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聖女が来りて毒を吐く
しおりを挟む次の日、父と共に登城して連れていかれたのは、王族がプライベートで使う応接室だった。
待っていたのは陛下と王太子殿下。そして、肩ほどの長さの真っ直ぐな黒い髪の少女。入室時の角度の関係で顔は見えないけれど、恐らく彼女が新しい聖女様なのだろう。後は壁際に給仕のメイドと護衛が少し。
「公爵。大儀」
「陛下並びに王太子殿下にご挨拶申し上げます。お召によりフェルール公フレデリック・リューシュエならびに、長女、シルヴェーヌ御前に参りました」
陛下のお声に、お父様の挨拶と共にいつものカーテシー。
それが終わると、すぐに着席を進められた。陛下は当然お誕生日席で、私たちの向かいには、王太子殿下と聖女様が仲良く並んで座っていらっしゃる。
聖女様のご尊顔を、こんな間近に、しかも正面で拝せるなんて!
ありがたい気持ちで目線を上げると……。
あれ?
うん。
あれ?
うん。
「……………」
どうしましょう。頭の中でも言葉が続かない。
うん。聖女様…よね。
目の前にはナージャールの文献で見た通り、黒目黒髪の中肉中背…よりも低い、黄味がかった白い肌の女性。年頃は文献の16よりも少し下に見えるけれど、陛下のお話によれば16歳で間違いないらしい。
私の一つ下にしては、胸の発育が少々…。は!不敬なことを考えてしまったわ。こういうものは個人差があるのよ。伸びしろよ、聖女様には伸びしろがあるのよ。
お顔立ちは、一重の重たげな瞼に低めのお鼻、小さな唇。遥か東の国から来た、商人たちによく似ている。
可愛らしい…んじゃないかしら?うん。
「………」
…可愛らしいわよね。全体に小さくて、華奢で。うん。
「………」
でも、ごめんなさい。こう…イメージが……。
大変申し訳ないけれど、本当に不遜なのは百も承知なのだけど……。
期待値を上げすぎていたのかもしれない。と、密かに反省する。
うん。
衝撃のあまりつい凝視してしまったせいか、聖女様は少し俯き、隣に座る殿下の袖をちょっと摘まむ。あ、怖がらせてしまったかしら?睨んでいたと思われたらどうしよう。
私の目は猫目と呼ばれるアーモンド型なのだけど、少々つり気味で人によってはキツイと称されるものなのよね。誤解されていないといいけど。
そう思っていると、彼女の仕草に気づいた殿下が、「何?」と尋ねるように優しく微笑んで彼女の顔を覗き見た。
あら、いい雰囲気だわ。二日や三日でもうこんなに仲がいいなんて。やっぱり聖女と王子って、運命の恋人って決まっているのね。
お二人の微笑ましい様子に、内心ほっこりしていると、陛下が重々しく口を開いた。
「それで、二人に今日来てもらったのは他でもない。もうわかっていると思うが、先日このように聖女様が降臨なさった。と、いうことは、これから国は瘴気という未曾有の災害が起きるということだ。そしてその際、災害に対し、聖女様のお力はどうしても必要となる」
そうですね。
「まして今は財政状態が悪く、冒険者たちを雇う事もままならない状態だ」
そうですね。
比較的温暖な土地故、我が国の主な産業は農産物。当然輸出も穀物を中心のものとなっている。ところが近年、近隣国の一つが土地の改良や輪作などの改革に成功し、そちらに押される形で段々と輸出が上手くいかなくなってきている。
有事に備えが必要なのはわかってはいるけれど、金銭的な面で余裕もなく、中々そちらにまで手が回らない状態。
「だからこそ、王太子には、聖女様を公私ともに補佐してもらわねばならぬ」
そうですね。
この上、聖女にまで手を引かれたら、目も当てられない惨状になるだろう。それに、聖女様だってこちら側の勝手な言い分で、身一つで無理やりまったく知らない世界に引きずり込まれたのだから、身分や生活の保障は勿論、精神的な支えも必要だと思う。
「よって、この度そちの娘、シルヴェーヌ嬢との婚約を解消し、新たに王太子と聖女の婚約を結びたい」
そうですね。最善だと思う。私も賛成いたします。
「シルヴェーヌ嬢には、かつて王家からの婚約申し入れを無理に引き受けてもらい、かつ、長い間王太子妃教育、王妃教育と拘束しておきながら、このような事態となり申し訳ないと思う。が、これも国の為と了承してもらいたい。勿論、それなりの保障は考えているし、瑕疵の有無についても文章に残し、そちらに迷惑はかけないつもりだ」
元よりうちに拒否権なんてないし、そこまでして下さるのなら、こちらに是非はない。
拘束の時間は、恐らく慰謝料という形になるでしょうから、金額に対しては、王家の誠意とやらを見せていただきましょう。…財政難の王家故、あまり期待はできませんが。
それでも文句なんて言えない。王家の守る国民の中には、我が領の領民も入るのだもの。彼らの事も思えば、やむを得ない判断でしょう。
隣に座る父と視線を合わせ、互いに頷き了承を確認する。
「誠実なご配慮、もったいのうございます、陛下」
二人揃って頭を下げ了承の意を伝え、私の10年に及ぶ婚約期間はあっけなく終わりを告げた。
円満に。まったくもめることもなく。双方気持ちよく終わったと思った。
のだが……。
「あ、あの何かすみません。あたしのせいで…ってきゃっ!」
陛下を見送り、次に殿下と聖女様を見送ろうとしたら、突然、聖女様が私の方へ駆け寄ってきて、何故かいきなり転んだ。
「セイラ!」
急いで殿下がやってきて抱き起こすと、彼女は目に一杯涙を浮かべて彼に縋りついた。
「酷いです!足をかけるなんて!」
「は?」
足をかける?どうやって?
思わず自分の足元を見るけれど、彼女が転んだ位置と私の立ち位置は随分違う。この状況で足を掛けるには、私の足はあと一メートル程長くなければ無理なのだけど。
戸惑いつつも周囲を伺えば、控えていたメイドや護衛が同情を滲ませつつ頷いてくれる。良かった、皆わかってくれているようだ。
「えっと…シルヴィが足を掛けたわけじゃなく、多分カーペットに足を取られたんじゃないかな?」
殿下も、さすがに無理があると思ったらしい。それでも彼女に気を使ってか、言葉はしどろもどろだけれど。
「ひどい!何で信じてくれないの?あたし今、この人に意地悪されたんだよ?」
一体何を言い出すのだろう?周囲に今までいないタイプだから、どう対処していいのかわからない。
「いや…でも……」
戸惑いつつも否定の言葉をいいかけた殿下を無視し、彼女はキッとこちらを向いて告げた。
「あたしのこと嫌いだからって、こんな意地悪するなんて酷い!」
「いえ…別に……」
何とも思っておりませんが。そもそも初対面なのだし。何かを思うほど交流もしていない。
そう言いたいのだけれど、なんだか聞いてくれない雰囲気だ。
「嫌いで当然でしょう?だって婚約破棄よ?婚約破棄!っていうか、何で今、婚約破棄なの!?ここはあんたが、婚約破棄は嫌だ、認めないって言い張って、破棄が流れる場面でしょう?」
「…はあ?」
いやだって、これって王命って事でしょう?嫌なんて言えないと思うけど。それに、そこまで王太子との婚約に固執しているわけじゃないし。というか、破棄じゃなくて解消です。破棄と解消では大きく意味が変わるので、二人の経歴の為にも気をつけていただきたいのだけど。
だけど、言い訳どころか、言葉一つ挟ませてくれない雰囲気の聖女様は、大げさな身振りで私を指さした。
「は!もしかして、あんた転生体?だからストーリーと違う行動したっていうの?」
「は?」
テンセイタイ?なにそれ?
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