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一章 幽世へ
十五話 幽世
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(真っ暗! どんどん落ちていく……!)
美桜は翡翠の背中にしがみついたまま、口から漏れそうになる悲鳴を、必死に堪えていた。
龍穴の中は真っ暗で、まるで奈落へ向かっているような心持ちになる。
走馬灯のように、叔父と叔母の家で暮らした七年間の記憶が蘇った。隆俊の顔、千雅の顔、真莉愛の顔。浴びせられた嘲笑の言葉や、叩かれた時の頬の痛み。いつの間にか負っていた、心の傷まで――。
突如、暗闇が晴れた。気がつくと、美桜は星の輝く夜空の中にいた。
眼下を見れば、そちらも星が瞬いているかのように明かりが煌めいている。
(ここが、幽世?)
穴を超えてきたとは思えないほど広い世界に、美桜は驚愕した。
「驚いたか?」
龍の姿のまま、翡翠が美桜に声をかけた。
「はい。地下にこんな世界があるなんて、思いもしませんでした」
「正確には地下ではない。龍穴を通りることによって、次元が変わったとでも言おうか」
美桜は、翡翠が幽世を「異世界」と表現したことを思い出した。
「すぐに着く。待っていろ」
「着くって、どこにですか?」
美桜が、心持ち龍の顔の方へ身を乗り出しながら問いかけると、
「我が家だ」
翡翠は前方を見つめながら答えた。
「翡翠様の家……」
眼下に、一際、明るい場所が現れた。翡翠が高度を下げ、その光に向かって飛んで行く。近づいて行くにつれ、それは大きな楼閣だと分かった。
(何階建てなんだろう! まるでお城みたい!)
見たところ、木造建築のようだ。朱色の壁と、緑色の瓦屋根の建物は、日本風と中華風を掛け合わせ、二で割ったような雰囲気がある。屋上には天守閣のような部分と、広いバルコニーがあった。翡翠はまっすぐに、バルコニーに舞い降りて行く。
「着いたぞ」
(ここが翡翠様の家?)
美桜が翡翠の背から滑り降りると、その瞬間、龍の姿が消え、美しい青年が現れた。周囲を見回している美桜の考えを察したのか、翡翠が、
「ここは蒼天城。別名、蒼天堂ともいう。俺の住む城だ」
と、微笑んだ。
「すごく立派なおうちですね」
城という名前にふさわしい。きょろきょろしている美桜を見て、翡翠は、くすりと笑い、
「ようこそ、美桜。我らの幽世へ」
と、手を差し出した。歓迎の握手ということかなと、美桜がおずおずと翡翠の方へ腕を伸ばすと、翡翠は、すっと美桜の手を取り、軽く握った。そのまま、エスコートをするように歩き出す。その時、
「翡翠様、お帰りなさいませ」
と、着物姿の青年がバルコニーへ出てきた。黒髪に黒い瞳で、生真面目そうな雰囲気の青年は、翡翠よりも若く見える。
「穂高。ただいま」
穂高と呼ばれた青年は、翡翠と美桜のそばに駆け寄ってくると、美桜を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「翡翠様、その娘は何者なのですか? 人間のように見えますが……。もしや、落とされてきた人間ですか?」
穂高の目がすっと細くなった。
(落とされてきたってどういうことだろう? 翡翠様が、ここはあやかしの世界だと言っていたから、この人もあやかしなのかな?)
翡翠に誘われるままついて来てしまったが、あやかしの世界に人間が入り込むということがどういうことなのか、美桜は今になって不安に思った。すると、美桜の不安を感じ取ったのか、翡翠が耳元で、
「大丈夫だ」
と囁いた。そして穂高に向き直ると、
「この娘は違う。俺が現世から連れて来た。美桜という。俺の婚約者だ」
と説明した。
「翡翠様が連れて来た婚約者……?」
穂高が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、翡翠と美桜の顔を見比べた。確かに翡翠は、美桜を嫁にすると言って、幽世へ連れてきた。美桜も勢いで嫁になると答えたものの、あらためてそういう紹介をされると、うろたえてしまう。
(翡翠様は龍神様なのに、私、恐れ多くも、お嫁になるなんて言ってしまって……どうしよう。身分不相応だったかもしれない)
「というわけだから、穂高。今後、美桜を丁重に扱うように。美桜にすぐに部屋を用意しろ。一番いい客室だ。それと、軽食と風呂の用意。ああ、着替えも必要だな」
翡翠はテキパキと穂高に命じている。
「かしこまりました。至急、ご用意致します」
執事のように頭を下げた穂高に、美桜は、
「す、すみません……」
小さな声で礼を言った。
美桜は翡翠の背中にしがみついたまま、口から漏れそうになる悲鳴を、必死に堪えていた。
龍穴の中は真っ暗で、まるで奈落へ向かっているような心持ちになる。
走馬灯のように、叔父と叔母の家で暮らした七年間の記憶が蘇った。隆俊の顔、千雅の顔、真莉愛の顔。浴びせられた嘲笑の言葉や、叩かれた時の頬の痛み。いつの間にか負っていた、心の傷まで――。
突如、暗闇が晴れた。気がつくと、美桜は星の輝く夜空の中にいた。
眼下を見れば、そちらも星が瞬いているかのように明かりが煌めいている。
(ここが、幽世?)
穴を超えてきたとは思えないほど広い世界に、美桜は驚愕した。
「驚いたか?」
龍の姿のまま、翡翠が美桜に声をかけた。
「はい。地下にこんな世界があるなんて、思いもしませんでした」
「正確には地下ではない。龍穴を通りることによって、次元が変わったとでも言おうか」
美桜は、翡翠が幽世を「異世界」と表現したことを思い出した。
「すぐに着く。待っていろ」
「着くって、どこにですか?」
美桜が、心持ち龍の顔の方へ身を乗り出しながら問いかけると、
「我が家だ」
翡翠は前方を見つめながら答えた。
「翡翠様の家……」
眼下に、一際、明るい場所が現れた。翡翠が高度を下げ、その光に向かって飛んで行く。近づいて行くにつれ、それは大きな楼閣だと分かった。
(何階建てなんだろう! まるでお城みたい!)
見たところ、木造建築のようだ。朱色の壁と、緑色の瓦屋根の建物は、日本風と中華風を掛け合わせ、二で割ったような雰囲気がある。屋上には天守閣のような部分と、広いバルコニーがあった。翡翠はまっすぐに、バルコニーに舞い降りて行く。
「着いたぞ」
(ここが翡翠様の家?)
美桜が翡翠の背から滑り降りると、その瞬間、龍の姿が消え、美しい青年が現れた。周囲を見回している美桜の考えを察したのか、翡翠が、
「ここは蒼天城。別名、蒼天堂ともいう。俺の住む城だ」
と、微笑んだ。
「すごく立派なおうちですね」
城という名前にふさわしい。きょろきょろしている美桜を見て、翡翠は、くすりと笑い、
「ようこそ、美桜。我らの幽世へ」
と、手を差し出した。歓迎の握手ということかなと、美桜がおずおずと翡翠の方へ腕を伸ばすと、翡翠は、すっと美桜の手を取り、軽く握った。そのまま、エスコートをするように歩き出す。その時、
「翡翠様、お帰りなさいませ」
と、着物姿の青年がバルコニーへ出てきた。黒髪に黒い瞳で、生真面目そうな雰囲気の青年は、翡翠よりも若く見える。
「穂高。ただいま」
穂高と呼ばれた青年は、翡翠と美桜のそばに駆け寄ってくると、美桜を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「翡翠様、その娘は何者なのですか? 人間のように見えますが……。もしや、落とされてきた人間ですか?」
穂高の目がすっと細くなった。
(落とされてきたってどういうことだろう? 翡翠様が、ここはあやかしの世界だと言っていたから、この人もあやかしなのかな?)
翡翠に誘われるままついて来てしまったが、あやかしの世界に人間が入り込むということがどういうことなのか、美桜は今になって不安に思った。すると、美桜の不安を感じ取ったのか、翡翠が耳元で、
「大丈夫だ」
と囁いた。そして穂高に向き直ると、
「この娘は違う。俺が現世から連れて来た。美桜という。俺の婚約者だ」
と説明した。
「翡翠様が連れて来た婚約者……?」
穂高が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、翡翠と美桜の顔を見比べた。確かに翡翠は、美桜を嫁にすると言って、幽世へ連れてきた。美桜も勢いで嫁になると答えたものの、あらためてそういう紹介をされると、うろたえてしまう。
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「というわけだから、穂高。今後、美桜を丁重に扱うように。美桜にすぐに部屋を用意しろ。一番いい客室だ。それと、軽食と風呂の用意。ああ、着替えも必要だな」
翡翠はテキパキと穂高に命じている。
「かしこまりました。至急、ご用意致します」
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「す、すみません……」
小さな声で礼を言った。
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