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22 宮廷舞踏会とメガネ

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 私はお茶会がお開きになり、とりあずサロンを後にした。

 さて、ケインには先に帰らない様に言われたがこれからどうしようか。

 私は時間を潰すために王宮にある庭に向かう事にした。

 タイミングがいいことに前からブライアンが歩いて来る。

 彼ならケインが今どこにいるか知っているだろう。

 私はブライアンに声をかけた。

「ブライアンはくしゃ・・・。」
 私の呼びかけはブライアンの手で遮られた。

 むぐっ、なんで?。

 私は私の口を手で塞いだブライアンをジトッと見上げた。

「お願いですからその伯爵の呼び名はやめて下さい。」
 ブライアンは涙目で懇願してきた。

「なんで????????」
 私は盛大にブライアンを疑問符顔で見た。

「とにかく、それじゃないのでお願いします。なんだったら呼び捨てでもいいです。」
 いくら私が公爵候補に戻ったからと言って、呼び捨てで呼べるわけがない。

 私が断ろうとしていると、突然、私の口を塞いでいたブライアンが目の前からいなくなった。

「ブライアン、レイチェルに何をしている。」
 そこには鬼の形相をしたケインがいた。

 ケインはブライアンの洋服ごと掴み上げると、
「今度、こんなまねをして見ろ。生きて太陽を拝めなくしてやるぞ。」

「おい、誤解だって。」
 ブライアンの言葉が終わらないうちに、ケインはブライアンを殴りつけていた。

「おい、ケイン。」
 ブライアンが掴み掛ろうしているの避けると、ケインは私を抱き上げた。

「レイチェル、けがはありませんか。」
 私はケインの勢いに飲まれながらもケガがない事をしめす。

 ケインはホッとすると、私の顔を上げさせてブライアンが手で触った所にキスの雨を降らせた。

 おかげで私の頭はこの瞬間にホワイトアウトした。
『えっと、一体、何されているのわたし?』

 ケインはキスの雨を降らせてやっと気が済んだようで、私を抱き上げたまま歩き出す。

 ケインに殴りかかろうとしていたブライアンは毒気を抜かれ、呆然していた。

『『まったく、あいつは何を考えているんだ。』』
 まったく違う意味でだがケインとブライアンは心の中で同じことを呟いた。

 私はその後、ケインの屋敷に連れ帰られた。

 頭が真っ白のうちに屋敷に着くと、すぐに待ち構えていたメイとメイド達に仕立屋が待つ部屋に強制連行された。
 そして、大量に積み上げられた”ドレスの仮縫”という嵐に見舞われる。

 魔獣豚や強力な魔獣、襲いかかる宮廷の貴族令嬢たちに立ち向かった私にも、その仮縫の嵐は非常に強力で太刀打ちできないほどの威力だった。

 私はフラフラになりながら夕食を食べ終えると、メイに着替えを手伝ってもらってなんとかその日は就寝した。

 私の人生の中でもっとも疲れる一日となった。


チュン チュン チュン チュン チュン チュン チュン チュン

チュン チュン チュン チュン チュン チュン チュン チュン


 次の日、起きると私の目の前には更なる悪夢が待っていた。

「あのーメイ。なんで?」
 いつもはメイが全てやってくれる。
 なのに今日はメイの他に屋敷のメイドさんたちが勢ぞろいしていた。
「あのーメイ?」
 私は嫌な予感に身震いした。

「お嬢様、三日後は婚約発表の舞踏会で、二週間後は結婚式です。
 私を含め、屋敷中のメイドたち総出で か・な・ら・ず お嬢様を王都一、いえ王国一、素敵にして見せますからお任せください。」
 メイの目とメイドさんたちの目から情熱のオーラが立ち上っている。

 なんでみんな、そんなにやる気になっているの。

 私の呟きは情熱に燃えたメイドさん達によって掻き消された。
 私はそれから婚約発表の舞踏会まで、引っ張られ、揉まれ、叩かれるというマッサージの嵐に見舞われた。

 婚約発表の舞踏会の当日は、朝から香油のお風呂に付け込まれた。
 あがった所で、寄せて絞って、下着を着けられ、出来上がったのは舞踏会に出かけるほんとうに直前だった。

 私が着替え終わったドアから正装に身を包んだケインが現れた。
 まさに天使がそこにいるようだ。

 ケインは私に口づけようとしてメイド長とメイに阻止された。
「おい。」
 ケインは二人に文句を言おうとして反撃にあう。

「本日はお二人の婚約発表会です。
 それが終わるまでレイチェル様の化粧を崩すような行為は、ケイン様とはいえ、断固、阻止させていただきます。」
 二人の迫力にケインが負けていた。

 この後、私たちは馬車で王城に向かった。

 この馬車にも、今回はメイ、メイド長、執事長がついてきた。

 ケインは不機嫌、極まりない顔で私の向かいに座っている。

 私の両脇にはメイとメイド長が座っていた。

 ケインの脇には執事長がいた。

 おかげで私はケインから何もされることなく、無事、王宮に着くことが出来た。

 王宮に着くと馬車のドアが開けられ、ケインが手を貸して、私を馬車から降ろしてくれた。

 あまり文句を言いたくないが、このドレスは確かに素晴らしいのだが、反面、本当に動きづらい。

 お尻までピッタリとしたラインが出ていて、それが腰から下では水が流れるように足首に向かって広がっている。
 これがどうやら細身の私には非常にマッチするらしい。
 しかし反面、歩くときは絶対、ドレスの裾を持って歩かないとドレスを踏んで転びそうだ。

 油断大敵だ。

 私はケインの手を借りて舞踏会の会場に向かった。
 会場には既に大勢の貴族が集まっていた。

 その中にはサロンであったスカーレット侯爵令嬢がいた。
 驚いたことに、私と同じようにメガネをかけている。
 そして、その隣には、渋めな感じの紳士がスカーレット侯爵令嬢をエスコートしていた。

『誰だろう。』 
 私がそう思っているとケインがその紳士に声をかけた。

「副将軍、ご無沙汰しています。」
 
「ああ。どうやらやっと王都に戻ってくる気になったようだな、ケイン。」

 ケインはニヤリと笑うと、
「後でご挨拶に伺います。」

 副将軍は息子を見るような目でケインを見ると、
「そうか待っている。
 そうそう、三男がいつも迷惑をかけているようだがよろしく頼む。」

「いえ、迷惑なんて、そんなことはありません。」
 ケインがそう発言したところにちょうどブライアンが現れた。

「やっと来たのか、ケイン。」
 ブライアンがケインに声をかけてから目の前にいた副将軍に気がついて、すぐに回れ右しようとして、ニヤリ顔のケインに捕まった。

「挨拶はなしか、ブライアン伯爵。」
 副将軍からブライアンに声がかった。

「なんでその事を知っているんだ、おやじ。」

「お前より王都にいるのは長いんだ、当たり前だ。それとたまには実家に顔をだせ。兄さんたちが寂しがっていたぞ。」

「私もですわ。ブライアン様。」
 スカーレット侯爵令嬢もすかさず、話に加わる。

「スカーレット!」
 ブライアンがスカーレット侯爵令嬢の声にびっくりして振り向いた。

「おい、未来の母親に向かって、呼び捨てか。」
 副将軍がちょっとムッとした顔でブライアンに注意した。

 その副将軍の発言に、スカーレット侯爵令嬢が嬉しそうにブライアンに注意する。
「そうですわね。
 私のことはもうお母様と呼んでくれてかまいませんわ、ブライアン。」
 
「おやじ。」
 なんでかブライアンは嬉しそうに副将軍に話しかけた。

「お前がぐずぐずしていたから悪いんだ。」
 副将軍はそう拗ねたように呟く。
「半年後には挙式するからその日は絶対に帰ってこい。」
 副将軍は真っ赤な顔でブライアンにそう言うと、スカーレット侯爵令嬢を伴って、人込みの中に消えた。

「よかったな、ブライアン。」
 ケインがそう言った時、ファンファーレと共に王家の面々が入場してきた。

 王が王妃を伴って大階段を下りてくる。

 その後ろには、メガネを掛けた王女と婚約者のサス殿下が続く。

 王が玉座に座り、王妃もその隣に座ると、音楽が流れて王女と婚約者のサス殿下が踊り始めた。

 私もケインに手を引かれ、その輪に加わって踊る。
 ケインが巧みに私を回す度にドレスの裾が広がって、他の貴族たちの注目を集める。

 数曲踊った所で王から音楽を止めるように手が上がる。

 ケインは私を伴って王の玉座の前に向かった。

 宰相の父も王の傍に来た。

 王は父に合図した。

 父は集まった貴族に向かって、私の公爵継承とケインとの婚約を発表した。

 周りから嫉妬と羨望の眼差しが私とケインに振り注ぐ。

 私は王の隣にいる父をメガネ越しに見た。

 不思議なことに父からは”エリザベス”という死んだはずの母の名が見えた。
 
 母が死んだことに対して、父が罪悪感を抱いているのだろうか。

 でもその考えになんでか違和感を拭えなかった。

 なんだろう。

 私は何か、とても大事なことを見逃しているような気がする。

 私が考え事をしていると、ケインが私の腰をグッと抱き寄せた。

「レイチェル、踊りますよ。」
 そうだった。
 婚約発表が終わった今、主役である私たちが踊らないと舞踏会が始まらない。

 音楽が流れ出し、私はケインに導かれて踊った。

 一曲踊り終わると、他の貴族の令嬢たちも中央にでて、パートナーと一緒に踊り始める。

 私たちが踊り終わって輪から戻って来ると、そこには王女様と婚約者のサス殿下が待ちかまえていた。

 サロンの時のキャロットケーキの仕返しだろうか。

 一瞬、そんな考えが頭を過ぎった。

 私が体に力を入れたのに気づいたケインが私の腰を抱く力を強めてくれた。 
 何だかケインのその動作に勇気づけられる。

「レイチェル、今日はおめでとう。
 それと届けてくれたキャロットケーキはとても美味しかったわ。
 母も絶品だとほめていたわ。」

「ありがとうございます。」
 何か言いたそうな王女様を前に私は緊張しながら、次の一言を待った。

「こちらは私の婚約者のサス殿下です。」

「初めまして、実はお二人にお願いがあるのです。」

 婚約者のサス殿下が出てきたことでケインが殿下に質問する。
「どのようなことでしょうか?」

「メガネについてです。」

「「メガネ?」」
 私とケインは予想外のことに声を揃えていた。

「はい、昔のように、またメガネを量産したいのです。」

「でしたら、」
 ケインが話を遮ろうとすると、
「いえ、今すぐではなく数週間先です。
 ですので、数週間後に当主になっているあなたたちにお話しています。」

「なぜ、今さら量産化する必要があるのですか?」
 私が質問すると殿下はニヤリと笑って答えてくれた。

「今をときめく私の婚約者、侯爵令嬢、英雄であり今日の主役である公爵令嬢の三人が、今、メガネをかけているんです。
 これが流行しないわけがない。
 とはいえ、すぐ量産化するには、私の国の量産化体制を整えるのに数週間はかかります。
 なので、このブームに向け、北部領の当主になられるお二人にお願いにきたのです。」

 ケインは私を見た。
 私はケインにうなずく。
 
 ケインはニッコリと笑うと、
「ぜひ、北部領もサス殿下の期待に応えたいと思います。」
 と言ってくれた。

『やったぁー。これで落ち込んでいるメガネ用ガラスの量産化ができる。』
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