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お盆
おかえりなさい、じゅういち
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恐怖の対象である走行中の車で眠れる訳もなく、暗闇も怖いのに車内で故意に目を瞑り続けるなんて出来る訳もなく、俺は目を見開いたまま使用人の言葉に反応しないという荒業に至った。
「ポチさーん、ポチさーん? 目ぇ開けたまんま寝たんすか? 器用っすねー! 俺も寝よ」
バカでよかった。
運転手は俺の父母の実家、そして俺が引き取られた叔父の家の三箇所を回れと言われているようで、俺は目的地を追加することは出来てもその三つをスルーすることは出来ないらしい。
「父の実家なんて行かなくてもいいでしょ。父さん学生の頃に兄貴刺して家出したんですから……俺にだって誰も会いたくないはずです」
無口な運転手に愚痴っても意味はなく、車はホテルを目指して走った。母の実家は九州だが、父の実家は首都圏なのだ。夜中移動するのは現実的ではないため、一泊が必要なのだ。
その日の夕食は久しぶりの鳥の天ぷらだった。無駄に豪華なホテルの一室で、俺は早速雪兎に電話をかけた。
『もしもし、ポチ? 最初はお母さんの実家の方だっけ? 着いた?』
「ええ、仏壇拝みました。今は市内のホテルです」
『え、おじいちゃんおばあちゃんの家に泊まらなかったの? 泊まってあげたら喜ぶのに』
「喜びませんよ。嫌われてますから」
つい事実をそのまま伝えてしまい、気まずい無言の時間に「しまった」と頭を抱えた。
『じゃあポチ、早めに帰ってくるね! 僕は嬉しいよ』
「ありがとうございます……」
気まずくしてしまったのは俺なのに、雪兎に空気を変えさせてしまった。自己嫌悪を膨らます代わりに雪兎はすごいと飼い主を褒めたたえ、精神の健康を保った。
翌朝早くから父方の実家へと向かった。半日以上かけて辿り着いたそこでも俺は数分で訪問を済ませ、使用人達に微妙な顔をされた。バカと無口でなければ流石に文句を言われたかもしれないな。
「買いもんっすかポチさん。お供するっすよ、ポチさんが買いたいもんあったら使えって俺カード渡されてるんで金の心配は要らないっす!」
今日宿泊するホテルも無駄に豪華だ。暇なので土産物屋を物色していると、突然母の思い出が蘇ってきた。
「……ポチさん? なんか目うるうるしてるっすよ、どしたんすか」
「ひよこ……」
「このお菓子っすか? 欲しいんすか?」
「このお菓子、父さんが東京銘菓だって買っていって……これは九州のもんだって母さんにボコボコにされてたんです。懐かしい……!」
「へー。欲しいんすか?」
エピソードトークはあっても味は覚えていなかったので二箱買ってもらい、一箱は部屋で食べることにした。
「割と普通に饅頭だな、普通に美味い……」
「美味いっすね。これが東京と福岡の因縁の味っすか」
もちろん一人で一箱は食べ切れないので、使用人と分け合った。
「ポチさん福岡の人なんすか? なんしとーととか言うんすか?」
「俺は生まれも育ちもUSAですよ」
「アメリカっすか? パネェっすね」
「大分県宇佐市」
「うさ……なる。ウケる」
話しているとムカつくが、饅頭のおかげか今回は開眼たぬき寝入りのように荒業を披露せずに済んだ。
「明日は、えーっと、ポチさんがウチ来る前に住んでたとこっすね。かたち……す……なんて読むんすかこれ」
「形州ですよ……形州製鉄所」
「ポチさん工場に住んでたんすか?」
「叔父が工場経営者なんですよ。っていうか……形州家は代々そうみたいです。今日行った形州本家と工場、近いでしょ」
「ホントだ」
「叔父はクソなので嫌いなんですけど……従弟は可愛いんですよね。そうですよ従弟、たった今まで忘れてましたけど従弟が居ました俺には。ほんと可愛いんですよあのこ、めちゃくちゃ可愛くて、あの子しんけんえらしい子ぉやけん会いてぇち思うちょったんよ」
そうだ、前にも里帰りの話題が出た時に会いたいと思っていたじゃないか。俺に懐いていた可愛い従弟に。どうして俺はこんな大切なことまで忘れてしまうんだ?
「あ、俺そろそろ寝ないとなんで、部屋戻るっす。じゃ!」
「あ、はい……おやすみなさい」
事故で俺だけが無傷で生き残ったと言われているけれど、実は頭でも打っていたんじゃないか? と自分の記憶力の悪さを疑った。
「ポチさーん、ポチさーん? 目ぇ開けたまんま寝たんすか? 器用っすねー! 俺も寝よ」
バカでよかった。
運転手は俺の父母の実家、そして俺が引き取られた叔父の家の三箇所を回れと言われているようで、俺は目的地を追加することは出来てもその三つをスルーすることは出来ないらしい。
「父の実家なんて行かなくてもいいでしょ。父さん学生の頃に兄貴刺して家出したんですから……俺にだって誰も会いたくないはずです」
無口な運転手に愚痴っても意味はなく、車はホテルを目指して走った。母の実家は九州だが、父の実家は首都圏なのだ。夜中移動するのは現実的ではないため、一泊が必要なのだ。
その日の夕食は久しぶりの鳥の天ぷらだった。無駄に豪華なホテルの一室で、俺は早速雪兎に電話をかけた。
『もしもし、ポチ? 最初はお母さんの実家の方だっけ? 着いた?』
「ええ、仏壇拝みました。今は市内のホテルです」
『え、おじいちゃんおばあちゃんの家に泊まらなかったの? 泊まってあげたら喜ぶのに』
「喜びませんよ。嫌われてますから」
つい事実をそのまま伝えてしまい、気まずい無言の時間に「しまった」と頭を抱えた。
『じゃあポチ、早めに帰ってくるね! 僕は嬉しいよ』
「ありがとうございます……」
気まずくしてしまったのは俺なのに、雪兎に空気を変えさせてしまった。自己嫌悪を膨らます代わりに雪兎はすごいと飼い主を褒めたたえ、精神の健康を保った。
翌朝早くから父方の実家へと向かった。半日以上かけて辿り着いたそこでも俺は数分で訪問を済ませ、使用人達に微妙な顔をされた。バカと無口でなければ流石に文句を言われたかもしれないな。
「買いもんっすかポチさん。お供するっすよ、ポチさんが買いたいもんあったら使えって俺カード渡されてるんで金の心配は要らないっす!」
今日宿泊するホテルも無駄に豪華だ。暇なので土産物屋を物色していると、突然母の思い出が蘇ってきた。
「……ポチさん? なんか目うるうるしてるっすよ、どしたんすか」
「ひよこ……」
「このお菓子っすか? 欲しいんすか?」
「このお菓子、父さんが東京銘菓だって買っていって……これは九州のもんだって母さんにボコボコにされてたんです。懐かしい……!」
「へー。欲しいんすか?」
エピソードトークはあっても味は覚えていなかったので二箱買ってもらい、一箱は部屋で食べることにした。
「割と普通に饅頭だな、普通に美味い……」
「美味いっすね。これが東京と福岡の因縁の味っすか」
もちろん一人で一箱は食べ切れないので、使用人と分け合った。
「ポチさん福岡の人なんすか? なんしとーととか言うんすか?」
「俺は生まれも育ちもUSAですよ」
「アメリカっすか? パネェっすね」
「大分県宇佐市」
「うさ……なる。ウケる」
話しているとムカつくが、饅頭のおかげか今回は開眼たぬき寝入りのように荒業を披露せずに済んだ。
「明日は、えーっと、ポチさんがウチ来る前に住んでたとこっすね。かたち……す……なんて読むんすかこれ」
「形州ですよ……形州製鉄所」
「ポチさん工場に住んでたんすか?」
「叔父が工場経営者なんですよ。っていうか……形州家は代々そうみたいです。今日行った形州本家と工場、近いでしょ」
「ホントだ」
「叔父はクソなので嫌いなんですけど……従弟は可愛いんですよね。そうですよ従弟、たった今まで忘れてましたけど従弟が居ました俺には。ほんと可愛いんですよあのこ、めちゃくちゃ可愛くて、あの子しんけんえらしい子ぉやけん会いてぇち思うちょったんよ」
そうだ、前にも里帰りの話題が出た時に会いたいと思っていたじゃないか。俺に懐いていた可愛い従弟に。どうして俺はこんな大切なことまで忘れてしまうんだ?
「あ、俺そろそろ寝ないとなんで、部屋戻るっす。じゃ!」
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