カーテンコールは舞台の外で

野良

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「んっ…はぁ…」

和哉と一緒に屋上で昼食をとるようになってから、食後は決まってキスをされるのが日課になっていた。

「ぷはっ……あっ、まって!舌入れるなってば…」

最初は挨拶のような軽いキスも日を追うごとに激しくなり、今では舌を絡ませるような激しいものになっている。

撮影でキスの経験があるとはいえ、ここまで激しいのは初めての春はいつもされるがまま、ただ必死に快楽の波に耐えるしかない。

キスは予鈴まで続き、そのあと春はすっかり反応してしまったものを一人、トイレで抜くというのがお決まりになっていた。


たぶん普通じゃないよなぁ…。

今まで友達がいなかった春だが、この状況が普通ではない事は何となく分かっていた。

それでも普通じゃないと思いつつ、拒まないでいる自分の後ろめたさもあって、結局されるがまま和哉を受け入れる日々が続いている。

こんなに意識しちゃうの俺だけなのかな。

恥ずかしさのあまりドギマギしてしまう春に対して、和哉の様子はいつもと全く変わらない。

個室の中で「はぁ~」と深い溜め息を吐いた春は、手早く身支度を整え急いで教室に向かった。




「それじゃあ文化祭でやる演劇の配役を決めたいと思います。主役のメロス、やりたい人いますか~?」

放課後、委員長の司会のもと来月の文化祭で披露する『走れメロス』の配役決めが行われ、クラス中がざわついていた。

「はい!主役はかずが良いと思いま~す!」「はーい、俺もー!」

目立つクラスメイト達がここぞとばかりに和哉を推薦し、当の本人は「えぇ…俺…?」と苦笑いを浮かべている。

うわぁ…。めんどくさ…。変装してて良かった~。

無理やり推薦される和哉を見て、春は心の底からそう思うと同時に和哉に少し同情した。

結局、クラス中からお願いされる流れになり和哉は主役のメロス役を引き受ける事になったが、準主役であるメロスの友人、セリヌンティウスは一向に決まらず最終的にくじ引きになった結果、そこで事件が起きた。


はっ……?おい…嘘だろ!?!?

くじを引き、固まる春を見て委員長が紙を覗き込む。

「あ、セリヌンティウスは…え~っと…神崎君?に決まりましたー!」

ざわついていたクラスが一瞬にしてシーンと静まる中、和哉だけが「えっ!?まじ!?やった!」と立ち上がった。

春の存在など全く気にしていなかった生徒達は「誰?」「神崎なんていたっけ?」とヒソヒソ話し始めるが、和哉の様子を見て次第に空気は変わり「頑張れよー」「プロに飲まれるなよ!」と春に声援を送りはじめる。

俺もプロだっての。

突っ込みを入れつつも嬉しいような、恥ずかしいような気待ちになった春はみんなの方を向き「あ、ありがとう」と小声で言うとペコリと頭を下げた。


「これで教室でも堂々と話せるな」

春が席に着くと、よほど嬉しいのか和哉がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「お前…面白がってるだろ。鼻の下伸びてるぞ」

「鼻の下って…。だってさ、春と話せるの嬉しいし、演劇の練習も一緒だろ?主役引き受けて良かったわ」

人の気も知らないで喜ぶ和哉を見て毒気を抜かれた春は「はぁ」と息を吐くと

「大根でも怒るなよ」

と口を尖らせた。


◇◇◇


「それで、そいつが準主役になって俺がメロスをやる事になったんです!」

「そうなんだ…」

ディープ・ブルーの撮影で一緒になった和哉は、学校での出来事を春に意気揚々と話していた。

知ってる!知ってるから!俺の良心が保たないからやめてくれー!!

今更「春翔は春です!」なんて言えない春は、顔を引きつらせながら相槌あいづちを打つ事しかできない。

「それより」

何とかして話題を変えたい春は、無理やり話をすり替える。

「今日、その…キスシーンあるけど、大丈夫?」

「あ、はい。俺は全然大丈夫です」

あっけらかんとする和哉に春は拍子抜けし「そっか」と答えた。

もしかして意識してるのって、俺だけ…?

普段通りの和哉に春は少しだけ落ち込んだが、ディレクターの「スタンバイお願いしまーす!」という声を聞いて、無理やり気持ちを切り替えた。




「はいカット!オッケーでーす!」

撮影は問題なく進み、気にしていたキスシーンも撮影前の和哉との会話を思い出すと何故か冷静になり、普段通り演じる事ができた。


早く帰ろ。

春が共演者やスタッフに「お疲れ様でした」と挨拶をしていると、スタジオ入口の方から「あれ?かおる君どうしたの?」と話し声が聞こえてきた。

「もしかして!彼氏のお迎え?」

「あはは!正解。この前デートのお誘い断っちゃったからご機嫌とりにきたんだ」

彼氏という言葉に反応した春がかおるをジッと見つめると、それに気付いたかおるが「あっ!」と声を上げ、春に駆け寄ってきた。

「春翔さんですよね!?初めまして!俺、モデルのかおると申します。いつもかずから春翔さんのお話聞いています」

いきなりニコニコと話し出すかおるに春は少し驚き「あ、ありがとうございます」と一歩後退りした。

「おい、かおる。春翔さんビックリしてるだろ。ちょっとテンション抑えろって」

いつの間にか現れた和哉が2人の間に入ると、かおるは「あ、かず!お疲れ様」と満面の笑みを浮かべた。

「もう今日終わりだよね?この前のライブの埋め合わせしようと思って、お店予約してあるからご飯行こう!」


この前のライブ…?

どうしても気になってしまった春は「あの」と言って、2人の会話に割り込んだ。

「ライブって何の…」

「あぁ!実はこの前、かずが好きなアダムってライブがあって誘われたんですけど、予定があって行けなかったんです。それで今日は埋め合わせをしようと思って」

かおるは和哉の手を引くと、春に「それじゃあ失礼します」と一礼し、「おい!待てって」という和哉の制止を無視したまま引っ張って行ってしまった。


「仲良しですよね~」

嵐のような出来事に春は唖然としていたが、スタッフに話しかけられて「そうですね」と咄嗟に答えた。

「あの2人、付き合ってるって噂もあるんですよ。本当かどうかは分からないんですけど」

一瞬、ズキッとした胸の痛みに襲われ、春は顔をしかめる。


なんだよそれ…。

ぐちゃぐちゃな感情を隠し、「あの2人ならお似合いですね」といつも通り受け流すものの、喉に何かつかえた様な気持ち悪さが一向に治らない。


やばい、なんか泣きそうかも。

春は「それじゃあ失礼します」と一礼し、誰にも見られないように足早に楽屋に向かう。


はは…なんだこの顔。情けねー。

楽屋に到着し、鏡を見た春は今にも泣きそうな顔をしている自分を見つめて失笑した。

「別に告白されたわけでも、付き合ってるわけでもないのに…。なに馬鹿みたいに意識してたんだろうな」

無理やり自己解決しようとするものの気持ちが浮上する事はなく、春の内側に影を落とした。
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