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一章 幽世へ

二話 美桜と真莉愛

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 慌ただしく外出準備をし、家を出ると、美桜は少し離れた場所にある、地下鉄の駅へと向かった。
 真莉愛が撮影をしているスタジオは、地下鉄を乗り換えて三十分ほど行った先にある。

「ええと、どこだっけ。確か、地図では……」

 地下鉄の駅から地上に上がり、千雅のスマホで覚えたスタジオの場所を思い返す。美桜はスマホなど高級なものは持たせてもらっていないので、今ここで地図を確認することはできないのだ。自分の記憶力だけが頼りだった。
 繁華街からも近いこの場所はビルが多く、オフィスも集まっている。今は八月。夏真っ盛りで日差しがキツい。アスファルトが熱を持っているのか、歩くと汗ばんでくる。ここしばらく雨は降っておらず、美桜は、先日見たニュースで、どこかのダムの水位が下がっていると報道されていたことを思い出した。

  何度か道を間違えながらもスタジオの入るビルを探し出すと、撮影が行われている部屋へ向かい、遠慮がちに扉を叩いた。
 少しの間の後、内側から扉が開き、髪を頭の上でおだんごにした若い女性が顔を出した。美桜を見てきょとんとした表情を浮かべている。美桜はおどおどと、

「わ、私、盛田もりた真莉愛さんのいとこです。真莉愛さんの忘れ物を届けに来ました」

 と説明した。女性が「そうなんだ、真莉愛ちゃんの」と、にこっと笑い、

「中へどうぞ」

 と、美桜を手招いた。クーラーの効いたスタジオに入ると、美桜は別世界に来たように目がくらんだ。
 スタジオの一角に、たくさんの衣装が吊り下げられている。華やかなワンピース、鮮やかな色合いのスカート、おしゃれなルームウェア。美桜が着たこともないような服ばかりだ。
 磨りガラスの窓を通すと真夏の太陽の光も柔らかくなるのか、スタジオの中は適度な明るさだった。その中で、真っ白のキャミソールワンピースを身につけた真莉愛が、カメラを向けられ、女性モデルと男性モデルと一緒にポーズを取っていた。リズミカルなシャッター音に合わせて、真莉愛は次々とポーズを変える。輝くような笑顔に、美桜は見とれた。

 ひとしきり撮影が終わると、先程の女性が真莉愛を手招いた。

「真莉愛ちゃん。いとこの子が来てるよ」

 真莉愛の視線が、入り口のそばで固まっていた美桜に向いた。その途端、先程の天使のような笑顔が豹変し、蔑むようなまなざしに変わった。

「美桜、何、こんなところに来てんの?」

「あ、え、ええと……叔母様に言われて、スマホを届けに……」

 美桜は急いで、くたびれたトートバッグの中から、ラインストーンで飾られたスマホを取り出した。真莉愛の眉間に皺が寄る。

「二個持ちしてるから、必要なかったのに。そっち、男との連絡用だし」

「えっ……」

 真莉愛には、何人もの男友達がいる。中には社会人もいて、食事に行ったり、仕事帰りによく車で送ってもらったりしていることを、美桜も知っていた。

「あ、そ、そうなんだ……」

 真莉愛は鼻を鳴らした後、固まっている美桜の手から、さっとスマホを取り上げた。まるで、汚い者が触ったかのように、服でスマホを拭いている。

「じゃ、じゃあ、私……」

「帰ります」と言いかけた時、

「ねえ、真莉愛。その子、誰?」

 先程、真莉愛と一緒に撮影をしていた女性モデルと男性モデルが近づいてきた。美桜の方を、興味津々といった表情で見つめている。

「ああ、こいつ、いとこ」

 真莉愛は親指で美桜を指差すと、嫌そうに説明をした。女性モデルと男性モデルが、「へえ~」と興味深げな顔をする。

「全然、似てな~い。ダッサ。眉毛ボサボサじゃん」

「君、顔色悪いね。真莉愛、この子、本当に君のいとこなの? 遺伝子感じない」

 女性モデルと男性モデルに「あはは」と笑われて、美桜は羞恥で赤くなった。

「し、失礼しますっ」

 くるりと背中を向け、スタジオを飛び出す。

 真莉愛は綺麗だ。貧相な美桜といとこだと思えないほどに。
 モデルになったのも、街を歩いていてスカウトをされたからだ。
 彼女は美しい。だから、両親からも、男性からも、友人からも愛される。
 気がおかしい美桜は、誰からも愛されない。
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