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第二章
第83話 悪霊狩り〈十二〉
しおりを挟む「何かご用ですか? 三廻祇さん」
三廻祇禅はニヤニヤと笑う。
無表情の煉弥とはまた違った考えの読めなささがある男だ。
「面白ェことになってきやがったじゃねえか」
「ああ、煉弥くんのお連れの方ですか」
「あのクソガキも他人に興味とか持てたのな」
「それには私も驚きましたよ」
何事に対しても無関心な煉弥しか知らなかっただけに、今日の煉弥にはさすがの彼らも驚いていた。
事前に佐伯から連れが来ているとは聞いていたが、この目で見るまではやはり「有り得ない」が先行して半信半疑だったのだが。
こうして実際に見てみると、なんとも美しい女が、当たり前のように煉弥の隣にいた。
つくりものじみた煉弥に引けを取らない容姿は然ることながら、彼女から醸し出される謎めいた空気がこれまた絶妙なミステリアスさを引き出している。
それは常に絶やさない微笑か、真意の読めない口調か。
あるいは煉弥にも巽にも悪霊に対しても、まったく物怖じしない掴みどころのない態度からなのか。
どちらにせよ、千景の一部であるかのように絡まる不気味な白蛇が、その雰囲気づくりに一役買っていることだけは確かだった。
「西園寺よォ。アイツ、どっかで見たことねえか?」
「……彼女をですか? いえ、とくに記憶には有りませんが……三廻祇さんはご存知で?」
「さあな」
そう言うわりには、じっと一点を見る眼差しには珍しくも仄かな真剣味が宿っていた。
西園寺も千景に関する記憶を漁るがこれといって引っかかることはない。
今日初めてその存在を知ったのだからそれも当たり前だ。
彼女は見れば見るほどに、本当に目を惹く。
だがそれと同時に次から次へと謎も深まっていく。
仮にも『S』と定められた悪霊に躊躇なく近寄ってみたり。
取り憑かれそうになるという恐怖体験をしたにもかかわらず、あっけらかんとした態度が崩れることはなかったり。
だからと言って、実際に本人が呪術を扱う場面を見たわけでもないため実力者だとは言い切れず。
そもそも術師かどうかさえも怪しいところ。
これだけでも謎を抱くには十分だが、極め付けはあの白蛇の存在だ。
まるで愛玩動物のように動物霊を連れ歩く人間など見たことがない。
その上で、並の術師ではまともに手すら出せない悪霊をいとも容易く締め上げるのだから、千景と同様に正体がわからないにも程がある。
あの女は、あの生物は、一体なんなのか。
声には出さずとも、この場にいる誰もが思っていたことだった。
「これで10万かー。もういいよね?」
悪霊の消滅と同時に転がり落ちたビー玉サイズの球体を拾い上げた千景は、興味なさげにそれを覗き込んだ。
「ああ」
短く返事を返した煉弥に、問い掛けた本人は満足げに頷いた。
「コレってどうすればいいの?」
「換金してくる。寄越せ」
「ん。頼んだ。これで資金調達もバッチリだね」
「帰る頃には無くなってそうだな」
「せっかくだし? パーっと使ってあげたほうが諭吉サンも喜ぶでしょ」
「知らねえよ」
「はは、私もオジサンの考えてることなんて知らないけど」
周囲を置き去りにして、二人の間ではトントン拍子で話が進んでいく。
『悪霊狩り』の勝手知ったる煉弥は換金のために屋敷内に消え、残された千景は再び傍観者に回る。
Sランクの悪霊が出現していた最中であっても他ランクの悪霊はランダムで解き放たれ、参加者はせっせと調伏に勤しんでいた。
訳知りの術師会の人間こそ二人に注目していたが、術師会の内部事情を知らない部外者にとっては実はそこまで大きな問題という認識はなかった。
たしかに煉弥と千景の外見には真っ先に目が行った。
Sランクの悪霊を祓ったことでさらなる興味関心も高まりはした。
しかし込み入った背景を何も知らないのだから、それ以上を驚くことはなかった。
縁側で煉弥を待つ千景に、九家の当主が近づく。
それだけで並みの術師ならば萎縮し平伏すところなのだが、千景が地位と権力と存在感に物怖じしないことはすでに周知のことだ。
微笑んではいるもののどこか面倒そうな双眸と、真っ赤な蛇眼、それからもうひとつ視線を感じると思えば、千景の陰から琥珀の眼がじっと彼らを見る。
種類も色味も違う三対の瞳に得体の知れない不気味さが増す。
「おい」
座る千景を巽は見下ろす。
あくまでも立場はこちらが上だと見せしめるように。
「名を名乗れ」
聞くだけでぶるりと震え上がらせる七々扇家当主の威圧は、果たして千景に効くのかどうか。
ふふ、と笑う千景を見るに、効果のほどは明らかだ。
「やだよ」
にっこりと。
それはもう挑発ととってもいいほどに綺麗な笑みで千景は即答する。
千景相手では思い通りに事が進まないと苦虫を噛み潰したように眉を寄せる巽。それでも問いは投げ続ける。
「うちの息子を匿っているのはお前か」
「さあ」
「居場所はどこだ」
「どこだろうねえ」
「バカ息子とはどういう関係だ」
「あは。それ訊いちゃうの?」
本来、答えないという選択肢はないはずの当主からの詰問も、千景はひらりひらりと受け流す。
そこで彼らは理解した。
この女に何を訊いたところで我々が望む答えが返ってくることはない、と。
そもそも名実ともに優れた当主という存在に憧憬も敬意も畏怖も抱いていない以上、本人に答える気がないのであれば、情報を引き出すことなど無理だったのだ。
巽が千景に求めることはただひとつ。
煉弥をコントロールするために自身の手駒となることだ。
煉弥の連れを術師会の管理下に置くことは容易だと考えていた。多少手こずっても最終的には丸め込めると考えていた。
だがしかし、実際にこの目で見て、千景という人間を目の当たりにして、どうやらそれは難しいことだと気付いた。
ならばと次の手を考えなければならないのだが、煉弥と千景のやりとりを見ていて気付いた事がある。
煉弥にとって千景が”特別”であるように、その逆も然り。
千景にとっても煉弥はそれなりに大きな意味を持つ存在であるようだ。
友人、恋人、仲間、腐れ縁。
二人をどう表すのが正解なのかは分からずとも、互いのためならばどうやら動いてくれそうだ、と。
巽にとっても、術師会にとっても、煉弥を手放すことで負う傷はあまりにも大きすぎる。
いまいち取り扱いのわからない煉弥を繋ぎとめておく手段としても、千景の存在は不可欠だと判断していた。
「お前、術師会に入れ」
「ふふ、そのセリフねぇ。前にどっかのおじいちゃんからも聞いたよ」
「質問に答えろ」
「質問っつうか命令じゃん。まあ、じゃあ答えるけど…」
一拍間を置いた千景はハッと鼻で笑う。
今までの柔らかな微笑から一転、一瞬で温度の消えた双眸は冷たく歪む。
「死んでも御免だね」
返ってきたのは完全なる拒絶。
あまりの変わり様に彼らも目を瞠る。
基本的にはニコニコと愛想のいい人間だと思っていただけに、180度変わった表情と雰囲気には流石に驚いた。
「……貴女にとっても、悪い話ではないように思いますが。このご時世、個人で術師をやっていかれるには大変なことも多いでしょう。術師会に所属することで得られるメリットは大きいと思いますよ」
諭すように巽の後ろから声をかけたのは東雲だ。
彼女はひとまず何をもって千景が拒否するのかを探ることから始めることにした。
今まで主として会話を進めていた巽とはまた違い、たおやかな貴婦人を前に千景はまたニコリと表情を緩めた。
ただ、ゾッとする冷笑を見てしまったあとでは、その人好きのする笑みもつくりものに見えてしまう。
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