ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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使用人体験

うらのおしごと、じゅうろく

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忙しい仕事に時間を取られがちな、義理の息子の手料理と彼とのセックスが大好きな人間。それが雪風だ。

「んっ、めぇーっ! めっちゃくちゃ美味ぇなこれ! 料理上手くなったなぁ!」

「……どうも」

「んだよ、マジだぜ大マジ。超美味い」

口に合って何よりだ。しかし、何だ、三十代後半に突入した大企業の社長とは思えない若い語彙だな。とてもこの豪邸で育ったとは思えない。

「ん~、口どけ最高ぉ~」

食器の扱いが上品なのは流石なのだが、どうして雪風はこんな荒っぽくて若い口調なんだ?

「……なぁ雪風、雪風ってなんか……育ちがいい奴の話し方しないよな」

「ん、そうか?」

「マジ、とか。うめぇ、とか。言わないと思うんだよな……お坊ちゃまは」

「そっかなー。親しみやすくていいだろ?」

自分で言うか。

「まぁ別にいいけど……雪風が丁寧に話してても気持ち悪いし」

「んだよぉ。親父だって口悪いし、じいさんなんか話通じねぇぞ」

話が通じないのは品性とは関係ないだろう。

「そんなもんか……」

「そんなもんそんなもん。おかわりくれおかわり」

「はいはい。飯は? つぐ?」

「ぉん、頼む」

返事が「ぉん」とか「おう」なのもどうかと思うんだよな、大人として。

「ん……? 今お前つぐって言った?」

「何が? あぁ……ご飯? つぐだろ」

「……よそうじゃねぇの?」

「…………つぐ、だろ」

米を器に盛り付けるのだから「つぐ」に決まっている。

「つぐ、はお茶とか液体じゃね?」

「飯をつぐって言うだろ?」

「んー……? まぁ、あんまり馴染みないしな……真尋の飯、旅館みたいでテンション上がる」

一般的な定食のつもりだったが、その方が雪風にとっては珍しいものなのか。茶碗に盛った米自体にあまり馴染みがないのなら、動詞を勘違いしていても仕方ないな。

「当主様、坊ちゃん、恐れながら……」

部屋の端に控えていた調理担当の使用人がそっと手を挙げる。

「うろ覚えですが「つぐ」は九州地方を中心とした言い方で、四国中国の一部地域にも見られるものだったかと」

「つまり方言か」

「そんなバカなっ! 俺は標準語しか話せませんよ!」

「……お前たまに何言ってるか分からないしイントネーションたまに変だぞ」

「嘘だっ!」

楽しく食事をしていただけなのに信じられないことが起こってしまった。

「落ち込むなよ。別に悪いことじゃない、っつーかむしろ盛り上がるよな、地域差の話って。話の種だぜ」

「はい、私も御座候を今川焼きと言うなんて……と驚きました」

雪風に話を振られた使用人はほがらかに実体験を話す。しかし、そこにも驚きがあった。

「えっ、この辺って回転焼きじゃ……」

「この辺は今川焼きだ。基本は今川焼きだろ」

「地名入りの名前を基本と言われても。ここはやはり御座候を全国区にするべきです」

「回転焼きが一番分かりやすいでしょ」

「……戦争を起こす食い物とは聞いてたが、まさかマジでそうなるとはな」

回転焼き食べたくなってきたな。

「雪風、餡子は何派だ?」

「戦争を積極的に起こすな」

餡を使う料理や菓子を作る時の参考として聞きたかっただけなのだが……ま、たまにはこういう討論も楽しいものだな。
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