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難しい話は嫌い (〃)

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セイカの母親はどうなったのだろう。

「キュウゥ……」

嫌いで、憎くて、傷付いて欲しくて仕方なかった。報いを受けるべきだとか、そんなのは方便だ。俺が個人的に憎かっただけ、セイカへの独占欲を由来とした敵意があっただけ。

「キュルルッ、水月の手、好き」

「……ごめんね」

「キュ……? 何を謝る、水月」

「君を、使った。人間として……大切な人として扱いたかったのに……君を、道具として……」

直接手を下した訳じゃない、人を傷付ける不快さだとかは感じていない。ただ、荒凪を利用したことへの不快感は拭えない。

「水月……?」

誰かを呪わせなければまた地震だとかが起こっていたかもしれないし、荒凪も苦しそうだった。だから仕方ない、そう考える俺も居る。でもそれは『逃げ』だろう。

「水月、俺達を人間扱いしたい?」

「当たり前だよ」

「水月、俺達、人間がよかった?」

「違う……今の君を否定したい訳じゃない。そう……聞こえたかな、ごめん」

あぁ、そうか。セイカが欠損を「鳴雷の好みに合っているみたいだから」と無理に肯定しようとしていたように、呪いの道具としてのあり方を荒凪は受け入れたいのか……いや、俺に受け入れて欲しいのか。不本意とはいえ死と苦痛と引き換えに手に入れた新たな力だ、使った方が気が晴れるのだろう。

「……考え直すよ。コンちゃんに頼るみたいに、君にも頼ってもいいんだよね」

道具として使うんじゃない、ミタマに加護を願うように、サキヒコに人魂での目くらましを頼んだように、荒凪に力を貸してもらうんだ。

「うん、そう、頼る……だから、何かを呪ってもらっても、それは道具扱いじゃない。荒凪くんは自分で物考えて話したりしてるんだから、自分のこと物とか言っちゃダメだよ」

「水月、俺達物言ったら嫌?」

「……うん。人間じゃなきゃ嫌とかじゃない、怪異も好きだよ。そういう意味で物が嫌なんじゃなくて、物って言うとなんか誰かの言いなりみたいな、自我を無視されてるような、そんな感じがして嫌で……分かるかな、このニュアンス」

「水月、嫌なら、言わない」

「それは…………うん、ありがとう。荒凪くん」

それは、俺の所有物として俺の要望に応えているのか? なんて言えなかった。実際そうだとしても、ただ俺のことが好きで俺の嫌なことはしたくないと考えているだけだったとしても、俺がそんなことを言えば嫌な気分になるだろうから。

「君が大切だよ荒凪くん。君のためなら何でもしてあげられる、出来れば犯罪以外がいいけどね」

「……キュルル」

「何かして欲しいことある?」

「俺達、望むのはただ一つ」

「なぁに?」

「物部天獄を殺したい」

「そっ……かぁ、うーん……でもほら、荒凪くん……人殺しちゃった怪異は殺さなきゃいけないって秘書さん……真尋お兄さんが言ってたろ?」

何でもすると言っておいて、早速却下するだけなんて俺には出来ない。せめて何か代案を……そうだ。

「生かしちゃおけないヤツだって秘書さんも多分思ってるはずだから……トドメはあの人に任せるってどうかな、荒凪くんは途中まで。嫌、かな。それじゃ気晴れない?」

「物部天獄が死ぬなら、何でもいい」

「そうなの?」

「俺達を惨たらしく殺した、なのに、生きている。納得出来ない。だから、死ぬなら、いい」

「……そっか。よかった。じゃあ、あの人に任せよう。そいつが死んだらもう、過去に決着はつけられる感じかな? そこからは未来の話だ、一緒にしたい遊びとか、行ってみたいところとか、色々考えておいて」

「キュゥ……水月、と?」

「そうだと嬉しいな。荒凪くんが他の人と遊びたいなら我慢するけど」

「水月が、いい」

「……嬉しい。何したいとか、今ある?」

「キュルル……物部天獄が死に、泣き止めば、何か思い付く」

「そっか。じゃあまずはそいつ片付けなきゃだね。俺は荒凪くんとしたいこと今の時点でも色々あるよ、聞いてもらってもいいかな?」

「うん」

相変わらず瞬きせず俺を見つめている。彼が瞼を下ろすのは重瞳が切り替わる時だけだ、目が乾いたりしないのかな。

「デートしたいんだ。遊園地とか、海とか行きたい。もちろん近場デートもしたいよ、買い物とかお茶とか……映画もいいね、荒凪くんはどんな映画が好きかなぁ」

「……遊園地、何?」

「遊ぶところだよ。ほら、ウサギとサメのおもちゃあげたろ? アレ買ったところなんだ」

「弟、気に入ってる。ありがとう水月」

「よく一緒に泳いでるよね。弟……君はどうなの? 君にはちょっと対象年齢が低いのかな」

「キュ……?」

首を傾げられてしまった。自分からは荒夜と夜凪を区別したようなことを言うくせに、俺から聞くとこの調子だ。何故なんだ?

「でも遊園地って濡れるアトラクションとか放水イベントとかあってね、まぁ夏場避ければそんなに濡れはしないと思うんだけど……荒凪くん、記憶も戻ってなんか色々感覚掴めてるみたいだし……濡れたら変身しちゃうっての、どうにかならない?」

「……俺達、変身してる。濡れると、解ける」

「ん……? あぁそっか、本当の姿は人魚だもんね。今の姿が変身した姿か……俺の聞き方悪かったよ、言い直すね。濡れても変身が解けないようにってのは出来ないかな?」

「無理」

「む、無理かぁ……そっか、練習とかでどうにかなりそうな感じでもないの?」

荒凪はスッと右主腕を自分の肩の高さに上げて真っ直ぐ伸ばした。自然と俺の視線は彼の腕へ移り、突如として彼の腕にヒレが生える様をしっかりと見ることが出来た。

「ぅわっ、は、生えた? おぉ……やっぱり綺麗だね、ちょっとトビウオみたい」

「……変身、部分的に解く、慣れてきた。これは、練習で出来た」

「そんな練習してたんだ、知らなかったなぁ」

「水月、ミタマの耳、尻尾、好き。人間の変身に、人間でない部分混ざるの、好き? と、思った。だから」

「……俺のため? え待って何それすっごく嬉しい、超健気じゃん荒凪くん」

照れているのか荒凪は返事をせず、右主腕に生やしたヒレを右複腕でちぎった。絵面は猟奇的だが痛みはなさそうだし血も出ていない、普段プールを上がって身体を乾かしている時に鱗が剥がれていくのと同じなのだろう。

「乾いてる、変身出来る、変身解く出来る。濡れる、変身出来ない。水月、練習する、水の中息出来るならない、同じ」

「そ、そうなの? うーんでも確かに、訓練で息止める時間は伸ばせても、水中で息出来るようになる練習法なんてないもんね…………変身してるのって辛かったりする? 息しにくいとか、ない?」

「ない。足、少し不便」

「荒凪くん足まだ覚束無い感じだもんね……でもさ、地上では尾ビレより足の方が動きやすくない?」

「ない」

「そ、そっかぁ……スイさんに視てもらった後逃げた時も、めちゃくちゃ速かったもんね君……」

人魚は地上を歩くために足を手に入れたがるというのが人魚の物語の常なのだが、荒凪にとってはそうでもないらしい。

「……そういえば、雨でも変身解けるんだよね?」

「解ける」

「霧吹きとかどうなんだろ、水滴飛んでもその部分は鱗出てたからダメかな。結露したコップもダメだったっけ? アルコールスプレーとかどうなんだろ、濡れた感覚あるけどアレ水じゃないもんね? 水割りしてあるのがほとんどだとは思うけどさ、百パーアルコールでも変身解けちゃうのかな?」

「…………キュ?」

「お茶とかはお茶っ葉からお茶成分的なのが溶け出してるだけで、水だろ? でもアルコールは液体なだけで化学式からして水じゃない訳じゃん。そう、化学式……H2O関係ない液体でも変身解けるのかな」

「キュルルルル……」

「あーでもH2Oに反応してる訳じゃないか、気体の水には反応してないもんね、今も空気中には存在してる訳だし……ミストがっつり浴びて、濡れるようなら変身解けちゃうだろうけど、湿度高い日ってだけなら大丈夫そうだよね。じゃあ液体ってのがダメなのかな? あ、ガラスって液体って聞いたけど、ガラスには触っても大丈夫だっけ? チョコ握り締めて溶けたら手のひらの変身解けちゃう? 溶けたチョコって液体って言うのかな……」

「……今の水月、嫌い」

「なんで!?」

荒凪について必死に考えていたのに、苦手な理科の視点に立って頑張っていたのに、どうして嫌われなきゃならないんだ。そっぽを向いた荒凪の後頭部と、僅かに覗く頬の端を見ながら、俺は途方に暮れた。
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