上 下
54 / 80
三章 婚約者

五話 白龍・芙蓉

しおりを挟む
 嵐のように騒々しく、南の紅龍が蒼天城に現れた翌日。

「おー、これが美桜の菓子か」

 蒼天堂のデパ地下で、美桜が作ったケーキを見た神楽が、目を輝かせていた。
 神楽が蒼天堂に来た目的は、『パティスリーチェリーブロッサム』の菓子を買うことだったらしい。

「このしふぉんけぇきと、しゅうくりぃむ、ぷりんをもらおう。こっちの陳列棚のじゃむも全て一個ずつくれ」

 冷蔵ショーケースの中と陳列棚を指差し、神楽が豪快に注文をする。美桜は「かしこまりました」と言って、ケーキ箱に指定された菓子を詰めていく。
 創業祭の日は紬と木綿が手伝ってくれたが、慣れてきたこともあり、今は美桜一人で店を切り盛りしている。

「こんなにたくさん食べられるんですか?」

 そろばんをはじき、合計金額を伝えた後、美桜が首を傾げて問いかけたら、

「楽勝。好敵手の店の人気商品だ。しっかりと味を知っておかないとな」

 神楽はいけしゃあしゃあと答え、代金を払った。美桜の目が半眼になる。

「今回のお買い物って、調査のためだったんですね」

 堂々としすぎていると憤慨すると、神楽は、あははと笑った。

「調査もあるが、美桜の菓子を食べたかったのは本当。創業祭の日は味見しかできなかったからなー」

「あの味、忘れられなかったんだぜ」と言われると、美桜も悪い気がせず、怒っていた気持ちが萎んでしまう。

「美桜、紅香堂に来いよ。今の倍……いいや、三倍の給金を出す」

 神楽に誘われたが、美桜は、

「遠慮しておきます」

 と答えた。神楽が「なんだよー、つれないなぁ」と唇を尖らせる。
 神楽に紙袋を渡した時、

「翡翠の婚約者の店ってどこよ!」

 突然、大きな声が聞こえてきた。びっくりして、そちらを向くと、白銀の髪を背中に垂らした美しい女性が、周囲をきょろきょろ見回しながら歩いている。綺麗な輪郭を描く顔は小さく、鼻梁は高く、銀色の瞳を彩るまつげは長い。

(絶世の美人だ……!)

 思わず息をのんでいると、神楽が、

「おー、芙蓉じゃん」

 と声を上げた。

(えっ、芙蓉さん? あの人が?)

「神楽! あなた、なぜ、こんなところにいるの?」

 芙蓉が神楽の姿に気がつき、小走りに近づいて来た。

「蒼天堂に菓子を買いに来たんだ」

「菓子? 紅香堂の支配人がわざわざ?」

 芙蓉が首を傾げる。すると、神楽は親指で美桜を指差し、

「美桜の作る菓子は特別だ。洋菓子というらしい。今まで、幽世にはなかった味だぜ」

 と、まるで自分のことのように誇らしい様子で説明をした。

「美桜……?」

 芙蓉がハッとしたように美桜の方を向き、柳眉を寄せる。美桜はおずおずと、

「初めまして。蒼天城でお世話になっている美桜です」

 と頭を下げた。芙蓉はじろじろと美桜の姿を見ると、

「あなたが、翡翠の婚約者だって名乗っているという娘なのね」

 と言って、腕を組んだ。

「あっ、その……な、名乗っているわけでは……」

 芙蓉の鋭いまなざしに気圧されて、美桜はしどろもどろに否定したが、

「芙蓉、よく知ってるじゃん」

 と、神楽が感心したような声を上げた。

「こないだの蒼天堂の創業祭、西のあやかしたちも、たくさんの者が買い物に来ていたの。それで、蒼天堂の支配人の婚約者を名乗る娘が、美味な菓子店を開いたっていう噂が流れてね。この私、芙蓉という婚約者がいるのに、翡翠が浮気をしただとか、菓子屋の娘が翡翠をたぶらかしただとか、西の領地では面白おかしく話が広がっているわけ。私は真相を突き止めるために来たのよ」

 芙蓉が、ふんと鼻を鳴らす。美人が怒っていると迫力があり、美桜は首をすくめた。

「で、どういうこと? あなた、本当に翡翠をたぶらかしたの?」

 芙蓉が冷蔵ショーケースの上に身を乗り出し、美桜は一歩後退した。

「た、たぶらかしたとか……そういうわけではなくて」

「じゃあ、どういうわけなのよ。はっきり言いなさいよ」

「翡翠は、私の恩人で……」

 芙蓉の追求にたじろいでいると、

「あのぅ、すみません。お菓子が欲しいんですけど……」

 横から、女性客が声をかけてきた。神楽が、

「とりあえず、芙蓉。話は後にしようぜ。美桜の商売の邪魔だ」

 と、芙蓉の襟首を引っ張る。

「神楽! 引っ張らないでよ!」

 芙蓉はすぐさま神楽の手を振り払い、

「確かに、仕事中のあなたを邪魔するのは、いけないことね。私は蒼天城にいるから、仕事が終わったら来なさい。逃げるんじゃないわよ」

 と、びしっと美桜を指差すと、「行くわよ」と神楽を引き連れて去って行った。

(後で、何を言われるんだろう……)

 翡翠が美桜を婚約者扱いしているという話は、美桜の知らないところで広がっていたらしい。きっと芙蓉は気を悪くしたに違いない。

(ごめんなさい、芙蓉さん……)

 美桜は心の中で芙蓉に謝罪した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】フェリシアの誤算

伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。 正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

処理中です...