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29.王太子夫妻到着まで、あと5日-昼。

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 市場の外れに到着すると、そこにはなんでか、女性の獣人たちが、大勢たむろしていた。

 ダン王子は、彼女たちの中で、特にがっしりしたリーダー格らしい女性に話しかけると、彼女はすぐに頷いて、一花の所にやってきた。

「あと、どの位、必要なんだ?」
 一花は、慌てて、頭の中で計算すると、必要量を彼女に伝えた。

「承った。今から、30分で用意しよう。値段は市場の二倍になるが、問題ないか?」
 彼女の問いかけに、一花は私を見た。

 私は、しっかりと頷いた。

「行くよ。」
 彼女は、周囲にいた他の獣人の女性たちに目配せすると、全員がスッと立ち上がって、その場から消えていった。

「さっ、これで大丈夫だ、一花。」
 ダン王子がさりげなく、一花の肩を抱いた。

 一花は思わず涙ぐむと、ダン王子に抱き付いた。

 ダン王子は、ごっくんと生唾を飲み込んで、抱き付いてきた一花を、片手で抱きしめながらも、耳を触ろうと、もう一方の手をワキワキさせた。

「買い物は、いいんですか?」
 レッドが面白くなさそうに、二人の雰囲気を思いっきりぶった。

「買い物?」
 思わず、私はレッドに聞き返していた。

 何を買うつもりだったんだろう。

「買い物ですか?」
 ダン王子が、手をワキワキさせているうちに、一花は、彼の腕の中から抜け出すと、上目遣いに問いかけた。

 チッ

「ああ、母の誕生祝いをだな・・・。」
 ダン王子は、舌打ちしながらも、一花の上目遣いに顔を真っ赤にして、もごもごと呟いた。

 私の横にいたレッドが、実は今日の朝食時に、王妃様に催促されたと、耳打ちしてくれた。

 なるほど、それで、こんなに朝早く、市場に来ていたのか。

 王妃様のお誕生祝い・・・ね。

 ん、待って。

 それなら・・・。

 私は、隣にいたレッドの腕をつつくと、耳打ちした。

「なるほど、確かに。」

 レッドの声に、ダン王子は、こちらを振り向いた。
「なんだ、レッド。」

「お二人が、特製のケーキを作ってくれる、そうですよ。」

「その手があったか。ヨシ、戻るぞ。」
 ダン王子は、目を瞠った後、そう言うと、一花を引っ張って、私たちの店に足早に向かった。

 私たちが、店について間もなく、先程市場で、ダン王子が話かけた女性と彼女の仲間たちが、牛乳がギッシリ詰まった木箱をいくつも運んできた。

 私は、獣人のリーダー格の女性に、市場の二倍の価格を支払うと、彼女たちを店に招き入れた。

「えっ。」
 躊躇する彼女たちを強引に席に座らせると、先程作っていたスポンジケーキをこんがり焼いたものに、フワフワの生クリームと季節のフルーツを盛り合わせたものを、一人に一個づつ差し出した。

 唖然としていた彼女たちの傍で、レッドは何を思ったのか、フォークを手に取ると、いつもあまり食べないそれを、今日は美味しそうに食べ始めた。

「とても美味しいですよ。」
 ニッコリ笑って、そう言ってくれた。

 獣人のリーダー格の女性は、それを見て、恐る恐るフォークを持つと、それを口に運んだ。

「うっ、上手い。」
 途端、ガツガツと食べ始めた。

 周囲にいた、ほかの獣人の女性たちも、彼女に従って、それを食べた。

 あっという間に、全員がそれを食べ終わると、リーダー格の女性が代表して、お金を払おうとした。

 私は、首を振って、それを受け取らなかった。

「なんで、受け取らない。」
 彼女はムッとして、鋭い視線で、私を射抜いた。
 その視線は、まるで、獣に狙われた獲物に、自分がなったような、そんな錯覚をおぼえるほど、物凄く厳しいものだった。

 私は、必死に冷静さを装いながら、なんでもないような顔で、自分の考えを伝えた。
「これは、今日、牛乳を届けていただいた、お礼です。」
 引き攣らない様に、昔取った杵柄で、王妃の微笑みを、彼女に投げかけた。

「だが・・・。」

「美味しいと思ったら、また食べに来てください。ただし、その時は、きちんとお代をいただきます。」

 よし、言いきった。
 偉いぞ、わ・た・し。

 私は、自分を奮い立たせるために、己を心の中で褒めちぎった。
 そうしないと、今にもその場に頽れそうだった。

 そんな私の内心とは裏腹に、獣人のリーダー格の女性は、手を差し出すと破顔した。
「私の名は、ジョアンだ。次回からは、市場より安い値段で調達しよう。また、何かあれば言ってくれ。」
 ジョアンが嬉しいことに、そう言ってくれたので、私は手を握り返し、即座に、勇気を奮いたたせると、明日も同じ量の牛乳を、ここに運んで来てくれるように、お願いした。

「また、こんなに必要なのか?」
 ビックリした顔で、聞き返された。

「はい。」
 素直に頷くと、私は彼女の目を真っすぐに見返した。

 彼女は、私の態度に嬉しそうにすると、朝一番で届けると、請け負ってくれた。

 さっきまでは、死にそうだったが、勇気を振り絞ったおかげで、今はこんな素晴らしい伝手が得られて、万々歳だ。

 私は、友好的な顔になった彼女たちを、店先まで送ってから、中に戻った。

 中に入ると、なぜかレッドと、目があった。
「素晴らしい。」

 なぜか、非常に賞賛された。

 なんでだ?

「あのジョアンに、人なのに、名を名乗らせるなんて、すばらしい。」

「へっ、それって、どういう意味?」

「彼女はひどい人間嫌いなんですよ。それなのに、あなたに、自分の名を教えるなんて・・・。」
 なんでかレッドが絶賛してくれた。

 その後は、ダン王子とレッドに、この間食べて、気に入ってくれたお菓子を出して、もてなした。
 彼らは、それを食べてから、王宮に帰って行った。
 私は、彼らを店先まで、見送ると、その後は、厨房に一花と二人で籠ると、超特急で王妃様用のケーキを焼いて、それを一郎に持たせると、王宮に向かわせた。

 もちろん、一郎には、王妃様のために、心を込めて、給仕をしてくるように言い含めた。

 夕方、王宮から帰ってきた一郎は、王妃様からの手紙を預かっていた。

 王家の封蝋が押された手紙の封を切ると、とてもきれいな字で、二段重ねの特性ケーキについてのお礼と、給仕への大絶賛が綴られていた。

 さすが一郎。
 素晴らしい。

 それにしても、王様ほどではないが、思った通り、王妃様も、けっこう獣人がお好きなようだ。

 私は自分の考えが当たって嬉しくなって、手紙を畳もうとして、その下にかかれていた文字に気がついた。

 そこには、私にとって、とても衝撃的なことが、書かれていた。

 5日後に催される、王太子夫妻を歓迎する晩餐会にも、同じようなケーキを出すようにと、そう書かれていた。

 あと5日後には、あの二人と再会する。

 また今朝のように、ドロドロとした黒い塊が、胸の中に浮かび上がって来た。

 あいつらに・・・。

「シロ様、シロ様、シロ様、シロ様!」
 私は一郎の呼びかけに、我に返った。

 いけない、こんなことでは、復讐なんて夢のまた、夢になってしまう。

 冷静こそ、復讐の第一歩!

 私は、ゆっくりと息を吐き出した。

 途端に、何だか、ドッと疲れた。

 私は、一郎に、王太子夫妻の歓迎する晩餐でのデザートに、もう一品、今日王妃様の誕生祝いに焼いたケーキと同等のものが、追加になることを、厨房で働いてくれる料理人やスティーヴンスに、伝えるように頼むと、早々と床についた。

 今は、とにかく休もう。

 明日こそは、あの王太子夫妻に関する情報に接しても、微塵も感情を動かさないようにしなければ・・・。

 そうしなければ、復讐はできない。

 まだ、敵の力は強大だ。

 今の私の持っている力では、あいつらを闇討ちするのが、せいぜいだ。

 でも、それでは、母や父がされたこと以上に、あいつらを苦しめられなくなる。

 それこそ、両親が浮かばれない。

 私は、一旦、思考をかき消すように頭を振ると、布団にダイブした。

 ボッフン

 王都に灯された街灯が、ほの暗く灯る中、私はカーテンを開けたまま、眠りについた。
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