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二章 洋菓子作り
十八話 不意打ちのキス
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最上階の翡翠の部屋へ行き、扉をノックすると、中から「はい」という声が聞こえた。そっと押し開け、顔をのぞかせた美桜を見て、
「美桜。おはよう。朝からどうした?」
翡翠が穏やかな笑顔を向ける。早朝から仕事をしていたのか、書斎机の前に座っている翡翠に歩み寄る。
「今日はシフォンケーキを作ってみたから、味見をしてもらおうと思って持って来たの」
翡翠は皿を持つ美桜の手元を見て、感心した表情を見せた。
「そうか、美桜は今日も朝から菓子を作っていたのだな」
「食べてくれる?」
「もちろん」
美桜が机の上に皿と匙を置くと、翡翠はめずらしそうに、
「この白いのと、とろっとしたものは何だ?」
と問いかけた。
「生クリームと桃ジャムだよ。シフォンケーキと一緒に食べてみて」
「分かった」
翡翠は匙を取り上げたが、顎に手を当て考え込んだ後、匙を美桜の方へ返した。
もしかして、生クリームと桃ジャムが好みではなかったのだろうかと、残念な気持ちで匙を受け取った美桜に向かって、翡翠は、
「美桜に食べさせて欲しい」
と、さらりと要求した。
「えっ」
固まった美桜の顔が面白かったのか、翡翠の口角が上がる。
「ほら」
翡翠が自分の唇にトントンと指を当てた後、口を開けた。
(これって、あーんっていうやつ? ど、どうしよう……)
おろおろしていると、
「美桜、早く」
と、急かされた。翡翠が口を閉じそうになかったので、美桜は匙にシフォンケーキをのせると、おずおずと翡翠の方へ差し出した。翡翠が、ぱくんと匙を口に入れる。
「今日の菓子もうまい」
翡翠は「あーん」をしてくれだなんて言わないタイプに見えるのに。翡翠に甘えられ、美桜の頬が熱を持つ。
「では、今度は俺が」
翡翠は真っ赤になっている美桜の手から匙を取ると、皿からシフォンケーキを掬い、立ち上がって美桜の口元に差し出した。
「えっ……」
「ほら、早く食べないと、落ちてしまうぞ」
確かに、匙の上のシフォンケーキはバランスが悪く、生クリームとジャムが今にもこぼれそうだ。美桜は「えいっ」と、シフォンケーキを口に入れた。ジャムと生クリームの甘さが、口内に広がる。その甘さ以上に、美桜を見つめる翡翠のまなざしが甘い。
美桜の鼓動が早くなった。恥ずかしさに俯こうとした時、翡翠が指摘をした。
「口元にくりぃむが付いている」
「えっ、どこ?」
慌ててこすり取ろうとしたら、それよりも早く、翡翠の顔が近づいた。柔らかな唇が美桜の唇の端に触れ、ぺろりと軽く舌でなめられた。
「……っ!」
「取れたぞ」
間近で翡翠が微笑んでいる。
(今のって、キス……)
美桜はもう、いっぱいいっぱいだった。
(なんでこんなことをするの? 翡翠には婚約者がいるんでしょう……?)
心の中に浮かんだ疑問を口に出すことができず、黙り込んでいると、美桜が怒ったとでも思ったのか、
「すまない、美桜。けぇきを食べる美桜が可愛かったので、ついからかってしまった」
翡翠が申し訳なさそうに謝った。
「ううん、怒ってないよ……」
美桜は火照った顔のまま、首を振る。
「の、残り、置いていくね……!」
美桜は翡翠に背中を向けると、逃げるように翡翠の部屋を後にした。
「美桜。おはよう。朝からどうした?」
翡翠が穏やかな笑顔を向ける。早朝から仕事をしていたのか、書斎机の前に座っている翡翠に歩み寄る。
「今日はシフォンケーキを作ってみたから、味見をしてもらおうと思って持って来たの」
翡翠は皿を持つ美桜の手元を見て、感心した表情を見せた。
「そうか、美桜は今日も朝から菓子を作っていたのだな」
「食べてくれる?」
「もちろん」
美桜が机の上に皿と匙を置くと、翡翠はめずらしそうに、
「この白いのと、とろっとしたものは何だ?」
と問いかけた。
「生クリームと桃ジャムだよ。シフォンケーキと一緒に食べてみて」
「分かった」
翡翠は匙を取り上げたが、顎に手を当て考え込んだ後、匙を美桜の方へ返した。
もしかして、生クリームと桃ジャムが好みではなかったのだろうかと、残念な気持ちで匙を受け取った美桜に向かって、翡翠は、
「美桜に食べさせて欲しい」
と、さらりと要求した。
「えっ」
固まった美桜の顔が面白かったのか、翡翠の口角が上がる。
「ほら」
翡翠が自分の唇にトントンと指を当てた後、口を開けた。
(これって、あーんっていうやつ? ど、どうしよう……)
おろおろしていると、
「美桜、早く」
と、急かされた。翡翠が口を閉じそうになかったので、美桜は匙にシフォンケーキをのせると、おずおずと翡翠の方へ差し出した。翡翠が、ぱくんと匙を口に入れる。
「今日の菓子もうまい」
翡翠は「あーん」をしてくれだなんて言わないタイプに見えるのに。翡翠に甘えられ、美桜の頬が熱を持つ。
「では、今度は俺が」
翡翠は真っ赤になっている美桜の手から匙を取ると、皿からシフォンケーキを掬い、立ち上がって美桜の口元に差し出した。
「えっ……」
「ほら、早く食べないと、落ちてしまうぞ」
確かに、匙の上のシフォンケーキはバランスが悪く、生クリームとジャムが今にもこぼれそうだ。美桜は「えいっ」と、シフォンケーキを口に入れた。ジャムと生クリームの甘さが、口内に広がる。その甘さ以上に、美桜を見つめる翡翠のまなざしが甘い。
美桜の鼓動が早くなった。恥ずかしさに俯こうとした時、翡翠が指摘をした。
「口元にくりぃむが付いている」
「えっ、どこ?」
慌ててこすり取ろうとしたら、それよりも早く、翡翠の顔が近づいた。柔らかな唇が美桜の唇の端に触れ、ぺろりと軽く舌でなめられた。
「……っ!」
「取れたぞ」
間近で翡翠が微笑んでいる。
(今のって、キス……)
美桜はもう、いっぱいいっぱいだった。
(なんでこんなことをするの? 翡翠には婚約者がいるんでしょう……?)
心の中に浮かんだ疑問を口に出すことができず、黙り込んでいると、美桜が怒ったとでも思ったのか、
「すまない、美桜。けぇきを食べる美桜が可愛かったので、ついからかってしまった」
翡翠が申し訳なさそうに謝った。
「ううん、怒ってないよ……」
美桜は火照った顔のまま、首を振る。
「の、残り、置いていくね……!」
美桜は翡翠に背中を向けると、逃げるように翡翠の部屋を後にした。
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