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最後の手段は使えない (水月+ミタマ・荒凪・クンネ・ヒト・フタ・ネイ)
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荒凪は目の前に居るフタとミタマを無視し、ヒトが背後に隠した社長に視線を向けた。こっちに突っ込んでくるかと身構えたその時、視線が逸れた隙を逃さずフタが荒凪の腕を切りつけた。
「……! 取れない」
切り落とすつもりで短刀を振ったのか、荒凪の皮を切り裂いただけという結果にフタは驚き目を見開く。
「きゅ……! きゅうぅうぅ……いたい、いたい……」
「やりにくいのぅ……って、これでもこっち向かんのか! なんなんじゃ一体……!」
痛みに泣きながらも荒凪は二人を無視し、こちらに向かってくる。
「……! ごめんなさい!」
ヒトはとうとう構えていた銃の引き金を引いた。向かってきていた荒凪の尾に向かって二発、撃ち込んだ。
「きゅるっ……!」
痛みに怯んだのか、荒凪の動きが止まる。
「社長!」
「ポチ、治った?」
「はい、スマホ返します」
口元の血を拭いながら秘書がヒトの前に立ち、折れたバールを握り締める。
「得物折れちゃいました……どうしましょう。まさか鉄製のバールぶち折るなんて、つーか荒凪が襲ってくるなんて……考えてませんでしたよ」
「狐が何か占ってくれる。数十秒必要らしいから、狐と交代して数十秒持たせて」
「数十秒……了解」
おそらく、今から秘書が数十秒戦う必要はない。荒凪が動きを止めてすぐ、荒凪を追ってきたフタとは違いミタマはその場に留まり、手を組んでいる。アレは……狐の窓とかいう手の組み方だ。後もう少し荒凪が止まっていてくれれば、占いは終わるだろう。
『痛いか荒凪、答えろ』
また男の声だ。スピーカー越しのように聞こえるが、発生源はどこだ? 反響してよく分からないし、この部屋にスピーカーらしき物は見当たらない。業務用の空調か通気口か、怪しいのはせいぜいその辺りだ。
「痛い……」
『なら呪え。手こずるなら呪え。とにかく全員殺せ。最優先は白いガキだ』
「やだ……やだ……いや、なのに……きゅうぅ…………逃げて、逃げて……」
泣きじゃくる荒凪の腕の傷が塞がる。尾にあった弾痕も消えた。秘書が身構えたその時、俺の目の前に居たヒトが崩れ落ちた。
「……っ、ぅあぁっ!? 痛っ、痛い……な、なんで……」
「ヒトさん!?」
足から血が出ている。裾を捲って確認しようとしたが、スーツのスラックスは脛の真ん中すら拝めない。
「どうしよう、どうしたら……! っそうだ!」
巾着袋からカサネに借りたナイフを取り出し、ヒトのスーツを切り裂いて傷口を探した。
「痛い……意識、飛びそう……鳴雷さん、私の足どうなってます?」
「わ、分かりません、血まみれで……とっ、とりあえず止血をっ」
秘書が短くなったバールで荒凪の爪を防ぐ、剣戟のような音が聞こえてくる。金属音に耳の痛みを感じつつ、救急箱から引っ張り出したガーゼで血を拭った。
「……! そうだ、クンネ。これ縫える? これ、お願い」
針と糸を取り出して傷口を指差してみると、クンネは俺の胸ポケットから飛び出して針と糸を持ってくれた。
《よくない力をすっごい感じる……呪いの傷だな。縫合すりゃ血は止まるが清めないと自然治癒しないぞ》
何か言いながらクンネはヒトの足に跨り、ヒトの傷に針を入れた。
「いっ……ゔあぁっ!」
「ネ、ネイさんヒトさんの身体押さえて! 俺は足をっ、うわ強……えっと、カ、カイさん! 手伝ってください!」
近くに居たネイと社員の一人に手伝ってもらい、麻酔なしで傷口を縫われる激痛に暴れるヒトを押さえつけた。クンネは傷の中に腕を伸ばしている、血管だとかも縫い合わせているのだろうか。素晴らしい腕だ。
「この傷、弾痕に見えますね」
ヒトの上半身に跨り、腰の横で手首を押さえ付けているネイが呟いた。
「銃なんて誰も撃ってませんよ、しかも二箇所も」
「……フタさんを見てください」
ネイに言われて秘書と共に荒凪を食い止めているフタを見る。
「腕、右手です」
フタの右手首からは血が滴っていた。
「二人の共通点は荒凪くんに血を流させたこと。それぞれ手を切りつけたこと、足にあたる尾を撃ったこと……あの声は呪えと言ってました。藁人形に釘を打ち込めばその部位を病むという伝承のように、荒凪くんを傷付ければその傷が返ってくるのではないでしょうか」
「そんなっ……」
フタに教えなければ。だが、今ここで名前を叫べばフタは多分俺の方を向く。フタなら多分、荒凪と戦っていることを頭から抜かして平気で荒凪に背を向ける。今は言えない。
「……っ、社長さん! 何とかしてくださいよ、強い霊能力者なんでしょ!? 全然なんにもしてないじゃないですか!」
ヒトの出血に動揺し、フタに知らせるべきか迷い、混乱した俺は傍に立って俺達を見下ろしていた社長に八つ当たりをかました。
「悪いとは思ってるよ」
「……何も出来ない理由が?」
訝しげな目でネイが詰める。
「僕の力は父達と違って使いにくくてね。破壊することしか出来ない……見つめたものを破裂させて跡形もなく壊してしまう、っていう力なんだ。生き物に対して使えば部屋の赤いシミにしか出来ない、加減は一切出来ない、腕だけとか足だけとか、そんな使い方出来ないんだよ。不器用で悪いね。殺していいなら今すぐにでも解決してあげられるけど、嫌なんだろ?」
「い、嫌です! 絶対嫌っ!」
「ポチも嫌がってるんだよ、だからやらない。そろそろ狐の占いが終わる頃だろ、いい手段が見つかるといいね。見つからなければ、仕方ない。僕が彼を殺す。一撃で殺せば呪いも何もないだろ」
「……っ、荒凪くん……」
「お前達、やることないならスピーカー探して壊しておいで。人魚はひとまず僕を狙ってる、バラけても大丈夫だと思うよ」
「は、はいっ! おい行くぞっ」
「スピーカーどこだよ……!」
「……あ、あの! 多分通気口か、空調のどっちかに隠してあるんだと思います!」
「ナイス若!」
「届かねぇよ!」
「バカ撃て銃持ってんだろ!」
「跳弾しねぇかな……」
「空調か……うん、それくらいなら働こうかな」
社長がそう呟いた次の瞬間、突然空調が爆発して粉となった残骸が周囲に漂った。
「うわぁ……」
「お、俺らは通気口覗くぞ! 肩車だトサっち!」
「……アレが僕の力」
「絶対荒凪くんに向けて欲しくないです……!」
骨も拾えないなんて冗談じゃない。荒凪は全身無傷で俺の腕の中に帰ってこなければならないのだ。
「……! 取れない」
切り落とすつもりで短刀を振ったのか、荒凪の皮を切り裂いただけという結果にフタは驚き目を見開く。
「きゅ……! きゅうぅうぅ……いたい、いたい……」
「やりにくいのぅ……って、これでもこっち向かんのか! なんなんじゃ一体……!」
痛みに泣きながらも荒凪は二人を無視し、こちらに向かってくる。
「……! ごめんなさい!」
ヒトはとうとう構えていた銃の引き金を引いた。向かってきていた荒凪の尾に向かって二発、撃ち込んだ。
「きゅるっ……!」
痛みに怯んだのか、荒凪の動きが止まる。
「社長!」
「ポチ、治った?」
「はい、スマホ返します」
口元の血を拭いながら秘書がヒトの前に立ち、折れたバールを握り締める。
「得物折れちゃいました……どうしましょう。まさか鉄製のバールぶち折るなんて、つーか荒凪が襲ってくるなんて……考えてませんでしたよ」
「狐が何か占ってくれる。数十秒必要らしいから、狐と交代して数十秒持たせて」
「数十秒……了解」
おそらく、今から秘書が数十秒戦う必要はない。荒凪が動きを止めてすぐ、荒凪を追ってきたフタとは違いミタマはその場に留まり、手を組んでいる。アレは……狐の窓とかいう手の組み方だ。後もう少し荒凪が止まっていてくれれば、占いは終わるだろう。
『痛いか荒凪、答えろ』
また男の声だ。スピーカー越しのように聞こえるが、発生源はどこだ? 反響してよく分からないし、この部屋にスピーカーらしき物は見当たらない。業務用の空調か通気口か、怪しいのはせいぜいその辺りだ。
「痛い……」
『なら呪え。手こずるなら呪え。とにかく全員殺せ。最優先は白いガキだ』
「やだ……やだ……いや、なのに……きゅうぅ…………逃げて、逃げて……」
泣きじゃくる荒凪の腕の傷が塞がる。尾にあった弾痕も消えた。秘書が身構えたその時、俺の目の前に居たヒトが崩れ落ちた。
「……っ、ぅあぁっ!? 痛っ、痛い……な、なんで……」
「ヒトさん!?」
足から血が出ている。裾を捲って確認しようとしたが、スーツのスラックスは脛の真ん中すら拝めない。
「どうしよう、どうしたら……! っそうだ!」
巾着袋からカサネに借りたナイフを取り出し、ヒトのスーツを切り裂いて傷口を探した。
「痛い……意識、飛びそう……鳴雷さん、私の足どうなってます?」
「わ、分かりません、血まみれで……とっ、とりあえず止血をっ」
秘書が短くなったバールで荒凪の爪を防ぐ、剣戟のような音が聞こえてくる。金属音に耳の痛みを感じつつ、救急箱から引っ張り出したガーゼで血を拭った。
「……! そうだ、クンネ。これ縫える? これ、お願い」
針と糸を取り出して傷口を指差してみると、クンネは俺の胸ポケットから飛び出して針と糸を持ってくれた。
《よくない力をすっごい感じる……呪いの傷だな。縫合すりゃ血は止まるが清めないと自然治癒しないぞ》
何か言いながらクンネはヒトの足に跨り、ヒトの傷に針を入れた。
「いっ……ゔあぁっ!」
「ネ、ネイさんヒトさんの身体押さえて! 俺は足をっ、うわ強……えっと、カ、カイさん! 手伝ってください!」
近くに居たネイと社員の一人に手伝ってもらい、麻酔なしで傷口を縫われる激痛に暴れるヒトを押さえつけた。クンネは傷の中に腕を伸ばしている、血管だとかも縫い合わせているのだろうか。素晴らしい腕だ。
「この傷、弾痕に見えますね」
ヒトの上半身に跨り、腰の横で手首を押さえ付けているネイが呟いた。
「銃なんて誰も撃ってませんよ、しかも二箇所も」
「……フタさんを見てください」
ネイに言われて秘書と共に荒凪を食い止めているフタを見る。
「腕、右手です」
フタの右手首からは血が滴っていた。
「二人の共通点は荒凪くんに血を流させたこと。それぞれ手を切りつけたこと、足にあたる尾を撃ったこと……あの声は呪えと言ってました。藁人形に釘を打ち込めばその部位を病むという伝承のように、荒凪くんを傷付ければその傷が返ってくるのではないでしょうか」
「そんなっ……」
フタに教えなければ。だが、今ここで名前を叫べばフタは多分俺の方を向く。フタなら多分、荒凪と戦っていることを頭から抜かして平気で荒凪に背を向ける。今は言えない。
「……っ、社長さん! 何とかしてくださいよ、強い霊能力者なんでしょ!? 全然なんにもしてないじゃないですか!」
ヒトの出血に動揺し、フタに知らせるべきか迷い、混乱した俺は傍に立って俺達を見下ろしていた社長に八つ当たりをかました。
「悪いとは思ってるよ」
「……何も出来ない理由が?」
訝しげな目でネイが詰める。
「僕の力は父達と違って使いにくくてね。破壊することしか出来ない……見つめたものを破裂させて跡形もなく壊してしまう、っていう力なんだ。生き物に対して使えば部屋の赤いシミにしか出来ない、加減は一切出来ない、腕だけとか足だけとか、そんな使い方出来ないんだよ。不器用で悪いね。殺していいなら今すぐにでも解決してあげられるけど、嫌なんだろ?」
「い、嫌です! 絶対嫌っ!」
「ポチも嫌がってるんだよ、だからやらない。そろそろ狐の占いが終わる頃だろ、いい手段が見つかるといいね。見つからなければ、仕方ない。僕が彼を殺す。一撃で殺せば呪いも何もないだろ」
「……っ、荒凪くん……」
「お前達、やることないならスピーカー探して壊しておいで。人魚はひとまず僕を狙ってる、バラけても大丈夫だと思うよ」
「は、はいっ! おい行くぞっ」
「スピーカーどこだよ……!」
「……あ、あの! 多分通気口か、空調のどっちかに隠してあるんだと思います!」
「ナイス若!」
「届かねぇよ!」
「バカ撃て銃持ってんだろ!」
「跳弾しねぇかな……」
「空調か……うん、それくらいなら働こうかな」
社長がそう呟いた次の瞬間、突然空調が爆発して粉となった残骸が周囲に漂った。
「うわぁ……」
「お、俺らは通気口覗くぞ! 肩車だトサっち!」
「……アレが僕の力」
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