山奥で巡り合ったあなたと〜 「運命的」な出会いの果てに……

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 ベッドの中以外では、男は出会った時の印象そのままに優しかった。部屋の鍵はかけられたままだったが、男が連れ歩くのならば家中を探索することも許された。

 窓から見える薄暗い曇り空の下、古びた屋敷の木の香りとほこりの匂いが鼻をくすぐる中、まるで時が止まったかのような静寂が漂っている。広々としたホールの先には階段が二階へと続いている。
 キムはまず一番奥の部屋、書斎へと向かった。そこには古びた本がぎっしりと並び、壁一面が書棚で埋め尽くされている。目を引くのは大きな革表紙の分厚い本。そのページをめくると、繊細な字で書かれた物語や、古い地図が目に飛び込んでくる。気づけば時間が経つのも忘れ、夢中で本の世界に没頭してしまう。

「本が好きなのかい?」
 男はキムに優しく微笑んで見せた。彼の目は柔らかな光を宿しており、その眼差しはまるで長い時を越えた知恵そのものを体現しているようだった。

「ここは、僕が若い頃から集めた知識と記憶が詰まった場所だよ。君が今見ているこの本棚には、長年の研究と発見、そして失敗の記録が詰まっている」

 キムは棚に並ぶ分厚い古書に視線を向けた。
「ここにある本は全部読んだの?」

 男は少し肩をすくめ、穏やかに笑った。
「いや、全て読んだわけではない。むしろ、まだ読むべき本が山ほどあるよ。それが学びというものさ。全てを知り尽くすことはない。未知があるからこそ、探求する意味があるんだ」

  男は机の引き出しから一冊の古いノートを取り出し、ページをそっとめくった。黄ばんだ紙には、彼の手書きの文字がびっしりと詰まっていた。過去の考察や仮説が、時折挿絵とともに丁寧に記されている。

「このノートには、僕が学生の頃に考えたことが記録されている。未熟で、無謀で、でもどこか情熱的だった頃の僕がここにいる。君もいずれ、自分だけの知識の軌跡を残すような、そんな時が来るだろう」

 男の話す内容は時に難解だったが、その奥にある真意はどこか温かく、懐かしいものだった。そしてその瞬間は時の流れを忘れ、知識という大きな旅路の途中にいる仲間のようにキムは感じてしまったのだった。

 またある日キムは、重厚な木製ドアを通り抜けキッチンへ向かうとそこには、大きなオーブンが古いながらもどっしりと存在感を放っていた。
 男に指し示された棚から見つけた古いレシピを参考にしながら、クッキーの生地を練りオーブンに入れる。数分後、甘い香りがキッチンいっぱいに広がり、焼きたてのクッキーが金色に輝く。カリッとした食感とともに、口いっぱいに広がるバターの風味に心が和む。
「こんな美味いものを食べたのは生まれて初めてだよ」
 男は微笑んだ。

 またある日はプールへと足を運ぶことにした。
 地下に降りると、そこには水が静かに揺れる大きなプールがある。透明な水面が、薄暗い光を反射し、まるで鏡のようだ。服を脱ぎ、水に飛び込むとひんやりとした感触が肌に心地よい。水の中で体を伸ばし、ゆっくりと泳ぐ。静かな空間に響く水音だけが、まるで自分がこの屋敷の時間そのものと一体になったように感じられる。人魚のようだ、とは男の言葉だった。

 トレーニングルームもあると聞いたキムがそちらにむかうと、そこには古いダンベルやバーベルが並んでいる。少しだけ筋トレをしてみることにし、ゆっくりとバーベルを持ち上げる。長く使われていなかったせいか、器具は少し錆びついているが、それがかえって重みを感じさせる。力を込め、バーベルを持ち上げるたびに筋肉が張り詰める感覚が心地よい。

 キムは毎日着飾り、男のこしらえる料理を食べ、男から勉強を教わるという何不自由のない暮らしをしていた。

 だが、夜になると。男は幸せそうにキムを弄び、体の奥まで探るのだった。
「愛しているよ、僕のキム」
 と何度もささやき、キムの心と体をズタズタに引き裂きながら。

 夜の帳が下りた部屋で、男がキムの無表情をじっと見つめる。
「嗚呼、君は本当に美しい。僕だけが知っている顔だね」

 彼女の顔中に愛情を込めてキスをし、その体中を慈しみの舌先で優しくなぞる。何度も抱いたその体の弱点を男は知り尽くしていた。

 キムの肌に触れ、その甘美な味を確かめるようにゆっくりと舐め上げていく。
 その敏感な部分に特別な注意を払いつつ、熱い吐息をまじえながら行動する。キムの心臓が速く鼓動する音を聞き、その反応が男の欲望をさらにかき立てる。

 肩から首筋、そして胸元へと容赦なく舌が這って行く。
「抵抗しないで。 君自身がこれを求めてるんだよ?」
 一時も目を離さず、キムの反応すべてを評価しつつ、次第に下腹部まで愛撫は及んでゆく。
 体全体が震えるその感触こそが二人だけの絆と認識して。

 男は高揚感と満足感で頬笑み、すべては避けられない運命的出会いとキムが受け入れられるよう、この新しい世界を受容して行くことでしか幸福は得られないことを静かに示唆する。

「感じてくれているんだろう? 僕だけの、かわいいキム」

 キムの反応を細かく観察しながら、男は自分自身の幸福感を噛みしめる。心から満足した笑みを浮かべ、キムの絶望には気づかずに。

 そんな日々に耐えながらも逃亡の機会を探っていたキム。だがパソコンもなく、新聞もテレビも取り上げられ、情報すら入って来なかった。

 男の心を揺さぶるために。キムはある日、不意打ちでこう呟いたのだった。
「私のことがニュースになっているはずよね。新聞かスマホを見せて。テレビでもいいわ」

 男は動揺したようすだったが、気を取り直したように自分の懐からスマホを取り出す。少し操作すると、キムに手渡した。

「君の目で確かめた方がいいからね。どうぞ」
 そう言うと男は瞳を伏せた。

「十二月二十四日 - モンテーン州ビッグスカイ郡 ペレスさん捜索を打ち切り-クリスマスイブの悲劇となるか

十月二十六日午後八時頃、モンテーン州ビッグスカイ郡の山道で、自動車がガードレールに衝突する自損事故が発生しました。調べたところ市内の高校生、キンバリー・ペレスさん(十七歳)の車であることが確認されました。
警察によると、ペレスさんは一人で山道を走行していたと見られています。現場はカーブが多く見通しの悪い区間で、車はスピードを出していた可能性があるとされています。ブレーキ痕がほとんど残っていなかったことから、運転中にハンドル操作を誤った可能性も視野に入れ、警察が詳しい原因を調べています。
遺体は発見されておらず、二ヶ月間捜査を行いましたが、天候の関係で打ち切られることとなり、リバーヒル高校でペレスさんの葬式が来年度一月四日に執り行われることとなりました。
ペレスさんの通っていた高校の関係者によれば、ペレスさんは学業に熱心で、友人にも慕われる存在だったとのことです」

 キムはの目は焦点を失い、ただそこに座り込んでいた。何かを思い出すでもなく、声をあげるでもなく、ただ重い現実の中に沈んでいくように。

「キム、わかったかい?」

 男は優しくキムを抱きしめて、口付けた。

 その瞬間。キムは立ち上がり、男を強い眼差しで睨みつけた。

「あなたは私を愛しているって言うけど、愛って一体なんなの?」
 キムの突然の言葉に、驚いたように目を丸くした後、男は考え込んだ。
「愛とは、互いの存在が必要で不可欠である感覚だよ」
 キムの目をじっと見つめてゆっくりと髪をかき上げながら優しく耳元でささやく。
「君はずっと探し続けた宝物。君の全てを知り尽くして支配すること、それが僕にとっての愛だ」
 心臓の鼓動が聞こえるように抱きしめる強さでキムを寄せる 。
「君はもう分かっているはずだ。僕なしではもう生きられないんだよ」

 キムは、誘拐犯の瞳を真っ直ぐに見た。

「これが愛だというなら、どうして私はこんなに不幸なの? 教えて」 

 その言葉は、男の心をえぐった。

「君の不幸は一時的なものだ」
 静かに言葉を募るキムの涙を指先で拭い取りながら、優しく微笑む。
「新しい世界への適応は、時として苦痛を伴う。けれど、君はやがて理解するよ」
彼女の髪にそっとキスを落としながら、
「僕たちが共有する絆こそが真実であって、それ以外の全ては幻想だったんだとね。不幸ではないよ、キム。ただ未知なる幸福に足を踏み入れたばかりなんだ」

 キムはため息をついた。

「洗脳ね……。こんなところに閉じ込められてしまえば、染まっていく人も、もしかしたらいるのかもしれない。でも、私は最後まで対抗する!」

 キムの顔を手で優しく持ち上げ、キムの頬を撫でる。

「洗脳なんて、とんでもない。知識と理解、それが増えること。それが本当の目覚めをもたらすんだ。新しい環境に君が染まるというなら……それは君自身の心が望んでいるからだよ。運命に逆らうことはできない」

 キムの側頭部に口づけを落としながらささやく。

 「運命に身を委ねれば、真実の愛がわかる。僕と共に」

 そんな男の言葉を聞いていたキムは、もう我慢ができなかった。あまりにも勝手な言い分だ!

「いつ、私が望んだというの?私が望むのは、自由だけだというのに」

 男はキムの目をじっと見つめ、その決意に敬意を表しながら
「自由か……」
 微笑みながら肩をすくめる。
「君はまだ理解していない。真の自由とは何も束縛されず、本当の自己を受け入れることだ。ここで学ぶことは多い」
 彼女の首筋にそっとキスを落とす。
「本当に重要なものが何か、そしてそれがどういう意味を持つか。僕が与える知識と指導。それが君の新しい『自由』になるんだよ」
 キムの手首に触れながら
「さあ、この真実から逃れようとする無駄な抵抗はやめて、僕の愛に身を委ねるんだ」

 キムの瞳からまた涙がこぼれ落ちた。
「本当の自分なら、もうわかっている。私自身を、私自身が選ぶ人生を望むわ。間違っても、あなたに虐待されながら自由を奪われることなんかじゃない」

「君が本当に自由を望むというなららそれは尊重する」
 キムの手を強く握りしめながら
「だけど思い出してほしい」
 もう片方の手で彼女の頬にそっと触れる。
「ここでの時間が君にどれほど多くを教えたか。真実の自由と愛は互いに深く結びついているんだ。何も惜しみはしない、本当の気持ちで向き合うからこそ、理解できるんだよ。僕から逃れた後でも、君が学んだ『自由』とは何か。その意味を忘れなければ良い」
「あなたは今、私を虐待しているのよ。わかっているの?」
 一瞬動揺する気配を隠し、深くため息をついて
「そうか。僕の方法が君には理解されずに虐待と映るのなら、それは残念だね。しかし、この全ては君の成長のためで、僕が君を愛しているからこそなんだ」
 キムの肩を掴み力強く言い放つ。
「僕は君が最高の自己に到達できるように導いてきただけだよ。僕たちが分かり合った時、このすべてが意味あるものとなることを信じて欲しい」
 彼女の目を真剣に見据えながら静かに語りかける。
「それまで……もう少しだけ我慢してくれ」

「違う、あなたはただの犯罪者よ」

 キムの眼差しは強かった。強く、そして美しい。

「犯罪者というレッテルを貼ることで、自分の苦しみから目を背けようとするのか」
 男はキムに同情する素振りで頷いた。
「そう呼ぶことが君にとって楽ならば、それでもいい」
 キムの唇を指でなぞりながら静かに語る。
「だが、僕が何者であれ、君は変わってしまったんだよ。経験は人を形作る。最後には……」
 優しく彼女の顔を掴んで目線を強制する。
「君自身が真実を見出すことになるだろう。そしてまた、運命が僕たちをどこへ導くか……」
 悲哀を帯びた表情でゆっくり離して、影に溶け込むように立ち去る準備を始める。
「決して忘れないでくれ…これは愛だったんだよ」

「愛なんかじゃない。卑劣で残虐な犯罪よ。それを必ず証明してみせる」

「熱い言葉だな……」
 キムの決意に静かに驚愕しながら
「挑戦か。できるというなら、挑戦してみるといいよ」
 彼女の瞳を見つめて、冷たく微笑む。
「けれど、君はもう変わってしまったんだよ、キム。僕は君の一部になってしまった。僕から逃れようと、この現実から目を逸らそうと。最終的には真実が君を抗い難く引き寄せてくる」
 後ろ手で扉を閉めつつささやく。
「そしてその時こそ君も、愛という名の重みを理解する」

 男の言った言葉を一言も理解できず、鍵を閉められた扉を見たキムは涙を流した。自分の運命を呪い、明日に怯えながら……。
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