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郊外の一軒家
はじめての……にじゅうご
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思えば、自発的に人を殺したのは初めてだった。使用人達を殺し雪兎と俺を誘拐した連中の排除は、雪兎の犬としての仕事だ。雪兎を泣かせたことへの憎悪はあれど、自発的な行動とは言い難い。
「はじめてーの……」
アレもいわば初体験だな。雪風達に迷惑をかけた、恥ずべき黒歴史だが。
「きみと……ぁうぃる……? 何だっけ…………らーぶ……」
雪風に謹慎を言い渡され、雪兎の私室に帰された俺は雪兎の居ない部屋で床に大の字に寝転がり、天井を見つめて無意味な時間を過ごしていた。
「…………おーとこのーくーせに……」
うろ覚えの歌を歌いながら雪兎のことを考える。従弟の元へ行く前に雪兎と交わした会話を思い出す。
「ユキ様……」
雪兎は「話すのも嫌だ」と言った。そこから俺はどう考えたんだっけ、あぁそうだ、雪兎はきっと俺のことが嫌いになったんだと考えたんだった。自分を誘拐し殺そうとした相手への正当防衛だろうとも殺人を酷く後悔していた彼にとって、躊躇なく人を殺してみせた俺を嫌悪するのは当然だと。
「…………」
ましてや、雪兎を守るためでもないのに衝動的な殺人を犯した俺なんて、余計に嫌いだろうな。このままこうやって寝転がって雪兎を待っていたら、その話を聞いた雪兎になんて言われるだろう。何も言われないかもしれない、俺のことを無視するかも。俺に飽きたり俺を嫌いになることがあったらきっちり殺処分してくれと頼んだこともあったが、命を大切にする雪兎のことだ、どんなに嫌悪しても終生飼育を貫くだろう。
「……ダメだ」
雪兎の負担になることなどあってはならない。俺は立ち上がり、机の引き出しを漁ってカッターナイフを手に取った。刃を出して首に押し当て、ふと気付く。これでは部屋を汚してしまうことに。
「死体さえ片付ければいいようにしないと……」
刃物は絶対にダメだ。色々と体液が出てしまうらしい首吊りもよくない。溺死はどうだ? すぐに発見されれば死体は醜く膨らまず、割と片付けが楽なのでは?
「よっしゃ」
いいアイディアだと自分を褒め、早速湯船に水を溜めた。流石に洗面器じゃ浅過ぎるからな。
「……溜まった。ユキ様、今まで幸せでした……生涯あなたの好みでいられなかったこと、心の底よりお詫び致します。それでは」
部屋に戻ってパソコンに仕掛けられた監視カメラに挨拶を記録させたら、水が溜まった湯船に肩から上を沈めた。だが、いくら覚悟を決めても簡単には溺れられない、故意に水を吸えば苦しくなって自然と顔を水面に出してしまう。限界まで息を止めて意識を朦朧とさせた方が溺れやすいかな?
「…………」
俺、結構肺活量あるんだよなー、時間かかるなー、なんて考えながら頭を水に浸け続けていると、部屋の扉が勢いよく開く音がした。
「ポチ! ポチどこ!? ポチっ……」
雪兎の必死な声の後、激しい足音がこちらに近付いてきた。
「ポチ!?」
悲痛な大絶叫の直後、バゴォンッと大きな音がすぐ傍でしたかと思えば、俺は床に投げ出された。
「げほっ、げほ……え? あれ? 痛っ、何……」
手をついて起き上がる。湯船がない。手に何か刺さった、白い……何だ? 陶器の破片?
「ポチ、ポチ! 無事!?」
手に刺さった破片を見つめる俺の頭を小さな手が挟み、赤紫の瞳と目を合わさせた。
「…………よかったぁ~! 間に合ってよかった……もぉ! ポチのバカ! びっくりしたんだからね本当にっ! ポチカメラに映んないな、寝てるのかなって思ってたら急に、急に……く、首、切ろうとしたでしょ? あれ見て僕急いで部屋に……切ってないんだね、流石に怖かった? よかった……溺れようとしてたの? なんで……ポチ、何そんなに思い詰めてたの…………僕のせい?」
久しぶりに見た赤紫色の虹彩の輪郭が歪む。涙で滲んでいるんだ。
「僕が、冷たくしたから? だって、だって僕、危なくて……ぅう……ごめんね、ごめんねポチ……そんなに悩んでたなんてぇ……」
ぼろぼろ涙を零しながら、雪兎は俺の頭を強く抱き締めている。これは一体どういうことだ。
「…………ユキ様」
「んっ……なぁに、ポチ」
「……俺がお嫌いになったのでは? 触れもせず、話すのも嫌だと……俺はユキ様に嫌われたのかと、これ以上ユキ様を不快にしないために早く消えなくてはと、考えたのですが…………早とちりでしたか?」
「ポチ……! ごめんね、ごめんねっ、ごめんなさい……大好きだよ、ごめんね、もう冷たく当たったりしないからぁ……」
「………………申し訳ございませんでした」
とんだ早とちりだった。危なかった……もう少しで雪兎から大切なペットを奪ってしまうところだった、昨日の殺人といい俺は最近衝動的に動き過ぎだ。もっと冷静にならなくては。
「はじめてーの……」
アレもいわば初体験だな。雪風達に迷惑をかけた、恥ずべき黒歴史だが。
「きみと……ぁうぃる……? 何だっけ…………らーぶ……」
雪風に謹慎を言い渡され、雪兎の私室に帰された俺は雪兎の居ない部屋で床に大の字に寝転がり、天井を見つめて無意味な時間を過ごしていた。
「…………おーとこのーくーせに……」
うろ覚えの歌を歌いながら雪兎のことを考える。従弟の元へ行く前に雪兎と交わした会話を思い出す。
「ユキ様……」
雪兎は「話すのも嫌だ」と言った。そこから俺はどう考えたんだっけ、あぁそうだ、雪兎はきっと俺のことが嫌いになったんだと考えたんだった。自分を誘拐し殺そうとした相手への正当防衛だろうとも殺人を酷く後悔していた彼にとって、躊躇なく人を殺してみせた俺を嫌悪するのは当然だと。
「…………」
ましてや、雪兎を守るためでもないのに衝動的な殺人を犯した俺なんて、余計に嫌いだろうな。このままこうやって寝転がって雪兎を待っていたら、その話を聞いた雪兎になんて言われるだろう。何も言われないかもしれない、俺のことを無視するかも。俺に飽きたり俺を嫌いになることがあったらきっちり殺処分してくれと頼んだこともあったが、命を大切にする雪兎のことだ、どんなに嫌悪しても終生飼育を貫くだろう。
「……ダメだ」
雪兎の負担になることなどあってはならない。俺は立ち上がり、机の引き出しを漁ってカッターナイフを手に取った。刃を出して首に押し当て、ふと気付く。これでは部屋を汚してしまうことに。
「死体さえ片付ければいいようにしないと……」
刃物は絶対にダメだ。色々と体液が出てしまうらしい首吊りもよくない。溺死はどうだ? すぐに発見されれば死体は醜く膨らまず、割と片付けが楽なのでは?
「よっしゃ」
いいアイディアだと自分を褒め、早速湯船に水を溜めた。流石に洗面器じゃ浅過ぎるからな。
「……溜まった。ユキ様、今まで幸せでした……生涯あなたの好みでいられなかったこと、心の底よりお詫び致します。それでは」
部屋に戻ってパソコンに仕掛けられた監視カメラに挨拶を記録させたら、水が溜まった湯船に肩から上を沈めた。だが、いくら覚悟を決めても簡単には溺れられない、故意に水を吸えば苦しくなって自然と顔を水面に出してしまう。限界まで息を止めて意識を朦朧とさせた方が溺れやすいかな?
「…………」
俺、結構肺活量あるんだよなー、時間かかるなー、なんて考えながら頭を水に浸け続けていると、部屋の扉が勢いよく開く音がした。
「ポチ! ポチどこ!? ポチっ……」
雪兎の必死な声の後、激しい足音がこちらに近付いてきた。
「ポチ!?」
悲痛な大絶叫の直後、バゴォンッと大きな音がすぐ傍でしたかと思えば、俺は床に投げ出された。
「げほっ、げほ……え? あれ? 痛っ、何……」
手をついて起き上がる。湯船がない。手に何か刺さった、白い……何だ? 陶器の破片?
「ポチ、ポチ! 無事!?」
手に刺さった破片を見つめる俺の頭を小さな手が挟み、赤紫の瞳と目を合わさせた。
「…………よかったぁ~! 間に合ってよかった……もぉ! ポチのバカ! びっくりしたんだからね本当にっ! ポチカメラに映んないな、寝てるのかなって思ってたら急に、急に……く、首、切ろうとしたでしょ? あれ見て僕急いで部屋に……切ってないんだね、流石に怖かった? よかった……溺れようとしてたの? なんで……ポチ、何そんなに思い詰めてたの…………僕のせい?」
久しぶりに見た赤紫色の虹彩の輪郭が歪む。涙で滲んでいるんだ。
「僕が、冷たくしたから? だって、だって僕、危なくて……ぅう……ごめんね、ごめんねポチ……そんなに悩んでたなんてぇ……」
ぼろぼろ涙を零しながら、雪兎は俺の頭を強く抱き締めている。これは一体どういうことだ。
「…………ユキ様」
「んっ……なぁに、ポチ」
「……俺がお嫌いになったのでは? 触れもせず、話すのも嫌だと……俺はユキ様に嫌われたのかと、これ以上ユキ様を不快にしないために早く消えなくてはと、考えたのですが…………早とちりでしたか?」
「ポチ……! ごめんね、ごめんねっ、ごめんなさい……大好きだよ、ごめんね、もう冷たく当たったりしないからぁ……」
「………………申し訳ございませんでした」
とんだ早とちりだった。危なかった……もう少しで雪兎から大切なペットを奪ってしまうところだった、昨日の殺人といい俺は最近衝動的に動き過ぎだ。もっと冷静にならなくては。
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