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二章 洋菓子作り
十九話 自信を持って
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それから美桜は、毎朝、菓子作りの練習をした。元々料理が得意だったこともあり、すぐに慣れ、手際も良くなり、色々な菓子を作れるようになった。
作りながら考えることは、蒼天堂のデパ地下で洋菓子店を始めた時、どんな商品を出すのが良いかということだ。
(とりあえず、バターをたくさん使うお菓子と、生クリームを使うお菓子は却下。とすると、やっぱりシフォンケーキとかシュークリームとかかな。カスタードクリームなら、生クリームを使わずに作れるし……。プリンも牛乳だけで作れそう)
「蒼天堂の創業祭、か……」
創業祭の日は、一日一日と近づいている。あれ以来、翡翠からその話は聞かないが、美桜の心の中には、創業祭の日に洋菓子店を開いて欲しいという翡翠の願いが引っかかっていた。
(恩のある翡翠のお願いだもの。叶えてあげたい。でも……)
自信がない。
小さく溜め息をついた時、
「みーおっ」
厨房に湖月が入って来た。
「湖月さん、おはようございます」
「おはよう。今朝も、美桜の菓子を目当てに来たよ」
最近、湖月は、焼きたての菓子を目当てに、美桜の様子を見に来ることが増えた。
「今日は何を作っているんだい?」
近づいてきて美桜の手元をのぞき込み、問いかける。
「メレンゲ菓子です」
「めれんげ。へええ」
メレンゲ菓子は、卵白と砂糖とコーンスターチで作ることのできる菓子だ。絞り袋に入れたたねを、くるりくるりと器用に鉄板に絞り出していく美桜の手元を、湖月が感心した面持ちで眺めている。
「美桜は本当にマメだねぇ。菓子作りって言うのは、正確に分量を量らなければならないんだろ? ふるったり混ぜたり絞り出したり、こんなに面倒くさくて、ややこしい過程をこなせるんだから、すごいよ」
「そんなことはないですよ。私は要領も悪くて、馬鹿な人間なんです。レシピ本の通りに作っているだけです」
美桜が謙遜と自虐を込めて笑うと、湖月がすっと真面目な顔になった。
「美桜は前にも自分のことをそう言っていたけど、もしかして、誰かにそう言われたことがあるのかい?」
「……叔母といとこに、よく言われていました」
現世にいた時のことを、久しぶりに思い出した。
――あんたは何もできないグズだ。頭の悪いあんたは、私たちの言うことだけを聞いていればいい。
そう言われ続けて七年。植え付けられた劣等感は、美桜の中からはなかなか消えない。
湖月は暗い表情を浮かべた美桜を見て、吐息をした。
「美桜。侮辱を素直に受け入れなくていいんだよ。あんたの叔母といとこは、美桜を蔑むことで、自尊心を満足させていたんだ。あんたは、馬鹿な子じゃない。できる子だ。あたしが火傷をした時も、見事に厨房を仕切ったじゃないか」
そして美桜の目を優しく見つめ、
「美桜は蒼天堂で菓子店を開くんだろう? そんな風に思いながら作る菓子なら、買いに来てくれる客にも悪いよ」
と、言い聞かせた。
湖月の言葉に、美桜はハッとした。
(自信のない私のお菓子を販売しようだなんて、思い上がりもいいところだ)
「あたしは美桜の菓子が早く幽世のあやかしたちの間に広まればいいと思っているよ。きっと大人気になる。自信を持つんだ」
「で、でも……私、自信なんて」
湖月は、ふるふると首を振った美桜の額をピンと指で弾いた。
「なんて、って言葉はダメ。自分で自分を貶める言葉だ」
「自分で自分を貶める……」
美桜は額を押さえながら、湖月の言葉を繰り返す。
「翡翠様は創業祭に菓子店を開いて欲しいと言っていたんだろう? やってみたらどうだい?」
「半月後ですよ。そんなの無理です!」
「無理じゃない。前にも言っただろう? 人を頼るんだ。あたしは喜んで手を貸すよ。成し遂げられたら、きっと、美桜の自信になる」
「成し遂げられる……でしょうか……」
頼りなげな美桜に、
「美桜なら大丈夫!」
湖月が太鼓判を押す。力強い湖月の励ましに、美桜の胸中に僅かに自信が宿った。
(私は翡翠に恩返しがしたい。翡翠が喜んでくれることをしたい)
「私……頑張って、みたい……」
小さな声でそう言うと、湖月はにっこりと笑い、
「その意気だ」
と、美桜の背中を、バシンと叩いた。
作りながら考えることは、蒼天堂のデパ地下で洋菓子店を始めた時、どんな商品を出すのが良いかということだ。
(とりあえず、バターをたくさん使うお菓子と、生クリームを使うお菓子は却下。とすると、やっぱりシフォンケーキとかシュークリームとかかな。カスタードクリームなら、生クリームを使わずに作れるし……。プリンも牛乳だけで作れそう)
「蒼天堂の創業祭、か……」
創業祭の日は、一日一日と近づいている。あれ以来、翡翠からその話は聞かないが、美桜の心の中には、創業祭の日に洋菓子店を開いて欲しいという翡翠の願いが引っかかっていた。
(恩のある翡翠のお願いだもの。叶えてあげたい。でも……)
自信がない。
小さく溜め息をついた時、
「みーおっ」
厨房に湖月が入って来た。
「湖月さん、おはようございます」
「おはよう。今朝も、美桜の菓子を目当てに来たよ」
最近、湖月は、焼きたての菓子を目当てに、美桜の様子を見に来ることが増えた。
「今日は何を作っているんだい?」
近づいてきて美桜の手元をのぞき込み、問いかける。
「メレンゲ菓子です」
「めれんげ。へええ」
メレンゲ菓子は、卵白と砂糖とコーンスターチで作ることのできる菓子だ。絞り袋に入れたたねを、くるりくるりと器用に鉄板に絞り出していく美桜の手元を、湖月が感心した面持ちで眺めている。
「美桜は本当にマメだねぇ。菓子作りって言うのは、正確に分量を量らなければならないんだろ? ふるったり混ぜたり絞り出したり、こんなに面倒くさくて、ややこしい過程をこなせるんだから、すごいよ」
「そんなことはないですよ。私は要領も悪くて、馬鹿な人間なんです。レシピ本の通りに作っているだけです」
美桜が謙遜と自虐を込めて笑うと、湖月がすっと真面目な顔になった。
「美桜は前にも自分のことをそう言っていたけど、もしかして、誰かにそう言われたことがあるのかい?」
「……叔母といとこに、よく言われていました」
現世にいた時のことを、久しぶりに思い出した。
――あんたは何もできないグズだ。頭の悪いあんたは、私たちの言うことだけを聞いていればいい。
そう言われ続けて七年。植え付けられた劣等感は、美桜の中からはなかなか消えない。
湖月は暗い表情を浮かべた美桜を見て、吐息をした。
「美桜。侮辱を素直に受け入れなくていいんだよ。あんたの叔母といとこは、美桜を蔑むことで、自尊心を満足させていたんだ。あんたは、馬鹿な子じゃない。できる子だ。あたしが火傷をした時も、見事に厨房を仕切ったじゃないか」
そして美桜の目を優しく見つめ、
「美桜は蒼天堂で菓子店を開くんだろう? そんな風に思いながら作る菓子なら、買いに来てくれる客にも悪いよ」
と、言い聞かせた。
湖月の言葉に、美桜はハッとした。
(自信のない私のお菓子を販売しようだなんて、思い上がりもいいところだ)
「あたしは美桜の菓子が早く幽世のあやかしたちの間に広まればいいと思っているよ。きっと大人気になる。自信を持つんだ」
「で、でも……私、自信なんて」
湖月は、ふるふると首を振った美桜の額をピンと指で弾いた。
「なんて、って言葉はダメ。自分で自分を貶める言葉だ」
「自分で自分を貶める……」
美桜は額を押さえながら、湖月の言葉を繰り返す。
「翡翠様は創業祭に菓子店を開いて欲しいと言っていたんだろう? やってみたらどうだい?」
「半月後ですよ。そんなの無理です!」
「無理じゃない。前にも言っただろう? 人を頼るんだ。あたしは喜んで手を貸すよ。成し遂げられたら、きっと、美桜の自信になる」
「成し遂げられる……でしょうか……」
頼りなげな美桜に、
「美桜なら大丈夫!」
湖月が太鼓判を押す。力強い湖月の励ましに、美桜の胸中に僅かに自信が宿った。
(私は翡翠に恩返しがしたい。翡翠が喜んでくれることをしたい)
「私……頑張って、みたい……」
小さな声でそう言うと、湖月はにっこりと笑い、
「その意気だ」
と、美桜の背中を、バシンと叩いた。
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