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王子様は懊悩中2
しおりを挟む当初、聖女の存在があったから、ベルフォレは甘く考えていた。どれほど瘴気ができたとしても、聖女がいれば大丈夫だと。
世界を救うために現れた存在。
しかし彼女の第一声は「?どうやるの?」だった。
セイラのいた世界では、魔力という概念がなかったから、彼女自身、力を使った事がないし、使い方もわからないという。
しかしそう問われても、答えられる者はいなかった。ベルフォレには、魔力を持った者はほとんどいない。いても魔力を使って、何かができる程の力を持っていない。
そこで重臣たちは、リューシュエ夫人の元に走った。すると、彼女は酷く困惑した顔でこう告げた。
「どうやって、って…。魔力の発動を教えるってことよね?そんなの私が知りたいわ」
彼女が言うには、魔力の発動は子供が言葉を話し始める時のように、自然にできるようになるのだそうだ。やろうと思ってすることではなく、やれるから使うようになるだけ。
コントロールや複雑な魔導式などは成長途中に習うが、ただ発動させるだけなら、教えるようなことはないという。
彼女も彼女の娘のシルヴィも、誰に習ったわけでもなく、ある日突然発動した。そのままだと魔力暴走とかあって危険だから、徐々にコントロールすることを教えるけれど、発動を教えるわけではない。
「それに、聖女の力と魔力が同じとは限らないし」
彼女の言葉には、重臣たちも頷くしかなかった。聖女の力は、未知の力でもあるのだ。文献等には多少は残っているものの、現実には誰も見た事がない。
結局手ぶらで城に帰った彼らは、まず手分けをして聖女に関する文献を漁ることから始めた。幸いにも以前聖女が現れた国の文献は、娘が読みたがったという理由で、他でもないフェルール公が持っていた。が、文献を借りたはいいものの、彼らは言語の壁の前に挫折した。
「?シルヴィは読めていたぞ?」
公爵は不思議そうに首を傾げたが、彼の娘は一体どれだけ優秀だったのだろう?
ともあれ、彼らが右往左往している間にも被害は広がっていく。
力が自然発生するものなら、と一度聖女を瘴気発生の現場近くまで連れて行ったこともある。危機的状態になれば、自然に目覚めるのではないかと。
だが、いきなり始まったスタンピードにより、聖女自身は軽傷だけですんだが、彼女を庇った兵たちは暴徒と化した魔物に屠られた。その数、数百。
そんな状況でも、彼女の力は発動しなかった。
それどころか、それからというもの、彼女は怖がって現場に出ようとしなくなってしまった。
聖女には期待できない。
ここに至って、周囲はそう思い始めた。だが、もう遅い。
聖女が役に立たないならば、冒険者や魔法使いを雇おう、という話も出た。
だが、人の命には代えられないとわかっていても、彼らを雇うだけの金が国庫にない。
豊かな穀倉地帯を持つベルフォレだが、近年他国で改良された穀物に人気を取られ、値を下げ続けていたのだ。徐々に、徐々に。最初はたいした額ではなかった。しかし油断している内に差額は広がり、最近では国庫に穴をあける事態になってきている。
港の方も、隣国などを使う商船が増えているという。
八方ふさがり。
そんな中、フェルール公の領地だけは無傷だった。
夫人の魔力によって守られているからだ。
あの時、聖女を選ばなければ。せめてシルヴィが第二妃を承諾してくれていたら……。積みあがる訃報の書類の山に、誰もがそう思った。しかし、同時にそうであっても、どうしようもない事もわかっていた。
夫人の魔力が大きかったとしても、彼女自身領地を守ることだけで精一杯だからだ。とても国全体を守護できるものではない。
どうしようもなくなったベルフォレは、帝国に救援を依頼した。かつての宗主国。周辺国のくくりではあるけれど、国境を接している隣国でもない国に手を差し伸べてくれるかはわからない。
それでも。
依頼する他なかったのである。
帝国からの返信はそれから一週間後。手紙ではなく、いきなり出現した魔法陣とそこにいた四人の人物という形でだった。
ちょうど朝議の真っ最中という事もあり、度肝を抜かれたベルフォレの重臣たちだったが、それ以上に驚いたのはその人数だった。
承諾してくれたのなら、一個大隊くらいは寄越すと思っていたのに、現れたのはたった四人。これでどうしろというのか。
しかも彼らの服装を見れば、騎士でないこともわかる。
騎士服よりも、よほど軽装。余分な装飾など何もないシンプルな服に、顔の下半分を覆う布のマスク。黒に近い深い緑のマントを頭からすっぽり被り、年齢も性別もあいまいにしている。
国が違うとはいえ、このマントの意味することを知らない者は近隣諸国にはいない。
「帝国魔導士…」
存在は知っていたが、表にはあまり出ない存在の為、見るのは初めてという者が多い。私自身も対面したのは初めてだった。
皆が息を飲む中、彼らの一人が王の代わりを務める私の前に進み出て礼を取り、続いてその後ろに控える形で三人が同じように礼の形を取る。
「帝国皇帝の命により、参上いたしました」
他の三人に比べ一人だけ高い身長と、マントを羽織っていてもわかる、騎士と見紛う見事な体格。低い声。男性で間違いないようだ。
王太子といえど、現在の一国の長相手にマントもマスクも取らないのは、帝国内であっても、彼等魔導士にはそれが許されているから。
「え、遠方よりのご助力感謝いたす。だが、これだけの人数では……」
突然の登場に驚きつつも、私は彼らを見回し渋面を作る。
だがそんな私の様子もどこ吹く風で、上官らしき魔導士は私の視線を追って背後の部下を振り返り、それから再び私を見た。
「皇帝より此度の任務は、ベルフォレにできた瘴気を消す事だと伺っております」
瘴気がなくなれば、魔物の暴走も落ち着く。すでに魔物や魔物になってしまったものを消すことはできないが、少なくとも今回のように爆発的に増える事はなくなる。後は地道に消していけばいいだけの話だ。
つまり、原因である瘴気は消すけれど、後は自国で処理しろ、と。
「し、しかし!その瘴気に近づく為には、魔物の溢れる場所を通らなければならないのだぞ!」
しかも、瘴気が発生している場所は一か所ではない。ゆっくりではあるが、絶えず増え続けている。現在ベルフォレ国内だけでも十を超える。
「たった四人で魔物の壁を崩し、瘴気を消すなどできるわけもない!それとも皇帝は、我が国の兵全てに、其方たちを守るために犠牲になれというのか!」
次第に唾を飛ばさんばかりに激昂していた私に、魔導士が静かに告げる。
「お言葉ですが、まさか全てを帝国に押し付けるおつもりでしたか?自国のことならば、自国の者が先に犠牲になるのは当たり前のこと。我々は本来少しだけ手を貸すのみ」
「なっ!」
「それは……!」
無情な魔導士の言葉に、私のみならず臣下も怒りを感じる一方、自分たちの中にも彼の言った通り、帝国に頼めば全てを帝国が終わらせてくれる、という甘い考えがあったことに気づく。
「まあしかし、此度は皇帝のみならず、宰相閣下より一刻も早く終わらせるように、とご命令がありましたのでこの人数で参りました。ですので、貴国の兵は不要ですよ。むしろ足を引っ張らぬよう、静かにしていてもらいたい」
「なっ!」
帝国の宰相からも、早く済ますようにと依頼されてこの人数。だとしたら、当初は何人で来るつもりだったというのか。しかも、この人数で手助け無用とは?
それだけの自信があるのだろうか。
驚き、呆然としつつ私は、すぐにある事に気づいて声を上げた。
「し、しかし、瘴気を消滅させるのは聖女の力がいるはず!魔導では、一時しのぎにしかならないのでは……っ!」
魔導でどうにかならないから、聖女という存在がいるのだ。
未だに聖女の力がどんなものかはわからないが、セイラがいなくてはならない理由があるはずだ。
「一時しのぎではなく、根本的に消し去りたいのだ!四人で瘴気まで行きつけるというのなら、聖女を同行させて欲しい!聖女ならば完全に瘴気を消せるだろうから!」
私の言葉に、重臣たちがはっとしたように肩を揺らし、それから同じように告げる。
「そ、そうだ!聖女様をお連れ下さい!」
「聖女様でなくては、瘴気を消す事は不可能です!」
「この前は、瘴気まで辿り着けられなかったからダメだったが、瘴気まで行けばお力が発揮できるはず」
瘴気を根本的に消し去りたい。それは勿論彼らの一番の願いでもあった。しかし、聖女の同行を望むのはそればかりでなく、政治的な面もある。
帝国魔導士とはいえ、四人で何ができるのだ。と思う気持ちの裏で、万が一彼らだけでこの災厄が収まってしまったら、と想像してしまったのだ。
国のメンツもあるが、それ以上に災厄後の政治的な関係もある。
彼らの力だけで収束してしまえば、この国は勿論、周辺諸国に対する帝国の影響はますます強くなるだろう。
だが、そこに聖女がいたら?
聖女に力がないのは、皆わかっている。わかっているが、もしかしたら彼等と同行することで、力が開花するかもしれない。開花しなくても、その場に聖女がいれば何とでも言えるのだ。
そう。帝国魔導士の力ではなく、聖女の力で瘴気を浄化できたとでも言える。
そうなれば本当の事はどうであれ、最終的に聖女の力で収まったのだとして、国内外に知らせる事ができる。
「すぐにこの場に聖女様を……!」
「急げ」
重臣達が騒ぎ出し、控えていた騎士たちが走り去る。
浅ましい考え。そうとわかっていても、その場にいた私は、彼らを止める言葉が出なかった。実際私自身、どうしていいのかわからなかったのだ。
今のセイラに何の力もない事は、彼女の近くにいる者たちの間では周知の事実。だが誰しも、そんな事を信じたくなかった。
聖女が現れた国は瘴気も出るが、それさえ押さえる事ができれば、周辺国の尊敬を集める事ができる。政治的にも有利になる。
僅かの間に国力が衰えたベルフォレにとって、聖女という存在は、瘴気の事以外でもまさに希望の星だったのだ。
だからセイラには、聖女であってもらわなければならなかった。
今は力の発現はないけれど、きっといつか。条件さえ揃えば。きっかけさえあれば。重臣達の願いのような言葉は、そっくりそのまま私の願いでもある。
今回魔導士たちと行動すれば、何か変わるかもしれない。
そうでなくても、リューシュエ夫人でもわからない事でも、専門家である彼らなら何か知っているかもしれない。
彼女が、正しく聖女となる何かを。
絶望と諦め、そして希望。一瞬毎に変わっていく苦しい感情を、私は拳を握ることで必死に耐える。表に出さないように。
そんな私を魔導士の一人が痛ましそうに見ていたが、その時は私も周囲の者たちも誰も気づくことはなかった。
そうして、待つこと暫し。
怒鳴りあう声が近づいてきたかと思ったら、朝議の間の扉が大きく開かれる。
「だから、行かないって言っているでしょう!?」
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