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王子様は懊悩中3

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「だから、行かないって言っているでしょう!?」

 大きな声と共に入って来たのは、大柄な騎士二人に両腕を取られたピンクの塊。ではなく、ピンクのドレス、ピンクの靴にピンクのリボン、と全身をピンクで固めた少女だった。黒く長い髪にそれは似合っているのかもしれない。が。

「うーわー」

 後ろに控えていた魔導士の一人が、小さく声を上げる。

 その声に失望の色を感じ、自然と意識が魔導士たちへと向く。

「顔がパッケージと違うんですが……」
「そうなの?」 

 一人の声に一人が応える。

「なんか地味というか、平均的な日本人って感じですね。シルヴェーヌ様やローゼマリー様が、まんまパッケージの美少女だったから、期待していたんだけどなぁ」

 何の話だろう。シルヴェーヌとは、シルヴィのことだろうか?確かに彼女は美しかったが……。

「まあ、そんな事もあるわよ。ドンマイ」
「えーこの夢破れた私に…。ローゼマリー様冷たい」

 彼らというか、会話の内容から多分、女性なのだろう。仮にも国の重鎮が揃う前での彼女たちの会話は、普段ならばあり得ないものだ。しかし、幸いな事に聖女の大声に紛れて、他の者には聞こえていない。

「前回だってあんなに危なかったのよ!?怪我だってしたのよ?それなのにまた行けなんて、信じられない!」
「ですが聖女様」

 自分を拘束する腕を振り払い、セイラは重臣達を指差す。

「じゃああんたたちが行ってみなさいよ!何の説明もなしに化け物の前に連れていかれて、付けられた兵は肉壁にもならないような屑ばっか!」
「いや一番の屑お前だし……」

 さらに失望したわー、という魔導士の呟きは近くにいる者以外には聞こえていないはずだが、重臣始め騎士たちも同感しているような目を聖女に向ける。

 周囲の向ける冷たい眼差しはわかったのだろう。聖女は騎士の腕を振りほどくと、大きな声で周りをけん制する。

「何よ!文句があるっていうの?私は頼まれてここにいるのよ?」

 確かに彼女の言う通り、彼女は彼女が望んでこの世界にいるわけではない。何かの力によって無理やり引きずり込まれた、いわば被害者だ。

 その彼女に勝手に役を与え、勝手に理想を押し付け、勝手に期待したのはこちら側の人間で。それに対し彼女が理不尽さを思うのは仕方のない事。

 だが自分を守る為に犠牲になった者たちに対し、暴言が許されるわけではない。

「大体、力の発現だって、学園に入って皆と交流してからって言ってるでしょう?それなのに学園にも入れないなんて」
「読み書きもできないのに、入ってどうするんですか?」
「そんなのより大事な事があるのよ!」

 重臣の一人の呆れた声に、聖女が怒鳴り返す。

「とにかく!攻略も進んでいないのに、力の発動なんてありえないって言ってるの!発動して欲しいなら、早く彼らを連れてきなさいよ!」

 激昂する彼女に、宥める役の役人の眉も下がる。

「むやみやたらに、未婚の男女を個人的に会わせられないと言っているでしょう?まして貴女も彼らも婚約者がいるんですよ!?」
「婚約者なんて関係ないわ!会えばみんな、私に夢中になるんだもの!」

 これらは、日常的に交わされている会話だ。

 驚いているのは他国の魔導士だけで、この国の者たちはうんざりとため息をついたり、苦笑を漏らしたり、中にはあからさまに嫌悪の視線を向ける者までいる。

「あの程度の容姿で、あの自信。うちのヒロインもそうですが、何でヒロインっていうのは、ああ根拠もない自信に満ち溢れているんでしょうかね?」
「笑いを取ろうとしているのかもよ?あ、お姉さまは、ああいうセリフは言わないで下さいね?洒落にも何にもなりませんから」
「言おうとも思えないわ。おこがましすぎて」

 どうやら一人を除き、後ろに控えている三人の魔導士は、女性のようだ。

 彼女たちは、聖女大爆発を前にしても、ぼそぼそとした会話は止めることはなかった。

「それにしても、この聖女様がプレーヤーだってのはわかりましたが、話の筋は知っているみたいなのに、攻略どころか学園に入っていなかった、っていうのは意外でしたね。これじゃあ物語が進むどころか、始まってもいないじゃないですか」

 オープニングは学園の門に入ったところからなのに、と一人が言えばもう一人が頷く。

「ラウラさんの話だと、攻略者のエピソード毎に、聖女の力をレベルアップさせていくイベントがあるのでしたっけ?そうなると、レベルアップできませんわね」
「それ以前に、最初のイベントがないと、力の発現すらありませんからね」

 それで今この状況なわけだ。

 私は知らなかったのだが、後にセイラに詳しく聞いたところ、特定の人物五人を攻略することで、聖女の力が強くなっていくのだとか。だとしたら彼女のいう通り、さっさとその攻略者とかやらを彼女に会わせれば良かったのかも知れない。

 しかし、現実的、常識的に考えて、重臣が言った通り、婚約者のいる男女を個人的に会わせるというのは常識的にあり得ない。ようは不適切な関係を作っていくことになるからだ。

 学園内なら見逃されることも、外に出れば許されないことになる。親たる重臣たちがそれを見過ごすわけはなかった。

 聞くとはなしに、耳に入ってくる彼女たちの会話は続く。

「力の発動がないと、それは困るわよね」
「お姉さま、それ以前に読み書きできない者に、入学は無理ですわ」
「そうねぇ。でもこのままでは収まらないのではないかしら?」

「一緒に行かせるなら、五人も一緒に連れて行くっていいだしかねませんよね。まあ私的にはスチルが見られるから、付いてきたかいがあったって言いたいところですが、ヒロインがアレじゃあなー」
「せめて顔くらい何とかならなかったのかしらね?」

 いいたい放題だな。

「ローゼマリー……」
「いや、まったくローゼマリー様のおっしゃる通りなんですよ。うちの方のヒロインは、転生体だけあって、性格はともかく顔はパッケージに似ていたんですけどねー。これじゃあ海外製の海賊版より酷いですよ。まったく。乙女ゲーでは、キャラは顔が命だというのに」
「ラウラさん……」

 三人がそんな非道い事を話していると、話を聞いていたのかというタイミングで怒れるセイラが私を指さした。

「どうしてもっていうなら、王太子と王太子の側近も一緒に来なさいよ!彼らが行かないならぜーったい行かないんだから!」

 大きな声が朝議の間にこだまする。

 彼女の宣言に重臣たちが苦く言葉を飲み込み、部屋の中が一瞬静まり返る。

「あらら?言ったわ」
「言いましたね」
「?どうするのかしら?」 

 こんなことに巻き込まれて困ったわ、という態を取りつつも、オブザーバーたちははワクテカで次第を見守っている。

 彼女たちにとっては、まったくの他人事だから無理もない。

 すると、彼女たちの興味を遮るように、先程私たちに挨拶をした、上官らしき男が前に出た。

「……失礼ながら、先ほども申しましたが、足手まといはご遠慮願いたい」
「聖女様に対し、足手まといと仰るか!」

 遠慮のない上官に、一人の重臣が噛みつく。が、上官は聖女の姿を上から下まで見た後、平然とした様子で告げた。

「見たところ、聖女様は何のお力もないご様子。足手まといどころか、ベルフォレでは帝国魔導士に、こんな癇癪持ちの子供の守りをさせる気ですか?」
「しかし、瘴気を消すには聖女様のお力が…!」
「それなら他の者にさせますので、ご心配なく」
「そんな事ができるわけが……!」

 尚も言い募る重臣に彼は「やれやれ」と一度肩を竦め、それから後ろを振り返った。

「時間がもったいない。今日中に一番大きな瘴気を何とかしたいのですが……。私のお姫様方、行けるかな?」

 彼の言葉に三人の魔導士が頷く。

「勿論ですわ」
「さっさと参りましょう」
「宜しくお願いします!」

 同時に、先ほど急に出現したと同じく、彼らの足元に光を纏った魔法陣が現れ、四人の姿が掻き消える。

 後に残された魔法陣も四人の姿が消えると瞬く間に消え、いつもと変わらぬ朝議の間へと戻った。

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