ない人柄だ。おそらくは本心に違いなかった。
「使者どの……」
「エドワード・オブ・バートンと申します。美しい姫、どうか、私とともにブリタニア国へ参られませ。妻として、バートン公爵領に迎え入れたい」
それはまさしく、正しい意味での政略結婚だった。
アレクサンダー将軍がこの地を治め、そしてブリタニア王家の血をひくバートン卿がアルバ国王女を迎え入れる。これほど平和のために正しい道は、他にあるまい。
「バートン卿、ありがたいお申し出、アルバ国王が確かに承った。姫を、あなたの婚約者として、確かに後日、お渡しいたしましょう」
女に好まれない容姿であることを、バートン卿は嫌というほど自覚していた。
だが、これほどまでに美しい姫を手に入れることとなるとは。
内心で幸せを噛み締めていたバートン卿を、アレクサンダー将軍は興味深そうに見つめた。
ハイランドを中心に広がる土地には、木々はおろか作物も育たず、主に畜産物で生計を成り立たせている。
人々は素朴だが逞しく、そして独立独歩の精神に満ち溢れている。
そんな自分の国を、ソフィアは愛していた。
ソフィアは、栗色の髪を靡かせながら、薄茶色の瞳をつぶった。
侵略国家ブリタニア国との戦争が激化する中、ついに城の門を閉ざした。この罪は、王家の人間として必ず贖わなければならない。
そしてそのために、ソフィアにできることはいったいなんなのだろうか。
「姫さま」
乳母の声が後ろから響いた。
「国王陛下が、お呼びでございます」
おそらくは、敗戦処理についての報告だろうとあたりをつけたソフィアの考えは、当たらずとも遠からずだった。
「国王陛下」
部屋に入ったソフィアは、最敬礼とともに深く膝を折り、臣下の礼を取る。
頷いた国王は、ソフィアに席をすすめた。
「アルバ国は負けた」
お茶を飲むソフィアに、国王は簡単に告げた。
「はい」
「城にはブリタニア国の使者が数刻後入城する予定だ。使者をもてなすため、宴を開く」
そう言って、
「お前も参加し、ブリタニア国の使者をよく歓待するように」
「……お父さま!?」
それは、侵略国家ブリタニア国の者どもにソフィア自身を捧げよという、国王の間接的な命令だった。
「まさか、嫌でございます!」
思わずソフィアは国王の天の声にも等しい言葉に反抗する。
「お前は誰よりも美しい。必ずや、ブリタニアの者どももお前に夢中になるはずだ」
父国王の眼差しには、苦悩があった。その様子に、ソフィアは自分のわがままを思い知る。
ソフィアの肩にはソフィア自身や父だけでなく、百万もの民の命がかかっているのだ。まして、すでに数百もの命を見捨てて、城の門を閉ざしてしまったからには、生き残った者を守るのは王女の務めだった。
姫とは、誰かに身を捧げるために崇められる存在だ。そのことはソフィアもよくわきまえていた。
ああ、けれど。一夜の相手として、貶められるなんて、耐えられない!
ソフィアはそんな本能からの叫び声を押しつぶし、そして微笑んだ。
「……詮無いことを申しました。私であれば、きっとご満足いただけるかと存じます。微力ながら、全力を尽くしますわ」
まだ齢十六の、姫の健気な言葉に、父国王は涙を流した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ブリタニア国より命じられ、進軍を続けてアルバ国城壁内についに辿り着いた一行は、有名な城内の豪華な飾り付けに、見惚れるように眺め回した。
石造りの城のあちこちには、ビロードの赤い布やタペストリーが飾られ、最新式のガラスが窓という窓にはめられている。何より、一行が驚いたのは、贅沢なほどに多くのろうそくが置かれた、ガラスと金でできたシャンデリアだった。
「アルバ国が裕福というのは本当のことらしいな。だがその割には、軍隊は統率が取れておらず、お粗末だった!」
肩にかかる砂色の髪と割れ顎を持つ、偉丈夫のアレクサンダー将軍は、一行のトップであるバートン卿の肩に手をかけた。
バートン卿は、神経質そうな黒い瞳をチラリと彼に向ける。べっとりとした黒髪は脂ぎっていた。
「ほう?アルバ国は弱かったのですか?」
「弱いのなんのって。一人一人はそれなりに勇敢でしたが、まとまって動く事ができず、これほど侵略しやすい土地もないくらいです」
ガハハ、と明るく笑うアレクサンダー将軍に、側に控えるアルバ人の文官が体を震わせる。
気の毒だが、弱いということはこの時代、罪だ。
「国王陛下が参られました」
部屋に入った別の文官の大きな声に、一行も居住まいを正す。
サークレットを頭にまとう初老の男に、一行はざっと膝を折った。
「ブリタニア国の使者たちよ、我がアルバ国はそなたらを歓迎しよう」
「はっ、身に余るお言葉です」
一行を代表し、バートン卿が答えた。
「夜、歓迎の意味を込めて宴を開こうと思う。参加していただけるかね?」
「国王陛下、喜んで。無骨者の集団ですが、ここにいる一行は全員爵位を持っております。名高いアルバ国でも、それほどお見苦しいところは見せずに済むでしょう」
「それはよかった。それでは私の愛する家族を紹介しよう。我が妻、エルスペス」
美しい30歳くらいの女性が、黒髪を揺らしながら、しとやかに膝を折った。
「そして、我が娘、ソフィアだ」
彼女が節目がちに、薄茶色の瞳を煌めかせながら、結い上げた栗色の長い髪を揺らし、膝を折った瞬間。
バートン卿の胸に、稲妻が走ったように感じた。
なんと、美しい。こんな女性は、ブリタニア国にも一人とていなかった。
「娘には特に、よくご一行をもてなすように言い聞かせております」
「ほう」
呟いたのは、アレクサンダー将軍だった。
「こんな美貌はブリタニアでも見たことがない。ありがたくお受けしよう」
そのぶしつけな言葉に。
バートン卿は何も考えず、口を挟んだ。
「アレクサンダー将軍、姫に無礼をしてはならない。我々はならず者ではないのだ」
「は?」
アレクサンダー将軍がぽかんと口を開いた。
アレクサンダー将軍には、アルバ国を征服した後、領主としてこの土地を治めること、そして「初夜権」の復活を約束していた。
初夜権とは、村娘の初夜を我が物とする権利で、それを拒否する場合は、税金を納めることを必要とする。
豪快で女好きのアレクサンダー将軍は、だが
「たかが村娘の初夜ごときをもらうくらいなら、戦争の方がよほどたぎるというものだ」
とぼやいてはいたが、それでもこのアルバ国に興味を持った理由の一つであることは間違いなかった。
このように、将軍に恥をかかせるとは、思ってもいなかったに違いない。
だがアレクサンダー将軍は、はっと気づいたように瞳を見開くと、大笑いをした。
「そうか! バートン卿は、子どものような姫君をお好みか! 卿のお望みなら、俺は引き下がるしかないな。女は他でも調達できるが、男同士の信頼関係は金では買えん」
ほっと息をついた。アレクサンダー将軍は裏表ない人柄だ。おそらくは本心に違いなかった。
「使者どの……」
「エドワード・オブ・バートンと申します。美しい姫、どうか、私とともにブリタニア国へ参られませ。妻として、バートン公爵領に迎え入れたい」
それはまさしく、正しい意味での政略結婚だった。
アレクサンダー将軍がこの地を治め、そしてブリタニア王家の血をひくバートン卿がアルバ国王女を迎え入れる。これほど平和のために正しい道は、他にあるまい。
「バートン卿、ありがたいお申し出、アルバ国王が確かに承った。姫を、あなたの婚約者として、確かに後日、お渡しいたしましょう」
女に好まれない容姿であることを、バートン卿は嫌というほど自覚していた。
だが、これほどまでに美しい姫を手に入れることとなるとは。
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