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第一章
第18話 咒
しおりを挟む「それで、もう今夜あたりはいよいよヤバい気がしたから対処法を探しに街を歩いていたんだけど、そしたらたまたま霊が視えてるっぽい君たちを見つけてね。こっそり後をつけてみたら霊相手に何かしているみたいだったから。さっきのアレ、祓っていたんだろう?」
「……ええ、まあ」
「術師のことは正直全く信用していないけれどここで会ったのも何かの縁だと思って。それで君に声をかけたんだよ」
言葉選びや態度からも久瀬が一切術師を信用していないことは伝わってくる。
それでもこうして術師である千景を頼ったということは、こう見えて久瀬はこの一件にかなりの危機感を感じているということの確かな証明だ。
「大体の経緯は分かりました。話を聞く限りではたぶん呪われてますね」
「……君も随分あっさり言うね」
「言葉を選んでいても何も解決しませんから。ただ、その呪いが霊の意思によるものなのか、それともその背後にいる誰かの陰謀なのかは今の段階ではまだ判断できません」
「ごめんちょっと待ってくれるかい。自分で呪われていると言っておきながら僕はあまりそういうのに詳しくはなくてね。僕の認識では呪いイコール霊的存在による被害だと思っていたんだけど。誰かの陰謀って?」
「ああ、すみません。まずはその辺から説明しますね」
千景の見解を受けて首を傾げた久瀬と、確か前にも説明したはずなのに何故だか同じように首を傾げる志摩。
とりあえず呪いというものを教えなければこの先の話には進めないことを悟った。
「いいですか。偏に呪いと言っても大きく二つに分けられます」
こうして千景による呪い講座は唐突に始まった。
「一つは、怨念等に突き動かされた霊自身が主体となって人間を祟る場合です。呪いを受ける対象としては、その霊が生前に関係していた人物や怨念の根源となった人物が多いですね。ただ身をもって経験したこともあると思いますけど、無差別に無関係の人間を祟ることもそれなりに多いです。俗に言う心霊現象とか霊的被害とかは大抵これですね」
「それって俺がよく遭遇するパターンじゃね」
「あんたの場合は引き寄せすぎなんだよ」
なるほどと納得した顔を見せた志摩だったが、それは自分とは無関係な怨念のとばっちり被害を受ける不幸な現実だということを忘れないでほしい。
「もう一つは、人間が人間に対して怨みや憎しみといった負の感情を持つことで、その念によって相手に災いを齎す場合です。ものによっては死に至る場合もありますから、怨恨による殺人と似ている節がありますね。これは特定の人物を想定して呪いをかける場合が大抵なので、むやみに無関係な人間が巻き込まれることは少ないです」
人差し指と中指を立ててそれぞれ説明した千景は、志摩と久瀬がしっかり話についてきていることを確認してその続きを話す。
「後者の場合は世の中に様々な呪いの方法が出回っていますが、その大半は実際の方法とは異なるものや面白半分の噂程度に過ぎません」
「相手に見立てた藁人形に釘を刺すってやつもその一つかな?」
「ええ、そうですね。ただ呪いの効力はあまりありませんし、そもそも素人が呪いをかけようとしたところで早々上手くはできませんよ」
「だったらどうしたら……って、ああ。そのための術師か」
どうしたら憎い相手を呪うことができるのか。
そう問い掛けようとした久瀬であったが、その前に自分で答えを導き出したようだ。
その通りだと言うように千景は頷き、とりあえず話題の方向を変える。
「一旦話を逸らしますけど。ねえ志摩。あんたには一度説明したと思うんだけど、呪術のこととか術師の仕事内容とか諸々覚えてる?」
「さあ?」
何も覚えていないと開き直った志摩にそんなことだろうと溜め息をひとつ吐く。
もしかしたら誰かに聞いているかもしれないと久瀬の方を見たがこちらも首を振って否と答える。
とはいえ術師ではない人間が呪術について知らないのも当然のこと。
さてどこから話すか、と、膝の上で丸くなった銀を撫でながら頭の中を整理する。
「久瀬さん。私たち術師の仕事はなんだと思いますか?」
「霊を祓うこと、だよね?」
「その通りです。現世に残る死霊を成仏させ、人を祟る悪霊を祓う。人には見えない存在に対処するのが私たちの役目です。ただそれだけではありません。何も霊を相手取ることだけが術師の仕事じゃないですからね」
案の定久瀬は首を傾げ、志摩は「聞いたことがあるようなないような……」と渋い顔をした。
「呪術とはそもそも様々な願望を成就させる現世利益を得るための加持祈祷法のことを指します。現世利益の種類としては、病気や災難を免れるための無病息災、自身に危害を加える者や霊的存在を排除するための調伏などがあります。まあよく分からないと思うので、つまりは人生を安全に過ごすためのまじないとでも捉えてもらって結構です」
「随分ざっくりと纏めけど、でも、それだけじゃないんだろう?」
「理解が早くて助かります。もちろん加持祈祷は仕事の一つではありますけど、これは術師は術師でもどちらかといえば神職や住職の方々が主に行なっているものです。一般的に術師と呼ばれる人がやっているのはもっとどす黒い呪術。主に悪意を持って他者を苦しめる”呪い”という分野を扱っています」
ゴクリ、と何処からともなく生唾を飲み込む音が聞こえたような気もしたが構わず続ける。
「呪いにも軽度なものから重度なものまで様々あり、呪殺を含めたとくに重度の呪いのことを”呪詛”と呼びます。これはほぼ業界用語みたいなものなので別に覚えておかなくても大丈夫です。つまり、人を呪う方法も、その呪いを解く方法も、霊的存在を祓う方法も、もちろん現世利益を願って行う加持祈祷法も全てひっくるめて呪術であり、総じて”咒”という概念に含まれます。そしてそれらを扱う人間のことを術師、もしくは霊能力師と呼びますね」
ここで一旦話を切った千景はだいぶ冷たくなったミルクティーを飲む。
呪い講座を受けていた二人に情報を整理する時間をあげるためだ。
幾許か間を置いて納得した顔つきになった久瀬は「なるほど」と頷いた。
その若さで会社を率いているのだ。やはり聡明な人間なのだろう。
問題は千景の隣で呆けている志摩のほう。
途中で理解することを諦めたらしいこの男は呑気にアイスコーヒーを啜っていた。
おそらく「どうせチカがいるし俺が全てを知らなくても大丈夫だろ。そもそも俺は呪術なんて使えねえしいらねえ知識だな」とでも思っているのだろう。
全くもってその通りなので何も言わずそっとしておく。
「では話を戻しますね。呪いには霊が主体となるものと人間が主体になるものの二つに分けられると言いましたが、後者の場合、術師は基本的に無闇やたらと人を呪うことはしません」
「何故?」
「呪術は万能ではありません。まさにハイリスクハイリターンの諸刃の剣だと思ってください」
「危険が伴うのかい?」
「ええ、呪いは自らの首を絞める術でもありますから。じゃあどういう場合に術師は人を呪うのか。先ほど久瀬さんも仰っていましたけど、ただの一般人が憎い相手をどうしても呪いたい場合に、彼らは専門職である術師を頼ります。莫大な報酬や謝礼金と引き換えに相手を呪ってもらい、そのリスクさえも術師に負ってもらいます。もちろん依頼者の毛髪や血液などを使うことで術師と依頼者でリスクを分割する方法もあるので、これは各々のやり方によりますね」
「ちなみに聞きたいんだけど、呪詛……だったかな。そういう重めの呪いをかけて欲しい場合はどのくらいの金額を要求されるのかな」
「あれ。もしかして久瀬さん、呪い殺したい相手でもいます?」
「いやいやとんでもない。参考までに知りたいだけだよ」
なんとも物騒なことを口にする久瀬は相変わらずニコニコと柔和な笑みを浮かべるだけ。
残念ながらその真意を読むことはできない。
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