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泣き止まないから仕方ない (〃)
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俺との口論の結果、荒凪が腕を振るったことで吹っ飛ばされ手入れのされていない低木の上に落ちた前社長は、深いため息をついた後手を伸ばした。
「引っ張ってくれ……ケツがハマってどうしようもねぇ」
「あ……は、はい! 荒凪くん、ごめんね」
未だ泣きじゃくる荒凪を置いて前社長の元へ走る。彼を引っ張り起こし、無事を確かめる。
「はぁ……ったく、俺じゃなかったら肩甲骨とか肋骨とかヒビ入ってたぞ。なんつー怪力だよ、いってぇ……おいガキ、早くアイツなだめろ」
「ごめんなさい、俺……」
「早くなだめろ。ガキは大人に言われたことちゃっちゃとやれ」
「……はい」
走って荒凪の元へ戻り、泣き続けている彼を慰める。頭を撫でて、背をさすって、抱き締めて……全て無駄だ。荒凪の涙は止まらない。きゅうきゅうと鳴くばかりで泣いている理由を話してくれないから、かける言葉に悩む。
(多分生前の記憶が戻った影響だとは思うんですが……)
そもそも俺の言葉は届くのだろうか。
「……荒凪くん、大丈夫。もう怖いことも辛いことも起こらないから……俺が起こさせないから、今は安心していいから、ね? もう泣かないで」
なんて言ったって、過去の傷が消える訳じゃない。人として生きた彼らの命は失われている、今がどうだろうと過去には関係ない。俺が荒凪の立場なら、こんなことを言われたって何の慰めにもならない。でも、他に言うべきことも思い付かない。
「荒凪くん……?」
泣き止んだ? 俺の言葉が意外にも響いたのか?
「表に出るのは、好きじゃない」
顔を上げた荒凪の瞳孔はまた四つに増えていた。四つの手で涙を拭い、ため息をつく。
「水月なら、弟を泣き止ませられると思った」
「ご、ごめんね……期待裏切っちゃって」
「期待? 違う。予想」
どう違うんだ?
「荒凪くん……えっと、夜凪くんの方だよね、泣いてたの」
「……俺達は荒凪。区別は不要」
入れ替わっているような言動をしておいて、区別は不要はないだろう。
「記憶が戻ったのは、あまり良くない。弟の嘆きも、俺の憎悪も、鎮まらない。呪いを吐き出さずにはいられない」
「そんな……じゃあ、えっと……次はセイカ虐めたヤツら。セイカを車道に追い込んだヤツらね。次は、えー……アキの父親、この人は……うん、軽め。次は」
「待て待てやめろお前慣れるなそいつの扱いに。真尋に作らせたリスト送るから、そいつらに順番にかけていけ」
「あ……はい。じゃあ、えっと……まず連絡先交換しないとですよね」
「エアドロでいいだろ」
名前が羅列するだけの画像が送られてきた。先程話していた、冤罪の可能性がない死刑囚とやらの一覧だろうか。見覚えのある名前があるような……ないような。
「死なない程度にな」
「は、はい。それはもちろん……」
クズや殺人鬼が理由になって荒凪が殺処分対象の怪異になるなんて、ありえない。
「荒凪くん、抑えるの辛くなったらすぐ言ってね」
「分かった」
「はぁ……唯乃ちゃんの息子で真尋が選んだっつーから期待してたが……買いかぶりだったか。じゃあなジュニア、俺家ん中戻るぜ。ヤバくなったら呼べよ」
ぽつりと俺への失望を呟いて、前社長はダイニングへ戻った。
「…………なんだよ、俺は……結構頑張って……」
荒凪を抑えるのが難しくなったのは、アンタが荒凪に過去を思い出させたからじゃないか。霊視を頼んだのは俺だけど……
「………………はぁ」
秘書は俺の裁量で呪う相手を決めていいって言ったんだ。
「…………」
前社長は俺にどんな期待をしていたんだろう。応えられたら褒めてもらえたかな。
カサネが荒凪に怯えていたことを思い出し、今の彼を彼氏達に会わせていいものか迷い、アキの部屋に入る気も自室に戻る気もリビングへ行く気も起きず、ウッドデッキに腰を下ろした。
「水月、ここに居る?」
「……うん。荒凪くんがどこか行きたいなら付き合うけど」
「水月の居るところに居る」
「そっか……ね、隣座ってよ」
荒凪が俺の隣に隙間を開けずに座る。ギシィッ……とウッドデッキの軋む音が、俺が腰を下ろした時よりも大きかった。
「……荒凪くん、その……さっき泣いてた理由って、やっぱり……酷い目に遭ったから? あっ、も、もちろん言いたくなかったら話さなくていいんだけど」
「俺達は激痛を受けた、何よりの苦痛は片割れの痛み」
「お互いを想って……ってこと? いい兄弟なんだね」
「俺達には俺達だけだった」
「……そっか」
「今は水月が居る」
「荒凪くん……!」
単純に嬉しい。俺は荒凪にとって信頼と親愛を注ぐに足る相手なのだ。
顔を見て会話しているうちに気付いたことがある。今の荒凪は話していても口が動いていない。
「ねぇ荒凪くん、今喉の奥にある口で話してるの?」
「……? 俺は俺の口で話す」
荒夜と夜凪を区別するような質問をすると、荒凪は途端にトボけたような対応をする。この癖、正直ちょっと話しにくい。
(人間体だと言葉が拙くてかわゆかったのですが、アレは夜凪くんの方で……喉の奥に口がある荒夜くんの方は人間体でも人魚体でも口の構造が変わらないのスラスラ話すみたいですな)
喉に触れてみると荒凪は顎を上げ、俺の愛撫を受け入れた。
「キュルルル……」
心地良さそうな声と共に微振動が手に伝わる。
「……ふふ」
「キュ……?」
普段の幼さを感じる話し方がなく、少し寂しくなっていたところだ。イルカのような鳴き声の可愛さが変わっていなくて安心し、癒された。
「引っ張ってくれ……ケツがハマってどうしようもねぇ」
「あ……は、はい! 荒凪くん、ごめんね」
未だ泣きじゃくる荒凪を置いて前社長の元へ走る。彼を引っ張り起こし、無事を確かめる。
「はぁ……ったく、俺じゃなかったら肩甲骨とか肋骨とかヒビ入ってたぞ。なんつー怪力だよ、いってぇ……おいガキ、早くアイツなだめろ」
「ごめんなさい、俺……」
「早くなだめろ。ガキは大人に言われたことちゃっちゃとやれ」
「……はい」
走って荒凪の元へ戻り、泣き続けている彼を慰める。頭を撫でて、背をさすって、抱き締めて……全て無駄だ。荒凪の涙は止まらない。きゅうきゅうと鳴くばかりで泣いている理由を話してくれないから、かける言葉に悩む。
(多分生前の記憶が戻った影響だとは思うんですが……)
そもそも俺の言葉は届くのだろうか。
「……荒凪くん、大丈夫。もう怖いことも辛いことも起こらないから……俺が起こさせないから、今は安心していいから、ね? もう泣かないで」
なんて言ったって、過去の傷が消える訳じゃない。人として生きた彼らの命は失われている、今がどうだろうと過去には関係ない。俺が荒凪の立場なら、こんなことを言われたって何の慰めにもならない。でも、他に言うべきことも思い付かない。
「荒凪くん……?」
泣き止んだ? 俺の言葉が意外にも響いたのか?
「表に出るのは、好きじゃない」
顔を上げた荒凪の瞳孔はまた四つに増えていた。四つの手で涙を拭い、ため息をつく。
「水月なら、弟を泣き止ませられると思った」
「ご、ごめんね……期待裏切っちゃって」
「期待? 違う。予想」
どう違うんだ?
「荒凪くん……えっと、夜凪くんの方だよね、泣いてたの」
「……俺達は荒凪。区別は不要」
入れ替わっているような言動をしておいて、区別は不要はないだろう。
「記憶が戻ったのは、あまり良くない。弟の嘆きも、俺の憎悪も、鎮まらない。呪いを吐き出さずにはいられない」
「そんな……じゃあ、えっと……次はセイカ虐めたヤツら。セイカを車道に追い込んだヤツらね。次は、えー……アキの父親、この人は……うん、軽め。次は」
「待て待てやめろお前慣れるなそいつの扱いに。真尋に作らせたリスト送るから、そいつらに順番にかけていけ」
「あ……はい。じゃあ、えっと……まず連絡先交換しないとですよね」
「エアドロでいいだろ」
名前が羅列するだけの画像が送られてきた。先程話していた、冤罪の可能性がない死刑囚とやらの一覧だろうか。見覚えのある名前があるような……ないような。
「死なない程度にな」
「は、はい。それはもちろん……」
クズや殺人鬼が理由になって荒凪が殺処分対象の怪異になるなんて、ありえない。
「荒凪くん、抑えるの辛くなったらすぐ言ってね」
「分かった」
「はぁ……唯乃ちゃんの息子で真尋が選んだっつーから期待してたが……買いかぶりだったか。じゃあなジュニア、俺家ん中戻るぜ。ヤバくなったら呼べよ」
ぽつりと俺への失望を呟いて、前社長はダイニングへ戻った。
「…………なんだよ、俺は……結構頑張って……」
荒凪を抑えるのが難しくなったのは、アンタが荒凪に過去を思い出させたからじゃないか。霊視を頼んだのは俺だけど……
「………………はぁ」
秘書は俺の裁量で呪う相手を決めていいって言ったんだ。
「…………」
前社長は俺にどんな期待をしていたんだろう。応えられたら褒めてもらえたかな。
カサネが荒凪に怯えていたことを思い出し、今の彼を彼氏達に会わせていいものか迷い、アキの部屋に入る気も自室に戻る気もリビングへ行く気も起きず、ウッドデッキに腰を下ろした。
「水月、ここに居る?」
「……うん。荒凪くんがどこか行きたいなら付き合うけど」
「水月の居るところに居る」
「そっか……ね、隣座ってよ」
荒凪が俺の隣に隙間を開けずに座る。ギシィッ……とウッドデッキの軋む音が、俺が腰を下ろした時よりも大きかった。
「……荒凪くん、その……さっき泣いてた理由って、やっぱり……酷い目に遭ったから? あっ、も、もちろん言いたくなかったら話さなくていいんだけど」
「俺達は激痛を受けた、何よりの苦痛は片割れの痛み」
「お互いを想って……ってこと? いい兄弟なんだね」
「俺達には俺達だけだった」
「……そっか」
「今は水月が居る」
「荒凪くん……!」
単純に嬉しい。俺は荒凪にとって信頼と親愛を注ぐに足る相手なのだ。
顔を見て会話しているうちに気付いたことがある。今の荒凪は話していても口が動いていない。
「ねぇ荒凪くん、今喉の奥にある口で話してるの?」
「……? 俺は俺の口で話す」
荒夜と夜凪を区別するような質問をすると、荒凪は途端にトボけたような対応をする。この癖、正直ちょっと話しにくい。
(人間体だと言葉が拙くてかわゆかったのですが、アレは夜凪くんの方で……喉の奥に口がある荒夜くんの方は人間体でも人魚体でも口の構造が変わらないのスラスラ話すみたいですな)
喉に触れてみると荒凪は顎を上げ、俺の愛撫を受け入れた。
「キュルルル……」
心地良さそうな声と共に微振動が手に伝わる。
「……ふふ」
「キュ……?」
普段の幼さを感じる話し方がなく、少し寂しくなっていたところだ。イルカのような鳴き声の可愛さが変わっていなくて安心し、癒された。
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