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無事にお家に帰りつくまでが遠足です

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 さてさて、図書館で兄様とヒロインが出会い(?)、私が大金星を得た夜から約2週間。収穫祭のお休みも明けた、ある日の学園。

 本日は魔導科最終学年の皆で、学園から少し離れた森というか、山にきております。目的は一泊二日かけての魔物退治の実習。

とはいえ、比較的人家が近いエリアなので、出る魔物は最弱とされる小物ばかり。これらを相手に、それぞれ異なる属性の連携の確認や、実際の経験値を上げるといったものなのです。いえ、だったはずなのです。が。

「結局、ヴィルフリート様は、収穫祭には町にいらっしゃらなかったんですね」

 土煙を上げてラウラさんが高い土壁を作ると、弾丸スピードで飛んでくる鳥型の魔物が避けきれずに、真正面からそれに突っ込んで行く。

「だから伝えたじゃないですか。領地持ちの貴族にそんな暇はないって」

 落ちていく鳥型魔物。そこにすかさずローゼマリーが火を放つ。

「伺ってはいましたけど…もしかしてって思うじゃないですか」

 崩れた土壁の向こうから、新たにイノシシ型の魔物が押し寄せるのを、水の刃を使って真っ二つにしていく。

「無理よ。というか、大体その設定自体無理があるわ」

 どうっと倒れたものの、勢いのままこちらに転がってくるそれらを、さっきと同じようにローゼマリーが焼き払う。さらにその向こうからやってくるのは、千体近いゾンビの群れ。幸い、走ったり飛んだりするのはいないロメロ型と呼ばれるものだけど、量で囲まれたらかなり怖い。

「はあ…そうなんですねぇ」

 だがそれらをものともせず、サクサクと魔物を狩りながらローゼマリーとラウラさんが話しているのは、先日の収穫祭の事だった。

「お祭りだから…って思っていたんですけど」
「収穫祭は領主にとっては、年間行事の中でも重要な日なんだから、遊んでいる暇はないのよ」

 ローゼマリーの言う通り、平民ならともかく、領主にとって収穫祭はただのお祭りではない。

 女神への感謝の儀式もあるし、普段から領主を支える一門や、力を尽くしてくれている領民たちを労う場でもある。

 つまり、この日の領主はホストな立場で、朝から晩まで食事すらままならないくらい忙しい。だからゲームのように、街に遊びに出ている暇などどこにもない。

「いや、でもヴィルフリート様は宰相の子息だから、普段王都にいるじゃないですか。だったら領地にも戻らないだろうし、そういう時間あるかなぁと」

 ラウラさんが地面に大穴を開けてその中にゾンビを落とし、這い上がる前に、再びローゼマリーが火を放つ。さながら地獄の大釜の様相だ。

 断末魔の悲鳴が上がる中、二人は息も荒げずのんびりと会話を続けている。ある意味シュールな光景。

「ヴィル兄様は空間移動の魔法が使えるから、その日は毎年それを使って叔父様と領地に行っているわ。おまけに今年は、一門にお姉さまとの結婚を伝えるから、領地に帰らないって選択肢はなかったはずよ」

 そう、今回の領地入りは収穫祭の事だけではなく、一門に嫡男の結婚を報告するためのものでもあった。なので、当然私も同行した。

 ゼーゲンフィルド領には7歳になるまでいたせいか、顔見知りの親戚や知っている使用人たちもいて、彼らは今回の結婚を殊の外喜んでくれたし、歓迎もしてくれた。中には涙を浮かべて再会を喜んでくれた人もいたくらい。

 でも、問題が何もなかったわけではなくて……。

「ヴィル兄様の妻の座を狙っていた一門の女共の愚行が、例年の楽しみでしたが、今年はもっと凄いのが現れましたよね!」

 まるでその場にいたようなローゼマリーの言葉に、私は水から氷へと変えた矢を放ちながら首を傾げる。

 何故ローゼマリーが知っているのだろうと。

 私の疑問は、そのままラウラさんが聞いてくれた。

「ローゼマリー様もゼーゲンフィルドに行かれたんですか?」
「いいえ。私はうちの領地にいたわよ。家には家の仕事があるもの。ただお父様が面白いからって、毎年フランツ伯父様……エイシェンフォルト公爵に映し玉を渡していたの」

 映し玉とは、その名の通り、場を映すというか実況中継させる玉。

 ローゼマリーの言うように、伯父様は年ごとにヒートアップしていく、兄様争奪戦、別名兄様杯を楽しみにしていらっしゃるそう。

 その上、今年は私が嫁に入ったものだから、騒ぎ以上に「シルヴィのお披露目の様子が見たい!」と映し玉は勿論、膨大な数の記録石まで渡されたのだとか。

 ……今回もヨアヒム伯父様は平常運転でしたのね。

 少しばかり「すんっ」となっている私に気づかず、爆炎をぶっ飛ばし魔鳥を撃ち落としたローゼマリーは、「面白かったですよね」と上機嫌に笑う。

 彼女の機嫌が良いのは、収穫祭の出来事もあるかも知れないが、それ以上に今が楽しいからなのだろう。

 彼女は大きすぎる魔力の為か、普段あまり力を解放して戦うなんてあまりない。それ故、遠慮なく暴れることができるこういう状況は、かなり嬉しいのだろう。…もっとも一緒に戦っているはずの級友たちには、その気持ちはわからないでしょうけど。

「本当に今年は笑いましたわ!!」
「ローゼマリー……」

 淑女としてその言い方はどうなのか。注意するも、すぐに隣にいたラウラさんが反応する。

「え?え?なんです?」
「ラウラさん……」
「す、すみません!でも、推しの事なら何でも知りたいですし!」

 一応謝ってくれたものの、すぐに復活する。それがファンというものなのだろう。気持ちはわからないでもないが、あまり外聞のいい話ではないからどうしようかと考えていると、大きな熊に似た魔物を一瞬の内に消し炭にしたローゼマリーが、悪戯っぽく片目を閉じたい。

「大丈夫ですよ。別にエイシェンフォルト家の恥になるような事ではないし」


 そう言うと、彼女は指先で新しい魔法陣を描きながら、ラウラさんの方を向いた。

「夜会の席に招待されていない親子がやってきて、ヴィル兄様の愛人と子だって言い出したのよ」
「え?なんですか、それ!詳しくっ!」

 詳しくって、ものすごく食いついているけど、貴女今の状況わかって言っているの?只今、スタンピードのど真ん中なのよ?今もローゼマリーの方を見た貴女の背後に、巨大な蜘蛛の魔物が……。

 慌ててそちらへ水の刃を飛ばし魔物を倒すと、再び間髪入れずにそれが炎に包まれ消滅する。

「お姉さまの容赦のない攻撃、相変わらず好きですわ」

 うっとりというけれど、容赦のないのはローゼマリー、貴女だから。さっきから、やるなら完璧にと言わんばかりに、確実にとどめを刺してるから。

「それで、隠し子って事ですよね!今バリア作りますから、つ、続きを早く!」

 ラウラさん!言うが早いか、土壁を作らないで!そんなことしたら、逃げ場がなくなって、他の人の被害が広がるでしょう!というか、それは今聞かなきゃいけない話なの?

 土壁の向こうで上がる級友たちの叫び声に、水で彼女の土壁を壊し、彼らを襲う複数の魔物を同時に落とす。

 魔物の体から勢いよく噴き出した緑色の体液が、級友たちを汚したけれど、急なことなのでご容赦願いたい。

「ラウラさん、味方がバラバラに広がっている時は、土壁バリアはダメ!」
「すみませんっ!ゆっくり聞きたかったので!」
「………」

 なんだか疲れてしまったわ……。主に精神的に……。

 ちょっとだけ吐いたため息に、ローゼマリーが素早く反応する。

「ラウラさんっ!みんなの前に塀を作って!2メートル」
「はいっ!」

 ローゼマリーの指示に、ほぼ反射的という感じでラウラさんが土の壁を作る。即座に連携できるのは、さすが最上級生。

 その土の壁を足場に、ローゼマリーが飛ぶ。

 上げた両手の先に、複雑で巨大な魔法陣。すぐにトグロを巻く巨大な火の塊になったそれを、押し寄せる魔物たちに叩きつけた。

「!」

 壁の向こうが赤く染まり、衝撃が僅かに地面を揺らし、熱風が一瞬体の脇を通り抜ける。そして……。

「終わったわ」

 驚く私たちの目の前でラウラさんが作った土の壁が消え、ローゼマリーが姿を現す。彼女の後ろに広がるのは、焼けただれた土だけで、そこにあった森も、魔物もいない。

「じゃあ、お姉さま帰りましょうか」

 これだけ膨大な魔力を使っても、ケロリとした様子で彼女が告げる。

「…それだけ大きな魔力使って、体は大丈夫なの?」

 呆気に取られつつ、問いかけた言葉に彼女は蜂蜜色の髪を揺らしながら平然と答えた。

「大丈夫ですよ。私やお姉さまはともかく、他の皆にはこういう体験も必要かな、と思って手を抜いていたんです。けど、結構量が多かったし、お姉さまも飽きてきているみたいでしたから」

 飽きてきていたわけではなく、精神的に疲れていただけなのだけど…。

 やれやれと思いながら、周囲を見回せば、土壁の向こう側の土が一部ガラスに代わっている。そういえば、あれだけいた魔物を焼いたというのに、匂いもない。一体どれほど高温で焼いたのか。

 改めて彼女の魔力の大きさに驚きながら、私は隣にいたラウラさんに、土を上下ひっくりかえすように混ぜて欲しいとお願いした。そのお願いに、他の土魔法を持つ級友たちも協力してくれ、あっという間に作業が終わる。その間に私は魔法陣を組み合わせ、それをそっと空へ放った。

 すぐに小雨程度の雨が降る。雨はひっくり返してもまだ熱い土に触れ、水蒸気を上げる。

「どなたか、近所の農家の方へ、蕎麦の実があれば蒔くように伝えて下さい」

 蕎麦の実ならば、焼けてしまった土地でも十分収穫ができる。その後は野菜、山菜、木の実などを経て茸が取れるようになる頃には、この地も森へと戻っているだろう。

 学校側が護衛にとつけていてくれていた騎士の一人が、村の方へ向かう背を見送り、私は次に別の魔法陣を作り、さっきと同じように空へ浮かべる。それはすぐに水色の光の粒となり、文字通りボロボロになった級友たちに降り注ぐ。そして……

「え?傷が治っていく…?」
「え?」
「治癒魔法?こんな広範囲で?」

 通常水の治癒魔法は、体の内部の組織を動かして使う都合上、一人一人個別に診る必要性がある。だが、私が最近使えるようになった治療魔法は一度に複数を治すことができる。ただ、外部の損傷という共通のものに限るので、個別にある内臓や他の疾患にはまったく意味がないのだが。

 それでも、魔導を専攻しているだけに、珍しい魔導にぐったりしていた級友たちの目も輝く。

 外傷はなくなったし、気力も回復したみたいだから、学園までは皆自力で帰れるだろう。

 これだけボロボロだから、今夜は予定を変更して野営はなしにして帰るって話だしね。

「お家に帰りつくまでが遠足だものね」

 頑張れ、みんな。そう思って呟いた言葉を、ローゼマリーが拾う。

「遠足じゃなくて、実習ですけどね。というか、これだけ凄まじいスタンピードを遠足って言ってしまえるお姉さまって素敵ですわ」
「…………」

 しまった、言葉を間違えたわ。





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