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二章 洋菓子作り

十五話 迷子

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 そのまま、赤鬼に連れ去られた美桜は、神水という水で傷口を洗ってもらい、履き物屋で新しい下駄を買ってもらった。不思議なことに、神水をかけられたら、手の傷の痛みはすっと消え、血もピタリと止まった。

「娘。申し訳なかったな」

 必要なものを買い与えると、赤鬼は美桜に手を振って行ってしまった。取り残された美桜は、周囲を見回して、途方に暮れた。

「ここ……どこ?」

 いつの間にか、市場の奥へ来ている。方角も分からなければ、人も多いので、湖月を探し出すのは難しいように感じた。

(私、一人で帰れないかも……)

 一瞬不安になったものの、遠くに蒼天城の天守閣が見えている。

(蒼天城が高い建物で良かった。あちらを目指して歩いて行けばなんとかなるかな……)

 そう考えた時、視界の端に見覚えのある姿が映り、美桜はパッと振り向いた。

「穂高さん!」

 穂高らしき人影は、すぐにテントの影に消えてしまったが、

(今の、絶対、穂高さんだった! 捕まえて、一緒に帰ってもらおう!)

 美桜は慌てて歩き出した。

「すみません、通して下さい。通して……」

 混み合っている市場の中を、人をよけながら、穂高を探す。穂高らしき頭が、少し前に見えているものの、なかなか近づけない。
 市場の出口で、ようやく穂高に追いつくことができた美桜は、

「穂高さん!」

 と、名前を呼んで腕を掴んだ。穂高がびっくりしたように振り返り、

「あなた、どうしてこのようなところに?」

 美桜を見て、大きな声を上げた。穂高の手には白百合の花が抱えられている。

「驚かせて、ご、ごめんなさい。私、湖月さんと市場を見に来たんですけど、はぐれてしまって……」

 美桜が事情を話すと、穂高は「そうか」と納得した表情を浮かべた。

「城下には治安の悪い場所もある。一人でうろうろしていると、人さらいにさらわれることもあるのだぞ。今後は気をつけろ」

(人さらいなんているんだ!)

 穂高に強い口調で注意をされて、美桜はしおらしく「はい、すみません」と頭を下げた。

「蒼天城まで、一緒に帰ってもらえませんか?」

「分かった。一人では放っておけないからな。だが、俺はその前に用事があるので、付き合ってもらうことになる」

 穂高は、やれやれといった様子で溜め息をつくと、

「大丈夫です。あっ、穂高さん、待って……」

 美桜が返事をするよりも早く、歩き出した。美桜はその後をちょこちょことついて行く。  
  
(どこへ行くのかな……?)

 美桜がいないかのように、すたすたと歩いて行く穂高との間に会話はない。
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