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16 英雄、王都に凱旋する

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 私は部屋に戻って乗馬服に着替えた。

 この乗馬服を着ると洋服がピッタリしている分、なんだかいつも以上にお子様に見える気がする。
 とはいってもさすがにドレスで馬に乗るのは無理だ。
 何度か鏡を見て上にストール巻いてみたり無駄な努力をしてみたがやはり見た目はかわらない。
 しょうがない。
 私はそのまま乗馬服を着ると寝室を出た。

 すぐに正面玄関に向かう。
 ふと思い出して厩に行く前に書斎に寄り、魔法具を6コ持ってから外に向かった。

 そこにはすでに準備を済ませたセバスチャン、メリンダ、メイがいた。

 馬の鞍にはメリンダが用意した食料とメイが持ってきた携帯用の毛布が括りつけられている。

「セバスチャン。これを6頭の馬の首につけて頂戴。」
 私はアイ様が開発した馬用の魔法具を装着させた。
 セバスチャンが魔法具を装着したとたん、馬の背にとても美しい翼が生えた。

「「「なっ!!!!」」」
 三人は声もなく馬を見つめる。 

 そこへタイミングよくブライアンとケインが厩に入って来た。

 ケインとブライアンは胸当てと王国の聖騎士用の戦闘服を着ていた。
 さすがに二人が着るといつも以上にかっこよかった。

「何でここに天馬がいるんだ!」
 ブライアンが思わず声を上げる。

「これはいったい。」
 ケインも眼を見開いている。

 普通、天馬は人がいない綺麗な湖の近くにほんの数頭しか生息が確認されていない希少動物だ。

 これはアイ様特性の魔法具で本物の天馬と違うが、ここで説明しているほどの時間もない。

 私は2人の視線を無視すると馬に乗った。
「行きましょう。」

「「「はっ、はい。」」」
 三人は私の声に我に返ると、慌てて乗馬して私の後に続いて厩の外に出てきた。

 ケインとブライアンも手短にいた天馬に乗って出て来た。
「どうでもいいけど。これ、どうやって乗るんだ。」
 ブライアンが呟く。

「もう乗ってるだろ、ブライアン。」
 ケインが呆れ声で言う。

「そうじゃなくてだな。どうすれば飛べるんだってことを言って・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」
 ブライアンの声に馬がなんだか興奮して、足踏みしながらいななく。
 ブライアンは思わず手綱を引いて馬の首を上に向けてしまった。
 その動作に馬は後ろ足で地面を蹴ると空に向かって駆け上がっていった。

「うわぁーーーーーーーーーーー。」
 気のせいか頭上から叫び声が聞こえてくる。

「なるほど、手綱を引いて馬の首を上に向けるのか。」
 ケインは納得すると馬の首を上に向けた。
 馬はケインの指示にブライアンの時と同じく、天馬は後ろ足で地面を蹴ると空に向かって駆け上がっていった。

「私たちもいきましょう。」
 私たち四人も急いで後に続いた。

 ケインたちに追いついた時にはさすがに常日頃、馬に乗っているいる二人だけあって上手に乗りこなしていた。

 もう馬を自由に操って空を飛んでいる。

「それにしても早いなぁ。これなら十分奴らに追いつけそうだ。」

「ああ、これなら十分間に合うだろう。」
 ケインもうなずく。

「だといいのですが。」
 セバスチャンは前方から飛んできた鳥を手にとまらせると、運んできた手紙を手綱を片手で掴みながら器用に取り出すとその場に一読して暗い表情を浮かべた。
 
「セバスチャン、なんて書いてあるの?」
 私はセバスチャンを急かした。

「非常に残念な知らせです。王都近くで発生した強力な魔獣が王都の外壁で暴れているようです。」
 二人は眼を点にしている。

「早すぎる。なんでもう王都にいるんだ。」
 ブラアインが喚く。

「理由はあとだ。急ごう。」
 ケインは天馬の速度を上げた。
 全員無言先を急いだ。

 それからかなり走らせたところでやっと王都が見えて来た。
 前方に物凄い土埃が見える。
 瓦礫の山のあちらこちらに王国の兵士の死体が散乱していた。
 目も当てられないような惨状だ。

 全員無言だ。

 遠方に目をやると王城に向かって何かが移動しているようだ。
 
 間違いなく魔獣だ。

「どうするケイン。」
 ブライアンが喚く。

「このまま飛んで行きたいが馬が限界だ。一旦、地上に降りよう。」

 私たちは全員、地上に着地した。

「ここからどうする。ぐずぐずしてると魔獣が王城に突っ込むぞ。アホな貴族がどうなろうと構わんが、王都の市民が巻き添えで死ぬのは見過ごせん。」 
 ブライアンは下馬するとケインに顔を向けた。

「取り敢えず移動しながら何か乗り物を探そう。」
 ケインがそう言うと自分も下馬して歩き始めた。

「お待ちください。」
 後から下馬したセバスチャンが二人を止めた。

「なんだ。何か他に乗り物があるのか。」
 ブライアンがセバスチャンに言う。

「あちらに。」
 ブライアンの言葉が終わらないうちに前方から馬を連れた一団がやってきた。
 ツバァイ家の使用人たちだ。

「セバス様、お待たせしました。小鳩便にありました馬です。」
 小柄な男がセバスチャンの前に出て、連れてきた馬を指し示す。

 ケインとブライアンが目を瞠っている。
「見越していたのか?」
 ケインがセバスチャンを見た。

「一応、念のための指示でしたが役にたったようで、何よりです。」
 セバスチャンは涼しい顔で言うと、馬を使用人から受け取りながら王都の状況を確認した。

「お嬢様、近衛騎士と王国軍が魔獣と交戦中のようですがどうしますか?」
 セバスチャンが私に指示をあおいできた。

「メリンダ、メイ。馬から外した魔法具を今度は新しい馬に付け直して、ちょうだい。」

「「はい、お嬢様。」」
 メリンダとメイは一頭一頭、新しい馬に魔法具を付け直す。

 魔法具を着けられた馬は前回と同じように、すぐに普通の馬から天馬に変わっていった。

「「魔法具だったのか。」」
 ケインとブライアンが目を見開いて呟いた。

「はい、でも魔法具ですので万能ではありません。魔法具を壊されれば普通の馬に変わりますので十分、気をつけて下さい。」

「「わかった。」」
 ケインとブライアンはうなずいた。

 私たち六人は騎乗すると王都で暴れている魔獣のもとに向かった。

「さすが天馬だ。もう見えて来たぞ。」
 ブライアンが指し示す先では、王国軍と近衛騎士が真っ黒い悪意の塊である魔獣を倒すために戦っていた。

 だが持っている武器が全く役に立っていない。

 数十名いる魔法が使える者たちのファイアボールが黒い魔獣にほん少しのダメージを与えているだけだ。

「こりゃあ王国軍も近衛もかたなしだな。」
 ブライアンがやれやれと肩をすくめた。

 見ている間にも魔獣は足元にいる市民をどんどん踏み潰していく。

「いくぞ、ブライアン。」
 ケインがブライアンを追い越して剣を抜くと魔獣に向かっていった。

「へいへい。」
 ブライアンもすぐあとに続いた。

 二人の剣は他の王国軍や近衛の武器とは違い、確実に魔獣にダメージを与えることが出来るようだ。

 魔獣も知能があるのか歩みを止めて襲ってくる二人を振り払おうと、今まで山のようだった黒い塊から真っ黒い手を伸ばす。

「おい、手を出すなんて卑怯だぞ。」
 ブライアンが避けながら剣で黒い手に切りつける。
 大きな手の塊が切り付けられ、ちょっぴり小さくなった。

「このデカイの始末するには、どんだけかかるんだ。」

「ブライアン、動きを止めるな。」
 ケインの叫び声が聞こえた。

 ブライアンの眼前にもう一本の黒い手が迫ってきた。
「くそっ。」
 ブライアンは衝撃を覚悟した。
 
 ブッ・バァーン

 ブライアンの目の前でいきなり黒い塊が弾けた。

 弾けた塊は目の前に出来た透明な壁に遮られ、下に落下していく。

 見るとメイが弓矢を馬上から射ったようだ。

 そして、黒い塊はレイチェル嬢の盾で弾かれ、下に落下した。

「助かった。」
 ブライアンは息を吐いた。

 私はアイ様特性の魔法メガネで敵を分析する。
 これはメガネで見た対象物が最も苦手としているものを一つだけ教えてくれる魔法具だ。

 メガネには赤黒い部分が見えた。

 私は指を鳴らして盾を解除すると、二人に叫んだ。
「黒い塊の中にある赤黒い部分を狙って下さい。」
 
 ケインは私の叫び声にうなづくと、今度は黒い手を避けながら確実に赤黒い塊を剣で貫く。

 私は一旦離れ、後方からアイ様特性のボウガンで赤黒い塊を打ち抜く。
 照準器付きなので私でも楽に的に当てられる。

 ブライアンも剣で赤黒い塊がある前面を刺し貫く。

 メリンダとセバスチャンも次々に赤黒い塊を打ち抜いていく。

 二時間たって何とか当初の大きさの半分になった。

 メイとメリンダに疲れが見えてきた。

 私はメイの後ろに天馬を回すと、まずメイに全回復の魔法をかける。

『ぜんかいふく・ゼンカイフク・全回復』

「お嬢様、ありがとうございます。」
 メイは前を向いたまま弓矢を放ちながら、お礼を言ってきた。

「たいしたことないわ。それより、そのまま目の前の魔獣を倒していって頂戴。私はこの位置から他の人達に全回復の魔法をかけるわ。」

「わかりました。お任せ下さい。」

 私は前方の戦いをメイに任せ、回復魔法を使う為に意識を集中した。
 体力が少なくなっているメリンダ、セバスチャン、ケイン、ブライアンの順に回復魔法をかけていった。

 かけ終わってから周りを見ると、先程よりみんなの動きが格段に良くなっている。

 上手くいったようだ。

 それから延々と同じことを繰り返した三時間後、黒い塊を全て消滅させることが出来た。

 その頃にはメイも私も立っているのがやっとの状態になっていたが、一応、黒い塊がないのを確認して空から地上に降りたった。

 肩で息をしているが流石は兵士だ。
 ケインとブライアンはしっかりした足取りで私たちより先に天馬から下馬すると、私とメイの下馬を助けてくれた。

「けがは?」
 ケインが私に声をかける。

「どこもけがはしてません。ただ疲れて動けないだけです。」
 私は息をゼェゼェしながらしゃべっていた。

「「お嬢様、大丈夫ですか?」」
 セバスチャンとメリンダが心配して飛んできた。

「二人とも大丈夫よ。それより人が来る前に馬に着けた魔法具を全部取り外して頂戴。」

『あんなの見られたら流石にまずい。天馬を捕まえたと勘違いされるとこっちが死刑になってしまう。セバスチャンもメリンダもすぐに理解してあっと言うまに動くと、馬から魔法具を外してくれた。』

 セバスチャンとメリンダが馬から魔法具を外し終えた直後に、王国軍と近衛兵がわらわらとやってきた。

「「「「「ケイン隊長にブライアン副隊長、生きていたんですね。」」」」」
 腕に私を抱きかかえたケインとメイを支えているブライアンの周りは、あっという間に兵士に取り囲まれた。

 特に王国軍は二人を見て、目に涙を浮かべている。

 その時、マントを着けたひときわ大柄な男が走り寄って来た。

「ケイン、生きてたんだなぁーーー!!」
 ケインは男に抱きつかれる寸前に避けると男に足払いをかけた。

 男は見事に道に転がった。
「何で父親を避けるんだ、ケイン。」
 起き上がって、それでも諦めずに目を潤ませながらケインを抱きしめようと隙を伺っていた。

 ケインはその父親を一瞥すると、
「ウザったいから。」 
 言い放つと横にいた兵士に馬を持って来るように命令した。

 兵士は慌てて飛んで行った。

 私はこの状況にいたたまれなくなって、そっとケインに耳打ちした。
「あのー。もう大丈夫ですので降ろしていただけないでしょうか。」

 この衆目の中、お姫様抱っこでケインの腕の中っていうのはとても恥ずかしくて堪えられない。

「動けないのに無理はいけませんよ。直ぐに休める所に連れていきますのでお待ちください。」
 満面の笑みで言われた。

 私の顔はトマトのように真っ赤になっていた。
 疲れとお姫様抱っこによる恥ずかしさでなんだか気が遠くなりそうだ。
 しばらくすると、さっきの兵士が馬を用意してくれた。

 私はケインとメイはブライアンと同乗し、ケインが王都に持っている公爵邸まで、歓喜に沸く市民に迎えられながら行進した。

 それは名誉というよりは私の人生の中で一番恥ずかしい出来事となった。 
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