1,907 / 2,057
事前準備は怠らず (水月+ミタマ・サキヒコ・ヒト・フタ・サン)
しおりを挟む
しばらく待つと、秘書達が乗った車が動き出した。特定作業が済んだのだ、とうとう物部の居場所が分かった。荒凪を取り返しに行ける。
「荒凪くんって物部が居るところに連れてかれてる……よね」
「そりゃそうじゃろ、どうしたんじゃ急に」
「い、いや……だってほら、死体操るんだよアイツ。本体は安全なとこに居て、操ってる死体で荒凪くんに何かする気かも」
「ふむ……」
「鳴雷さん、誰と話しているんですか?」
ヒトが怪訝な目で俺を見ている。実体化していないミタマの声は俺にしか届いていなかったようだ。
「コンちゃんですよ」
「あぁ、あの狐……」
「別のところに居るとしても、物部本体を叩かねば真の安全はやってこん。あーちゃんが見つからなければ、物部を締め上げてやればよいのじゃ」
ミタマは結構考えなしだ、いや、俺が考え過ぎなのだろうか。
車は寂しい道を走って古びた工場のような建物に着いた。下りたシャッターの数十メートル前で秘書達が乗った車が停まり、降車したので、俺達もそうした。
「ここ?」
『おぉ! ここここ! ここ見た! 間違いねぇぜ! 廃工場っつー感じのビジュだが中身は綺麗だった』
社長はスマホを構えて前社長に工場の外観を見せている。
「……じゃあ、突入しますか」
顔色の悪い秘書が呟く。また車酔いをしたのか? 頼りになるんだかならないんだか分からないな。
「その前に準備だ」
社長はスマホをポケットに入れると、後部座席のドアを開き車内に置いていたアタッシュケースを開いた。中から白い紙を取り出し、俺達に見せる……白い紙はヒトガタに切られていた。
「某銭湯映画で白龍追っかけてたヤツ……!」
「陰陽師ものとかでよく見ますね、式神ですか? 本当にあるとは……」
「事前に作っておいた。君達の身代わりだよ。霊的なダメージは全てこのヒトガタが請け負う。けど、限界はある。紙が全て黒くなって崩れたら終わりだ、常に色を気にしてて」
風もないのにヒトガタが浮き上がり、秘書と社長以外各人の胸に張り付く。ぺったりと張り付いた紙は剥がれそうにない。
「胸ってちょっと見にくい……」
「ボク見えな~い」
「手触り変わるはずだよ」
「ならいいや」
「次に銃弾を配る。霊力を込めた特殊なものだ、人間にも怪異にも効く。あまり数はないから、節約してね」
穂張事務所の者達はサンを除いて全員が拳銃を持っていた。それぞれの愛銃に合わせた弾が用意されているのは、銃を与えたのがそもそも秘書だからとか、そんな理由だろうか。
「ヒトさんフタさん、なんて銃を……あれっ? 猫ちゃん達、見える……」
銃についてオタクの嗜み程度の知識はある。二人の愛銃の名前だけでも教えてもらおうかと振り返ると、フタの肩や頭の上に猫の姿が見えた。尾が割れ始めている、猫又だ。
「そのヒトガタのおかげじゃな。身代わり人形は大抵、対象に霊力の薄い膜を張る。それが……なんか、こう、拡大れんずみたいになって……分かったか?」
「う、うん。これのおかげってことは……なんだ、猫ちゃん達が姿見せてくれた訳じゃなかったんだね」
サキヒコよりは強力な霊らしいし、実体化も容易なようだが、三匹の猫は滅多に実体化せず俺に姿を見せてくれない。恋人のペットだ、仲良くしたい。
「今日は荒凪くん奪還に協力してもらうことになっちゃってごめんね、頼りにしてるよ。イチちゃんニィちゃんミィちゃん」
三匹の猫は一斉に牙を向いてフシャアアッと威嚇の声を上げた。
「ひっ!?」
「こら、みつき怖がらせちゃダメ。ごめんねみつきぃ、なんか気ぃ立ってるみたい」
あぁ、そうか。今から敵地に乗り込むんだ、そりゃ気が立ってるよな。俺と違って戦闘要員なんだから。
「いや其奴らいつもそんな感じじゃろ」
「師匠達は妙にミツキを嫌っていますよね……師匠! ミツキはいい男なのですよ」
嫌われている、だと? かなりショックだ。
「攻防の備えはこれで終わり。後は……注射だね。これは霊能力者の血液から作った薬剤だ、血管に入れれば入れた分だけ霊力が増加する」
「ボク注射嫌いだな」
「霊力増やしたって素人には豚に真珠。霊力の扱いが分かってるヤツにしか打たないよ」
「フタ、鳴雷さん、前へ」
「……え?」
フタはともかく、俺も? 戸惑っていると妙に機嫌の悪い秘書が説明をくれた。
「この注射ではそこの人外共に直に霊力を与えることは出来ません。まずあなたのを増やして、そこから吸ってもらうんです。つまり狐と幽霊用ですよ」
「あっ……そ、そうですよね」
大人しく注射を受けた。刺されたのは肘の内側だ、太っていた頃は手の甲に刺されていたなぁとしみじみ思い返した。
「痛い……これきらい」
「ポチ、次は君の番だよ。後ろ向いて」
「はーい」
社長が持っているのは俺やフタに使われた物とは少々大きさの違う注射器だ。秘書はその場に屈み、扇情的なうなじを晒した。
「秘書さんは首に刺すんですか?」
「脊髄に入れるんだよ。一番霊力を含んでるのは髄液だからね。僕や雪風のを定期的に取って、こういう時に入れて使う」
目の前で行われた髄液注射に思わず怯えてしまう。
「君達もこっちがよかった? ごめんね。若神子の霊力は若神子以外の人間が摂取しちゃいけないんだよ。とんでもない死に方しちゃうから」
「ぇ……」
とんでもないって、どんな? そう聞きたい好奇心はあったけれど、聞かない方がいいだろうという臆病な気持ちの方が勝った。
「あれ……秘書さん、親戚なんですか?」
「血縁じゃないと拒絶反応が強いとかじゃなくて、祟りの一種だからね。彼は僕の父の養子だから、若神子なんだ」
「祟り……」
「これ以上は聞かないで。外の者が知り過ぎるのは不敬だから、バチが当たっちゃう」
「……は、はい。分かりました、すいません」
身体ごと引くと社長は注射器などをアタッシュケースに戻し、ウサギマスクを外して後部座席に丁寧に置き、扉を閉めた。
「さ、突入しようか。どこから入る?」
「そうですね……カイ!」
「はい!」
「あそこ空けろ」
秘書が指したのは閉まっているシャッターだ。
「……! ダメです!」
ヒトは自身の車の運転席の前に立ち、両腕を広げた。カイと呼ばれた男は残念そうにもう一台の車の方へ向かった。
「何させる気なの?」
「ぶつかっても死なない人間が見たいなぁ、と」
穂張事務所の二台目の車のエンジンがかかる。未だ眉を歪めている社長よりも一瞬先に俺は未来の光景を思い描いた。
「荒凪くんって物部が居るところに連れてかれてる……よね」
「そりゃそうじゃろ、どうしたんじゃ急に」
「い、いや……だってほら、死体操るんだよアイツ。本体は安全なとこに居て、操ってる死体で荒凪くんに何かする気かも」
「ふむ……」
「鳴雷さん、誰と話しているんですか?」
ヒトが怪訝な目で俺を見ている。実体化していないミタマの声は俺にしか届いていなかったようだ。
「コンちゃんですよ」
「あぁ、あの狐……」
「別のところに居るとしても、物部本体を叩かねば真の安全はやってこん。あーちゃんが見つからなければ、物部を締め上げてやればよいのじゃ」
ミタマは結構考えなしだ、いや、俺が考え過ぎなのだろうか。
車は寂しい道を走って古びた工場のような建物に着いた。下りたシャッターの数十メートル前で秘書達が乗った車が停まり、降車したので、俺達もそうした。
「ここ?」
『おぉ! ここここ! ここ見た! 間違いねぇぜ! 廃工場っつー感じのビジュだが中身は綺麗だった』
社長はスマホを構えて前社長に工場の外観を見せている。
「……じゃあ、突入しますか」
顔色の悪い秘書が呟く。また車酔いをしたのか? 頼りになるんだかならないんだか分からないな。
「その前に準備だ」
社長はスマホをポケットに入れると、後部座席のドアを開き車内に置いていたアタッシュケースを開いた。中から白い紙を取り出し、俺達に見せる……白い紙はヒトガタに切られていた。
「某銭湯映画で白龍追っかけてたヤツ……!」
「陰陽師ものとかでよく見ますね、式神ですか? 本当にあるとは……」
「事前に作っておいた。君達の身代わりだよ。霊的なダメージは全てこのヒトガタが請け負う。けど、限界はある。紙が全て黒くなって崩れたら終わりだ、常に色を気にしてて」
風もないのにヒトガタが浮き上がり、秘書と社長以外各人の胸に張り付く。ぺったりと張り付いた紙は剥がれそうにない。
「胸ってちょっと見にくい……」
「ボク見えな~い」
「手触り変わるはずだよ」
「ならいいや」
「次に銃弾を配る。霊力を込めた特殊なものだ、人間にも怪異にも効く。あまり数はないから、節約してね」
穂張事務所の者達はサンを除いて全員が拳銃を持っていた。それぞれの愛銃に合わせた弾が用意されているのは、銃を与えたのがそもそも秘書だからとか、そんな理由だろうか。
「ヒトさんフタさん、なんて銃を……あれっ? 猫ちゃん達、見える……」
銃についてオタクの嗜み程度の知識はある。二人の愛銃の名前だけでも教えてもらおうかと振り返ると、フタの肩や頭の上に猫の姿が見えた。尾が割れ始めている、猫又だ。
「そのヒトガタのおかげじゃな。身代わり人形は大抵、対象に霊力の薄い膜を張る。それが……なんか、こう、拡大れんずみたいになって……分かったか?」
「う、うん。これのおかげってことは……なんだ、猫ちゃん達が姿見せてくれた訳じゃなかったんだね」
サキヒコよりは強力な霊らしいし、実体化も容易なようだが、三匹の猫は滅多に実体化せず俺に姿を見せてくれない。恋人のペットだ、仲良くしたい。
「今日は荒凪くん奪還に協力してもらうことになっちゃってごめんね、頼りにしてるよ。イチちゃんニィちゃんミィちゃん」
三匹の猫は一斉に牙を向いてフシャアアッと威嚇の声を上げた。
「ひっ!?」
「こら、みつき怖がらせちゃダメ。ごめんねみつきぃ、なんか気ぃ立ってるみたい」
あぁ、そうか。今から敵地に乗り込むんだ、そりゃ気が立ってるよな。俺と違って戦闘要員なんだから。
「いや其奴らいつもそんな感じじゃろ」
「師匠達は妙にミツキを嫌っていますよね……師匠! ミツキはいい男なのですよ」
嫌われている、だと? かなりショックだ。
「攻防の備えはこれで終わり。後は……注射だね。これは霊能力者の血液から作った薬剤だ、血管に入れれば入れた分だけ霊力が増加する」
「ボク注射嫌いだな」
「霊力増やしたって素人には豚に真珠。霊力の扱いが分かってるヤツにしか打たないよ」
「フタ、鳴雷さん、前へ」
「……え?」
フタはともかく、俺も? 戸惑っていると妙に機嫌の悪い秘書が説明をくれた。
「この注射ではそこの人外共に直に霊力を与えることは出来ません。まずあなたのを増やして、そこから吸ってもらうんです。つまり狐と幽霊用ですよ」
「あっ……そ、そうですよね」
大人しく注射を受けた。刺されたのは肘の内側だ、太っていた頃は手の甲に刺されていたなぁとしみじみ思い返した。
「痛い……これきらい」
「ポチ、次は君の番だよ。後ろ向いて」
「はーい」
社長が持っているのは俺やフタに使われた物とは少々大きさの違う注射器だ。秘書はその場に屈み、扇情的なうなじを晒した。
「秘書さんは首に刺すんですか?」
「脊髄に入れるんだよ。一番霊力を含んでるのは髄液だからね。僕や雪風のを定期的に取って、こういう時に入れて使う」
目の前で行われた髄液注射に思わず怯えてしまう。
「君達もこっちがよかった? ごめんね。若神子の霊力は若神子以外の人間が摂取しちゃいけないんだよ。とんでもない死に方しちゃうから」
「ぇ……」
とんでもないって、どんな? そう聞きたい好奇心はあったけれど、聞かない方がいいだろうという臆病な気持ちの方が勝った。
「あれ……秘書さん、親戚なんですか?」
「血縁じゃないと拒絶反応が強いとかじゃなくて、祟りの一種だからね。彼は僕の父の養子だから、若神子なんだ」
「祟り……」
「これ以上は聞かないで。外の者が知り過ぎるのは不敬だから、バチが当たっちゃう」
「……は、はい。分かりました、すいません」
身体ごと引くと社長は注射器などをアタッシュケースに戻し、ウサギマスクを外して後部座席に丁寧に置き、扉を閉めた。
「さ、突入しようか。どこから入る?」
「そうですね……カイ!」
「はい!」
「あそこ空けろ」
秘書が指したのは閉まっているシャッターだ。
「……! ダメです!」
ヒトは自身の車の運転席の前に立ち、両腕を広げた。カイと呼ばれた男は残念そうにもう一台の車の方へ向かった。
「何させる気なの?」
「ぶつかっても死なない人間が見たいなぁ、と」
穂張事務所の二台目の車のエンジンがかかる。未だ眉を歪めている社長よりも一瞬先に俺は未来の光景を思い描いた。
31
お気に入りに追加
1,246
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。



久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる