龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

文字の大きさ
上 下
78 / 80
終章 けじめと別れ

三話 俺の隣だ

しおりを挟む
 しばらくして、メイクを施され、流行りの服を着た美桜と翡翠が出てくると、その場にいたスタッフたちが、一斉に感嘆の吐息を漏らした。

「美桜ちゃん、可愛いと思っていたけど、メイクをすると雰囲気変わるね。美人! って感じ。そっちのお兄さんも、めちゃくちゃ綺麗だし」

 美桜を連れてきた女性が、はしゃいだ声を上げ、両手を組む。

「さあ、そっちに立って。窓辺がいいな。彼の方を向いて。見つめ合って」

 男性カメラマンに指示をされ、美桜と翡翠は指定された場所に立つと、向かい合った。いつも以上に翡翠がキラキラして見え、美桜は目がくらみそうになる。そんな翡翠から甘いまなざしで見つめられ、照れくさくなり俯くと、

「美桜さん、顔上げてー! 笑顔!」

 カメラマンにすかさず声をかけられた。
 翡翠が美桜の耳元で、

「美桜、自信を持つと良い。美桜は変わった。最初に会った時、美桜はか弱く頼りなげな女の子だった。でも、今は違う。一人で立派に菓子店を営み、あやかし相手に商売をし、頑固な俺の父も納得させた。美桜は強くなった」

 と、囁いた。

「美桜は俺の自慢の婚約者だ」

 翡翠がふわりと微笑み、美桜の頬が赤くなる。見つめ合う二人に向かって、カメラマンがすかさずシャッターを切る。

 しばらく二人のシーンを撮った後、美桜と翡翠、それぞれ一人ずつの撮影に入った。何度か衣装を着替えながら、スタジオのセット内で、美桜はスカートをひらめかせてまわったり、小首を傾げて頬に手を添え笑ったりと、様々なポーズを取った。最初こそぎこちなかったが、次第に慣れてきて、自然な笑顔を出せるようになった。

 翡翠の撮影時は、その麗しい姿に注目が集まり、スタジオ内にいた女性スタッフは、皆、仕事の手が止まってしまった。

 二人の後に真莉愛の撮影も行われたが、完全にその影は薄かった。美桜と翡翠の存在感が大きすぎたのだ。  

「美桜ちゃん、彼氏さん、ありがとう! 良い写真が撮れたわ。助かった!」

「お疲れ様ー!」 
    
「ねえ、本当に二人共、本職のモデルじゃないの? 実はフリーランスとか……」

 撮影の後、美桜と翡翠はスタッフたちに囲まれた。皆が口々に「良かった」と言ってくれて、嬉しい気持ちになる。一人の男性スタッフが美桜に近づいてくると、

「美桜さん、良かったら、来月の撮影もお願いできないかな」

と言った。

「えっ」

「実はさぁ、真莉愛ちゃんの人気、落ちてきてるんだよね。あの子、男性関係派手だし、性格も悪いって、ファンの間で噂になっていてさ。SNSで炎上してるんだ。実際、その通りだしね。うちの雑誌もイメージがあるから、困っていてね……。契約を切ろうかと考えていたところなんだよ。その点、美桜さんは性格良さそうだし、清楚で初々しくて、きっと人気出ると思うんだよ」

 男性スタッフは、にこにこと美桜を誘ってくる。美桜は困惑しながらも、

「すみません。私には、他に仕事があるので、お役には立てません」

 と、丁寧に断った。男性スタッフが「そう?」と残念そうな顔をしている。
 美桜は真莉愛の方へ視線を向けた。今の話が聞こえていたのか、睨むように見つめている真莉愛の元に近づいて行くと、

「真莉愛さん」

 と声をかけた。真莉愛が態度悪く「あ?」と顎をしゃくる。

「私が付けた頬の傷、跡になっていませんか? あの時は、本当にごめんなさい」

 真莉愛の傷は、完全に治っていた。けれど、

「あんたのせいで、跡になったっつーの! 慰謝料、請求したいぐらい!」

 と、真莉愛はうそぶいた。翡翠が横から真莉愛の顔をのぞき込み、

「そうか? どこにも傷のない、綺麗な肌をしているが」

 と、首を傾げる。翡翠に間近に寄られ、真莉愛の頬が赤くなる。

「そ、そう? 私、綺麗?」

「ああ。――まあ、美桜には叶わないが」

 しれっとそう言った翡翠に、真莉愛の顔が呆けたものになる。

「真莉愛さんにさよならを言いに来ました。今まで、ありがとうございました」

 美桜は真莉愛に別れの挨拶をした。

「さよならって、あんた、勝手に家出していたじゃない」

「はい。心配かけてごめんなさい。今度は家出じゃない。正式に真莉愛さんと暮らしていた家から自立します」

「自立って、仕事もしていないくせに? どうせ、その男のところに転がり込んでいたんでしょ」

 真莉愛が侮蔑のまなざしで翡翠を見たので、美桜は翡翠を庇うように前に立った。

「私は確かに、この人と一緒にいるけれど、ちゃんと仕事をしています」

「馬鹿で無能なあんたに何ができるっていうのよ!」

 真莉愛が癇癪を起こした。美桜は困った表情を浮かべたが、毅然とした態度で、

「それから、真莉愛さん。以前、私から取り上げたネックレス、返してもらえませんか?」

 と、言った。真莉愛が、

「はぁ? いつの話よ。あんなの、もう捨てたし」

 と、目を剥く。

「そんな……」

 美桜は動揺したが、真莉愛はそんな美桜がおかしかったのか、鼻で笑った。その時、ニャーンと猫の鳴き声がした。美桜には聞こえたが、真莉愛には聞こえていないその声は、猫又が発したものだ。黒猫のいる方向に目を向け、美桜は小さく「あっ」と声を上げた。

 黒猫は口に、翡翠の鱗の付いたネックレスを咥えていた。美桜は急いで黒猫の元へ行くと、しゃがみこんで両手を出した。黒猫が美桜の手の中に、ネックレスをぽとりと落とす。

 美桜の行動を怪訝そうに見ていた真莉愛は、美桜がネックレスを取り返したことに気づき、しまったというように悔しそうな表情を浮かべた。
 
「真莉愛さん、さようなら。お元気で」

 美桜は立ち上がると、まっすぐな瞳で真莉愛を見つめた。

「行こう、翡翠」

 美桜を見守っていた翡翠に微笑みかける。翡翠も笑みを返し、

「そうだな」

 と頷いた。
 スタジオを出て行く二人に向かって、真莉愛が、

「あんたの顔なんて二度と見たくない! 勝手にどっかに行け!」

 負け犬の遠吠えのように、悪態をついた。

 スタジオの外に出た美桜は、胸の前でネックレスを握りしめた。
 大切な……大切な翡翠の鱗。

「翡翠、ごめんね……。なくしていて、ごめんね……」

 無事に取り返せたことに感極まり、涙の浮かんだ瞳で翡翠に謝罪すると、翡翠はネックレスを手に取り、美桜の首にかけた。

「これは戻るべくして美桜の元に戻った。美桜、泣くな。自分を虐げていた家族に許しの心で別れを告げ、誰を責めることもなく、つらい過去を乗り越えた美桜を、俺は尊敬する。美桜は姿も美しいが、心はもっと美しい」

 美桜の瞼に口づけ、髪を撫でる。二人の足元で、黒猫が機嫌良くニャァと鳴いている。

「行こう、美桜。菓子の材料をでぱぁとに買いに行くのだろう? それから、幽世に戻って、まかろんを焼いてくれ。芙蓉も待っている。他の皆も」

「うん!」

「美桜の居場所は、俺の隣だ」

 翡翠が甘い声で囁いた。見上げた美桜の視線が、翡翠の熱っぽい視線と絡み合う。

(私は幽世で生きて行く)

 美桜は愛しい龍神の手を、強く握り返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...