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使用人体験

たんじょうび、いち

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空が茜色に染まる頃、俺は机に肘をついてうつらうつらと船を漕いでいる曽祖父を横目にパーティの準備を進めていた。

「あ、椅子三つでいいのか……しまった」

部屋の軽い飾り付けが終わったらご馳走を並べる。そろそろ雪風も帰ってくるだろう、祖父はいつ来るかな。

「雪也、やってるか」

ちょうど祖父がやってきた。車椅子を押していた使用人は祖父をダイニングに入れると扉を閉めて去ってしまう。

「こんばんは、おじい様。どこに座られますか?」

「親父の隣でいい。しかし……随分気合いを入れたな、美味そうだ」

「つまみ食いしちゃダメですよ、主役を待たないと」

「俺は分かってる」

祖父は視線で曽祖父を指す。曽祖父は野菜のスティックを堂々とディップソースに絡めて食べていた。

「……あのー、ひいおじい様、主役である雪風が来るまでお食事は我慢していただけないかと」

「えー……お腹すいたよ」

数時間前、俺の昼食だったはずのパンとパスタを半分以上食べたくせに。

「雪也が大人しいからってワガママ言うなバカ親父」

「あれ……今日はととさまって呼ばないの?」

「……っ!? 雪也っ! こいつの口にタバスコ突っ込め!」

「えっ? おじい様そんな可愛い呼び方してるんですか?」

「うん、いつもととさまととさまって」

「バカ親父! このバカ親父ぃっ! いっそ殺せっ!」

祖父は曽祖父の肩を掴んで揺さぶっているが、曽祖父は構わず俺に祖父の可愛い話を聞かせてくれる。顔を真っ赤にして話を止めようとする祖父も相まってニヤニヤが止まらない。

「やめろつってんだろ殴るぞバカ親父ぃっ! このっ……おい、来たぞ、配置につけ」

雪風のものだろう足音が近付いてくる。俺達三人は扉に向けてクラッカーを構える。

「ただいまぁー」

「撃てっ!」

パパパァンッ! と破裂音が連続する。大きな音に思わず目を閉じてしまった。すぐに目を開けて雪風を見てみれば、彼はカラフルな紐やスパンコールにまみれて腰を抜かしていた。

「……こ、殺されたかと思った」

「誕生日おめでとう雪風」

「え、じいちゃん? マジかよ珍しい」

「今日でいくつだ? 若作り野郎」

「ショタジジイに言われたくねぇよ!」

立てないでいる雪風の横に屈む。手を貸されると勘違いした雪風の膝の裏に腕を通し、背に腕を回して抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこで席まで運ぶ。

「……誕生日おめでとう、俺の雪風」

「真尋かっこいい……この数十秒心臓への負担がやばい」

うっとりしている雪風の頭を撫で、隣に座る。早速太腿を撫でてきたので手を握ってやった。

「いただきまーす」

頬を緩めて部屋の飾りを見回す雪風の向かいで曽祖父が手を合わせる。俺達も遅れて手を合わせ、食事を始める。

「この料理全部こいつが作ったんだぞ」

「マジか、すげぇな真尋。めちゃくちゃ美味い、店出せるぞ」

俺の料理の腕は大したことないはずなのに雪風はこの上なく嬉しそうだ。祖父が言った通り、味よりも作る者を重視しているらしい。

「僕も手伝ったよ、味見とか」

「つまみ食いしただけだろバカ親父」

「えーと……珍しいな、じいちゃん。なんで今日来てくれたんだ?」

「秋夜くんが画室にこもっちゃってちょうど暇だったから……」

孫の誕生日より恋人を優先するのか……シュウヤとやらは恋人だよな? 男だろうか。

「はは……秋じぃナイスだわ。多分わざとだよな」

「俺の指示だ。あのバカがそんな気を回せるわけないだろう」

俺の知らない家族の話はなんだか寂しいな。今度その秋夜とやらにも会えるといいのだが。

「真尋っ、親父やじいちゃんがやるわけないし、部屋の飾り付けとかも全部真尋だよな? ありがとな、こんなに嬉しい誕生日は生まれて初めてだよ」

俺が黙っていたからか雪風は俺に微笑みかけてくれる。壁に名前を書いた紙を貼ったり、折り紙で作った飾りを適当にぶら下げただけなのにこんなに喜んでくれるなんて──あぁ、幸せだな。

「……ねぇ雪成、折り紙ってあんなに立体感出るものなの?」

「何十枚と使ってるんだろ。もはやアートだな」

「あの鳥さん綺麗だなぁ……パーティ終わったらくれないかな」

「後で雪也に頼め。使い道ないしくれるだろ」

マグロにアボカドとチーズを乗せた一口サイズの前菜、それに醤油を一滴垂らしたら雛鳥のように大きく口を開けた雪風に食べさせてやる。

「あーん……」

「ぁー……んっ、んー! 美味い! 和風なのか洋風なのか分からんが美味いなこれ、もっとくれ」

「いくらでも食べていいけど、肉もスープも忘れるなよ。飯が終わったらデザートも作ってあるからな」

「マジで!? やったぁ……! 真尋、大好き、大好き真尋ぉ……!」

喜んで俺の腕に抱きつく雪風の瞳から一筋の涙が零れた。それを拭いながらもう片方の手で髪をかき上げて額に唇を触れさせる。

「……そんなに喜ぶとは思ってなかったよ。意外と食欲あるんだな」

「バカ、お前が俺のためにここまでしてくれたのが嬉しいんだよ。愛されてるんだなって……めちゃくちゃ嬉しい。本当にありがとうな、真尋……」

「…………俺こそありがとうだよ、喜んでくれて嬉しい……愛してる、雪風」

零しそうになる涙を誤魔化すように雪風と唇を重ねる。数日ぶりの雪風はモッツァレラチーズの味がした。
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