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お盆

おせわ、に

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首の皮膚を剥いてしまった俺は、包帯越しにも首輪をつけてもらえないでいた。代わりに手首に首輪を巻いてもらってる、ぶかぶかだが大きな手袋のおかげで外れない。

「行こ行こっ、始まっちゃうよ」

首輪から伸びた紐は雪兎の腕に巻きついている。いつもは二、三周なのに、今雪兎は俺の手首を掴んでいるから紐を全て腕に巻き取っている。白い柔肌に赤い紐が食い込む様子はいつもなら興奮するのだが、ぐるぐる巻きでは痛々しい。

「どこに行くんですか?」

朝食から数十分経った今、どこで何が始まるんだ? 一年以上この家に住んでいるが分からない。

「お庭!」

「庭……?」

人間に慣れきった小型犬のようにはしゃぐ雪兎に引っ張られ、部屋着のままサンダルを履いて庭に出た。

「えっとね……こっちこっち」

青い青い空の下、緑の芝生の上を走り、背の高い生垣の前でようやく雪兎が立ち止まった。空調で冷やされた邸内と違い、ここは暑い。もう汗が滲んできた。

「これは……バラですか。バラって夏に咲くんでしたっけ。まさかユキ様、これを見せたかったとか言いませんよね?」

見事な青薔薇の生垣だが、始まるだとかもうすぐだとかの言葉の意図が分からない。雪兎は返事をせず生垣を見つめて笑っている、見ていれば分かるということか?

「ん……? わっ……」

スプリンクラーがあったらしく、細かい水の粒が生垣へと散らされる。夏の熱気が微かに和らぎ、水滴が反射する陽の光に爽やかさを感じた。

「この天気なら出るはず……あ、あったあった! ポチほら、虹!」

水滴で飾られた青い花弁に見とれるのをやめ、雪兎の指差す先に視線を移した。大気が薄らと色付いたような半円、三……いや四色は確認出来る。小さいが、確かに虹だ。

「今日の天気なら出るって思ってたんだ、ポチに見せたかったんだよ」

「ユキ様……ありがとうございます。虹なんて見たの、何年ぶりでしょう。感動しました、虹にもユキ様のお心遣いにも」

まだ負い目を感じているのか、それとも怪我をした俺への単なる厚意なのか、どちらにしてもありがたく受け取ろう。

「……ユキ様、ちょっとそこに立ってください。こっちを向いて……そう、そこです」

「何?」

少し屈み、虹に背を向けた雪兎を見上げる。カラフルな半円をまるで雪兎が背負っているかのようだ。

「後光が差してるみたいです」

「え? あぁ、あー……なるほど。ふふふっ、面白いこと考えるね、僕も見たい。ポチそこに立って」

「はい。でも俺じゃ後光は似合いませんよ」

強面の俺は神秘を背負っても似合わない。分かっていたが立ち位置を交換し、雪兎の笑顔を楽しんだ。

「他の生垣や花にもこの時間に水が撒かれているんですか?」

「だいたいはね。繊細な花は別で面倒見てるらしいけど」

「へぇ……他の花と虹の組み合わせも見てみたいですね。バラに勝てるような花があるか知りませんけど」

雪兎が背負うなら青薔薇よりも赤や紫の薔薇がいい、今度庭園を歩く機会があったら雪兎に似合う背景を探してみよう。

「汗かいちゃったし、ちょっと濡れたね……お風呂入ろっ」

強制帰国による拗ねはもうすっかりなくなっている。むしろ数ヶ月間の渡米の方が夢だったのではないかと思うほどに、雪兎がこの邸宅に居ることは自然で、俺にとっての日常だった。
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