龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

文字の大きさ
上 下
14 / 80
一章 幽世へ

十四話 嫁になれ

しおりを挟む
 龍穴神社へ辿り着くと、満月の明かりのみの境内は暗かった。昼間の雰囲気とは違い、薄気味が悪い。美桜は一瞬躊躇したものの、翡翠に会いたい一心で玉垣に近づいた。
 すると、本殿の前に、一人の男性が立っていた。

「翡翠様……!」

 美桜は翡翠の元へ走り寄ると、思わず縋り付いていた。

「どうしたのだ、美桜? 鱗を通して、美桜が叫ぶ声が聞こえてきたので、何かあったのかと思い、出てきた」

 翡翠は美桜の顎に手を当てると、上向かせ、心配そうな面持ちで顔をのぞき込んだ。普段、クールな翡翠にしては、めずらしい表情だった。

「ご、ごめん、なさい……翡翠様……私、私……」

 美桜の目に涙が浮かぶ。声を詰まらせ、謝罪を口にする美桜に、

「落ち着け、美桜。ゆっくりでいいから、何があったか話してくれ」

 翡翠が優しく声をかけ、トントンと背中を叩いた。子供をあやすような翡翠の仕草に、美桜の嗚咽が次第に収まっていく。ようやく落ち着いて声を出せるようになると、美桜は自分の身の上と、今夜家で起こったことを包み隠さず話した。

 長い美桜の話が終わると、翡翠は、

「……美桜はずっとつらかったのだな」 
  
 と、髪を撫でた。

(そうか。私はつらかったのか)

 養ってもらってありがたいと思っていた。叔父や叔母に感謝しこそすれ、つらいと思ってはいけないと――それは恩義に反することだからと、耐えていたことに気がつき、美桜の目に再び涙が浮かんだ。

「美桜。これからどうしたい?」

 翡翠に問いかけられ、美桜は翡翠を見つめた。

「家に帰りたいか?」

 海色の瞳の中に、慈愛に満ちた光を見つけ、美桜は思わず、

「……帰りたく、ない」

 と、つぶやいていた。

「それでは、美桜。俺と来い」

「どこへ?」

 翡翠の誘いに首を傾げる。すると、翡翠は、

「幽世へ」

 と微笑んだ。

「幽世? 私が行ってもいいのですか……?」

「俺の嫁になるのなら、連れて行ってやろう」

 翡翠が発した言葉に、美桜の目が見開かれる。

「嫁?」

 翡翠は、動揺している美桜の耳元で、

「昔から、異界へ行ける人間は、人ではないものに嫁ぐ者だけだと決まっているのだよ」

 内緒話をするように、囁いた。

「はい……はい、私、翡翠様のお嫁さんになります。だから連れて行って……!」

 恐れることもなく美桜が翡翠に懇願すると、翡翠は、

「了承した」

 と答え、青銀色の龍の姿に変わった。美桜はいつの間にかその背に乗っていて、

「美桜、しっかり掴まっておけ」

 翡翠の言葉通り、龍の体に抱きついた。そして、龍は舞い上がり、吸い込まれるように龍穴の中へと飛び込んで行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...