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カフェテリアにて
しおりを挟む「それにしても、いきなりスタンピードとは驚いたわ。さすが魔導科の実習ね」
いつもは頼まないホットチョコレートを一口飲み、ほうっとため息を吐く。ああ…疲れた体に糖分が染み込むわ。
「いえ、お姉さま。例年は畑に流れ込む水路に発生する、スライム退治がせいぜいなんですよ」
「あら?そうなの?」
それを魔導科全員でするの?一体毎年どれだけのスライムが出るというの?
水路一杯のスライムを想像し、思わず眉が寄ってしまう。それはそれで、ある意味スタンピードとは違う意味で大変そうね。
「そうです。後はのんびり歩いている小物な魔物を、皆で問答無用で倒して身ぐるみ剥いだりとか」
「……まるで追いはぎのようね」
魔物とはいえ、のんびり楽しく歩いている相手に数で襲い掛かるなんて……。どちらが悪者かわかったものではないわ。
「今回のスタンピードは、本当にイレギュラーだったんですが。…そうですね。あの近くに瘴気があったんで、それが原因だったのではと思います」
「そんなのがあったの?全然気づかなかったけど」
さすがローゼマリー。私なんて、襲い掛かってくる魔物の数に圧倒されていて、瘴気の存在なんてまったく気付かなかったのに。
驚いている私に、彼女は何でもない事のように頷く。
「ええ。あの先に…。私が火炎で浄化して、お姉さまが癒しの魔法陣を展開したんで消えましたけど」
「え?そうなの?」
いつの間にそんなすごい事をしていたの?私。
「ええ。比較的小さなものではあったんですけど。あんなに綺麗に消えるとは思いませんでした。さすがお姉さま。素晴らしい学習能力ですわ」
魔導を正式に習い始めて少し経つけど、実戦で役立つくらいには上達してきたってことかしら?まあ、今回は瘴気とはいえ、小さかったというから、それがポイントでしょうけど。
それでも、上達を感じられればモチベーションも上がるというもの。
褒められて、ホクホクと気分を上げていると、ローゼマリーが「ああ、そういえば」と人差し指を顎に添えて小首を傾げた。
「スタンピードで思い出したのですが、父の話だと、ベルフォレ王国を中心に、近隣の国にも瘴気の被害が出始めているそうですよ」
「そうなの?」
「ええ。その為に対応で忙しいと」
ローゼマリーの話だと、今回もその余波みたいなものではないかという事だった。
瘴気は魔物を呼ぶだけでなく、近くにいる生き物や時に死体などを魔物に変える。必然的に魔物が増え、スタンピードの危険性が高まる。
とはいえ、スタンピード自体は珍しいけれど、今までなかったわけではない。それがこんなに頻繁に起きるのは、やはり魔物たちが瘴気によって狂わされているからだろう。
伝説は本当だったということか。しかし、そうであるなら、近隣まで被害が広がるというのがわからない。
今回の瘴気の中心になるだろうベルフォレには、すでに聖女がいるのだから。それとも聖女一人では手が回らないほど、瘴気の広がるペースが速いのだろうか。
「詳細はわかりませんが…。こんなに早く、しかも隣接していない我が国まで広がっているところをみると、聖女の投入があまり上手くいっていないのかもしれませんね」
「そうよね…」
ローゼマリーの言葉に、先ほどと違うため息が漏れる。
実習で遭遇したスタンピードは、魔導士の卵たちで押さえられた。しかし、ベルフォレでは違う。
ベルフォレに魔導士はほとんどいない。神官はいるが、神官たちはその教義からか戦う事をしないし、実際祈りの力がどれほど瘴気に効果的かはわからない。
そんな中で、一度スタンピードが始まってしまえば、被害はどれほどのものになるだろう。
フェルール領は、母が守護の魔導を展開しているから大丈夫だろうけれど、他の地域は……。
今も被害に遭っているかもしれない、彼の国の国民の事を考えていると、突然隣に座るラウラさんが重い空気を蹴散らすように手を叩いた。というか拝むみたいに合わせた。
「お二人とも、ご心配なのはわかります!わかりますけど!お願いです!まず収穫祭の時、ゼーゲンフィルドで何があったのか教えて下さい!」
「……貴女元気ね」
彼女の勢いに、ローゼマリーすら鼻白む。
遠足…もとい、実習から帰り着いた学園。治癒魔法をかけたとはいえ、他の級友たちはそれなりに疲労をみせて、トボトボと帰っていったというのに、ラウラさんは元気いっぱいだ。
彼女は学園に帰り着くなり、強制的に私たちをカフェテリアに連れ出している。
疲れを知らないその様子に、この方も相当魔力が強いのかと思っていたら、ローゼマリーが言うには、クラスの中では上だけれど、飛びぬけて魔力が強いというわけではないらしい。
だったら、彼女もみんなと同じ程度には疲れているはずなのに、何故こんなに元気なのか。
彼女の言う『推し事』が疲労を凌駕しているということかしら?だとしたら推しのパワーってすごいわ。
「ヴィルフリート様の隠し子なんて、ゲームの中にも出てきませんでしたよ!何があったんですか!さあ!さあ!」
目の光が尋常じゃない。鼻息が荒い。推しと言う名の薬でもやっているんじゃないかしら?
そんな圧で詰め寄られて、寄り切られて、押し出しで負けそう。というか気分的にすでに負けている。
助けを求めて控えの力士…ではなくローゼマリーを見ると、彼女は大一番に臨む者のように大きく頷き、やがて右の人差し指をピンと立てて口を開いた。
「収穫祭の夜って、どこの領主も一門を揃えて夜会を開くのよ。一年、皆よく働きましたーって意味で。それは前にも話したわよね?」
「はい」
「で、その席に知らない親子連れが紛れ込んでいたの」
「それが先ほど言っていたヴィル様の隠し子ですね!でも知らないって?どうやって中に入ったんです?」
ラウラさんの疑問はもっとも。
夜会は当然領主の館で行われているし、呼ばれているのはエイシェンフォルトの一門で、貴族ばかり。ましてや、主催者であるエイシェンフォルト家は公爵だ。警備も勿論厳重。
そんな中、どうやって部外者が入り込むことができたのか。
「一門の一人が、同伴って形で入れたのよ」
そう。一門の一人というのは、男性で、その方がパートナーとして連れて来た女性が、隠し子の母という方。
兄様と彼等は同じ年で、同じ学園に通っていたと言う。所謂、同級生とのこと。
隠し子の母という方は、以前からその男性に子供の事を『兄様の子』として伝えていたらしい。
兄様の立場を考え、男は秘密裡に彼女たち母子の世話をしてきたけれど、ここに来て兄様の結婚という話が一門に広がった。
もしその話が本当ならば、このままでは母子共にいない存在になってしまう。危機感を覚えた彼らは、せめて認知だけでもしてもらおうと、一門が揃う収穫祭を狙い紛れ込んだらしい。
「そりゃあ、一門は驚いたわよ。だって、相手があのヴィルお兄様よ?」
まるでその場にいたようなローゼマリーの説明に、カップを片手に頷く。私もあの時は驚いたわ。
今回の主役は私たちということで、例外的に伯父様夫妻が先に入場した途端、小さな男の子が「おじいさまー!」って飛び出したのだもの。
その時の事を思い出して、私はため息を吐いた。
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