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相変わらずの日々
しおりを挟むあれから三年の時が流れた。
瘴気はあれ以来新しく生まれず、魔物たちも確実に数を減らした。
ベルフォレも残った魔物を少しずつ倒し、被害は収まった。けれど、元々危なかった国庫は国民への救済の為にさらに傾き、国の運営は厳しい状況が続いているそうだ。
お父様はそんな状況の国を見捨てられず、実質の領地経営は養子に譲ったものの、国王に懇願されて再び宰相の地位についた。さっさと見捨てて、帝国に戻ったお母様とは別居状態なので、後継者の育成に日々励んでいるようだ。
王太子は結局、聖女と結婚した。補佐としての第二妃は諦め、代わりに文官を増やしたという話だ。
最初からそうしておけば良かったのに。
成婚の後も、王太子妃教育の進まなかった聖女を表に出すことができずにいるため、他国にいる私たちには夫婦仲云々はわからないが、仲良くやっていってほしいと願っている。主にお父様が。
帝国で変わった事といえば、第三皇子であるゲラルト殿下は皇室を去り、母方の爵位を継いだとの事。
それに伴い皇子の側近は解体した。因みに、騒動の原因を作った男爵令嬢……帝国編のヒロイン、リリアナは薬物取締法の元、生きて出る事はできないという厳しい修道院に入ったという。さらにその後、彼女に関わっていたとされる一部の貴族や商人が捕らえられ、処分されたらしい。
それとは別に、個人的に変わった事といえば、ローゼマリーが婚約した。新しい婚約者は、帝国の軍事を司る鷹の爪の、ロットシュバルト家の四男。兄弟の中でも武勇に優れ、背が高く強面の上、全身筋肉武装したような方だった。
でも性格は意外にも優しく、可愛いものが大好きということもあり、かなり年下であるローゼマリーを溺愛してくれている。彼曰く、ローゼマリーは憎まれ口も、生意気な態度も可愛すぎるのだそうだ。
後、ラウラさんについては、例の同僚に一度失恋したものの、諦めず口説き落とし、来月めでたく結婚の運びとなった。おめでたい!
そして私はといえば。
「いいかぁ。この姿をそのままに描け。貴様の余計な解釈などいらぬ。芸術家としての矜持など捨てるのだ。そして、ただただ目の前にあるものを、正確に描き写す事のみに注力しろ」
「は、はいっ!」
「……………」
生まれて半年の我が子を抱いて、先ほどからずっと一室で座りっぱなしである。
「ヨアヒムお兄様、お尻が痛いので早くしてくださらない?まったく。何の罰ゲームなの、これは?」
隣の椅子に座る、お母様もご立腹だ。
前にはイーゼル越しの画家と、先ほどからその画家の横で脅しまくっているヨアヒム伯父様。その隣に何故か皇帝陛下までいる。
「よいか。余の分も作るのだ!できたらすぐに皇宮まで届けるように。緑の間に飾ろうぞ!」
いえ、緑の間は皇帝一族の肖像画が飾られる部屋ですので。他人の家族の肖像を飾って、どうするおつもりですか。
そう、他人の『家族』。
半年前に産んだ娘のユーリア。この子が何故か私そっくりだったのよ。恐るべしヴァイスヴァルトの遺伝子。
私としては、性別はともかく、できれば兄様そっくりの子が欲しかった。けれど、悔しいかなそうはいかなかった。
あのレベルになると、神様もそうそう量産はできないのね。案外兄様を作ってから神様も精魂尽き果てて、真っ白く燃え尽きているのかもしれないわ。気持ちはわかるけど。
燃え尽きたよ…真っ白に…。そんな幻聴も聞こえてくる気がする。そんな状態の神様に、最高傑作を量産してくださいなんて言えない。最高というからには、それ以上はないのだし。
それに、完璧な兄様の美貌の中に、間違ってちょっとでも私の要素なんて入りようものなら、皆からパチものって言われるだろうから、その子にとっても不幸かもしれないわよね。
だったらこの子には不憫だけど、私そっくりで良かったのかもしれない。
とりあえず、周囲の人には可愛がられているし。
生まれたこの子を見た瞬間、ヨアヒム伯父様は膝を折り、両手を天に突き上げ、天を仰いで「勝った…」と号泣していた。後ろでそれを見ていたラウラさんが「昔、どこかで見たことのある映画のポスターかよ……」と呟いていたが、詳細は今もって不明。
伯母様たちもお母様も、手を取り合って喜んでくれたし。
肝心の兄様にいたっては、私をさしおいて子供を腕の中から離さず、近づく男たち威嚇しつづけていたわ。野生動物の母親みたいに。
ついでに窓のない塗籠みたいな子供部屋を作って、外敵に対する何重もの防御と、攻撃魔導をかけて伯母様に叱られていた。
さらにおむつ替えから入浴まで自分でやって、授乳時以外乳母にも触れさせない徹底ぶり。夜中の授乳だって手伝ってくれるし、夜泣きの時は、抱いて一晩中でも庭を彷徨ってくれる。というか、ほぼ兄様のワンオペで、こちらが申しわけないと思うほど。
「あの頃、シルヴィの世話も全部私がやってあげたかったのに、まだ子供だったから悔しい思いをした。けれど、こっちのシルヴィはあの頃のシルヴィよりもっと小さい。私の知らなかった頃のシルヴィだと思えば、何でもしてあげたくなるんだ」
兄様はしみじみ仰るけれど、シルヴィじゃないから。ユーリアだから。というか、わかりましたから、仕事に行ってください。また第一皇子が泣いて怒鳴り込んでくるじゃないですか。
因みにその兄様は、画家の両隣を陛下と伯父様に取られている為か、背後のポジションでお二人と同じように画家を脅している。
圧がすごい。
画家もこんなプレッシャーの中で、良く描けるわね。さすがプロだわ。
というか、そんなに写実に拘るなら何も絵じゃなくて、記録石を使えばいいんじゃないかしら?そうすればこちらも一瞬だし。
そんな事を思っていると、兄様と目が合った。
「シルヴィ。絵の方が後世に残しやすいだろう?勿論、記録石でも撮っているけれど、どうせなら色々な手法を使いたいじゃないか」
相変わらず、心を読むのが上手いですね。
今の私は、余所行きの鉄仮面な顔していたと思うんだけど。
「シルヴィ、大変だろうが頑張ってくれ!できた絵はうちの正面玄関に飾るから!」
ヨアヒム伯父様…正面玄関は、その家の家族の位置でしょうが!
「一枚は大教会に寄贈するつもりだ!」
陛下、教会に一般家庭の肖像画を送ってどうするのですか。
何だかお尻の痛みより、頭の痛みを感じて来たわ。
それでも、皆が幸せそうに笑っているのだから、まあいいかとも思える。
私は物語の聖女でもヒロインでもないけれど、こんな幸せが続きますように。
特別なイベントなんていらない。ただ穏やかな時間が続きますように。この子の上にも。
今日も、明日も、ずっと。
◆おしまい◆
※この後少しだけお兄様の番外編が続きます。良かったら読んでやってください。
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