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二章 洋菓子作り
二話 湖月
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最上階の部屋の扉を叩き、
「翡翠、いる?」
と声をかけると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。そうっと扉を開けてみると、今日も着流しに羽織を着た翡翠が、書斎机の椅子に座って書類を読んでいた。
「お仕事中だった?」
入り口で遠慮がちに問いかけた美桜に、翡翠が、
「大したことではない」
と、顔を向ける。
「入っておいで」
手招きをされたので、美桜は頷くと、翡翠のそばへ近づいた。
「どうした?」
「あのね、昨日の話なんだけど……」
美桜は、デパ地下で洋菓子店を開くため、菓子作りの練習をしたいと翡翠に申し出た。そのために必要なものが幽世にあるのかどうかも知りたいのだと話す。すると、
「なるほど。美桜は早速、俺の頼みを前向きに考えてくれたのだな」
翡翠は、ふっと微笑み、
「食材や道具は、俺よりも料理長の方が詳しい。厨房に行ってみようか」
と、立ち上がった。
「料理長さん?」
美桜は、小首を傾げた。昨日からいただいているおいしい食事を作ってくれた人だろうか。
「厨房は階下にある。蒼天堂と蒼天城の境目の階だな。さあ、行こう」
翡翠に腰を押さえられながら、美桜は歩き出した。男性慣れしていない美桜は、体に触れられるたび、ドキドキしてしまう。
部屋を出た二人は、最上階のフロアから、四階下へと下りた。四階下のフロアは簡素な造りで、蒼天堂の制服の、紺色の着物にフリルの付いたエプロンを着けた女性たちや、袴姿の男性たちが行き交っていた。彼らは、翡翠の姿を見つけると立ち止まり、通り過ぎるまで頭を下げた。
「ここは蒼天堂の従業員専用の階だ。休憩室や食堂、事務所、発電室などがある。蒼天堂で働いている者たちは、無料で昼食が食べられる」
「すごいね!」
福利厚生のしっかりした職場だと、美桜は感心した。
「料理長さんは、食堂にいるの?」
「ああ。蒼天堂の従業員の食事と、蒼天城で働く使用人、それから、俺や美桜の食事も作ってくれている」
(どんなあやかしなのかな?)
美桜が想像していると、開きっぱなしになっている扉の前で立ち止まり、翡翠が中をのぞき込んだ。
「ああ、ほら、美桜。ここが厨房だ。湖月、いるか?」
「おや、翡翠様」
呼ばれたことに気がついたのか、着物に割烹着姿の女性が振り返った。肩より少し上で切りそろえられた、金色の髪の間から、ぴょこんと三角の耳が飛び出ている。お尻には尻尾が生えていたが、複数あり、赤いリボンで結び留められていた。
(リボン、可愛い)
美桜は彼女を見て、「おしゃれさんなのかな」と考えた。
厨房は広く、湖月の他にも、同じく割烹着姿の女性が二人、働いていた。彼女たちにも耳と尻尾が生えていたが、尻尾は一本だった。
(狐のあやかし?)
部屋の隅には煙突の付いた竈があり、大きな釜が掛けられていた。煙突の先は壁の中なので、屋外へ排煙できる造りになっているのだろう。かと思えば、IH調理器のようなプレートがあり、女性のあやかしがその前で、天ぷら衣をつけた魚を油で揚げていた。プレートは何枚かあるようで、もう一人の女性は汁物を作っている。
美桜は、蒼天堂の電力が雷獣というあやかしの力でまかなわれているという話を思い出した。きっとIH調理器(?)を動かしているエネルギーも、雷獣によるものなのだろう。
厨房はオープンキッチンになっており、カウンターの向こう側には食堂が見えた。あちらで従業員が食事をとるのに違いない。
「翡翠、いる?」
と声をかけると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。そうっと扉を開けてみると、今日も着流しに羽織を着た翡翠が、書斎机の椅子に座って書類を読んでいた。
「お仕事中だった?」
入り口で遠慮がちに問いかけた美桜に、翡翠が、
「大したことではない」
と、顔を向ける。
「入っておいで」
手招きをされたので、美桜は頷くと、翡翠のそばへ近づいた。
「どうした?」
「あのね、昨日の話なんだけど……」
美桜は、デパ地下で洋菓子店を開くため、菓子作りの練習をしたいと翡翠に申し出た。そのために必要なものが幽世にあるのかどうかも知りたいのだと話す。すると、
「なるほど。美桜は早速、俺の頼みを前向きに考えてくれたのだな」
翡翠は、ふっと微笑み、
「食材や道具は、俺よりも料理長の方が詳しい。厨房に行ってみようか」
と、立ち上がった。
「料理長さん?」
美桜は、小首を傾げた。昨日からいただいているおいしい食事を作ってくれた人だろうか。
「厨房は階下にある。蒼天堂と蒼天城の境目の階だな。さあ、行こう」
翡翠に腰を押さえられながら、美桜は歩き出した。男性慣れしていない美桜は、体に触れられるたび、ドキドキしてしまう。
部屋を出た二人は、最上階のフロアから、四階下へと下りた。四階下のフロアは簡素な造りで、蒼天堂の制服の、紺色の着物にフリルの付いたエプロンを着けた女性たちや、袴姿の男性たちが行き交っていた。彼らは、翡翠の姿を見つけると立ち止まり、通り過ぎるまで頭を下げた。
「ここは蒼天堂の従業員専用の階だ。休憩室や食堂、事務所、発電室などがある。蒼天堂で働いている者たちは、無料で昼食が食べられる」
「すごいね!」
福利厚生のしっかりした職場だと、美桜は感心した。
「料理長さんは、食堂にいるの?」
「ああ。蒼天堂の従業員の食事と、蒼天城で働く使用人、それから、俺や美桜の食事も作ってくれている」
(どんなあやかしなのかな?)
美桜が想像していると、開きっぱなしになっている扉の前で立ち止まり、翡翠が中をのぞき込んだ。
「ああ、ほら、美桜。ここが厨房だ。湖月、いるか?」
「おや、翡翠様」
呼ばれたことに気がついたのか、着物に割烹着姿の女性が振り返った。肩より少し上で切りそろえられた、金色の髪の間から、ぴょこんと三角の耳が飛び出ている。お尻には尻尾が生えていたが、複数あり、赤いリボンで結び留められていた。
(リボン、可愛い)
美桜は彼女を見て、「おしゃれさんなのかな」と考えた。
厨房は広く、湖月の他にも、同じく割烹着姿の女性が二人、働いていた。彼女たちにも耳と尻尾が生えていたが、尻尾は一本だった。
(狐のあやかし?)
部屋の隅には煙突の付いた竈があり、大きな釜が掛けられていた。煙突の先は壁の中なので、屋外へ排煙できる造りになっているのだろう。かと思えば、IH調理器のようなプレートがあり、女性のあやかしがその前で、天ぷら衣をつけた魚を油で揚げていた。プレートは何枚かあるようで、もう一人の女性は汁物を作っている。
美桜は、蒼天堂の電力が雷獣というあやかしの力でまかなわれているという話を思い出した。きっとIH調理器(?)を動かしているエネルギーも、雷獣によるものなのだろう。
厨房はオープンキッチンになっており、カウンターの向こう側には食堂が見えた。あちらで従業員が食事をとるのに違いない。
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