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溢れる呪い (水月+荒凪)

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荒凪を連れてダイニングの窓から庭に出ると、荒凪を霊視してくれた前社長の男はまだウッドデッキに居た。

「あ……あの、ありがとうございました、荒凪くんの霊視……荒凪くん記憶戻ったみたいなんですけど、一体どうやったんです?」

「……ぁあ?」

俯いていた男が顔を上げる。顔を隠す布や、白い首、シャツには赤い液体が染み込んでいた。

「血……!? だっ、大丈夫ですか!?」

「あぁ……ちょっと目の周りの血管切れただけだ、デカい案件の霊視するとたまにこうなるんだよ。負荷に肉体が負けちまった。まぁ大したことはねぇんだが……めっちゃ目に染みるんだよなこれ、いってぇ……」

「あ、洗った方が……? 前見えます? 歩けます? 洗面所連れて行きましょうか」

「あー、大丈夫大丈夫。それより忘れねぇうちに霊視結果知らせとかねぇと。真尋に電話したい、ちょっと今前見えないから代わりに操作してくれ」

スマホが差し出された。指紋認証によるロック解除は既に終えている。俺はスマホを受け取り、電話帳から「真尋」の名を探し出した。

「あった。かけますね」

「おう、頼むぜ」

電話のマークをタップし、スマホを男に渡す。

「もしもし真尋ぉ?」

今、ワンコールで出たな……素晴らしい対応力だ、見習わないとな。

「んな怒んなよ、悪かったって。ほら、お前が前言ってた人魚……? 霊視してやったぜ。材料にされた子供が住んでた場所、怪異に加工された場所、そのやり方……一通り分かった。胸糞悪ぃよ。毛も生え揃ってねぇガキに、片方には拷問尽くし、もう片方には呪いと祟りのオンパレード。人間が受けられる苦痛の限界を目指したって感じだ」

「……!」

自然と拳を握り、手のひらに痛みを覚えるほど力を込めていた。

「すげぇ仕組みだぜこの人魚、苦痛や憎悪で呪いの効力を高めるのは基本だが……それに加え、二つの魂を一つに固めることで反発、融合、相互補完……霊力がほぼ無限じゃねぇか? これ。すげぇぞマジで。相性のいい魂同士じゃなきゃ一つに固めることも出来ねぇから、ホント奇跡の産物」

「…………ギュィ」

「……荒凪くん?」

「ん? あぁ……主犯の居場所ね、それは分かんねぇ。いや普通分かんねぇって。製造元調べたら社長の居所分かんのかって話よ、工場と会社はまず別んとこにあるし、家に居るかもしれねぇ、だろ?」

作られた時のことを思い出したからか、作った者の腕を評価するような言葉を聞いたからか、荒凪の機嫌が悪くなった。眉間に皺が寄っている。

(荒凪きゅん表情変わるようになりましたな……無表情もかわゆかったのですが、やっぱり色んな表情見れた方がお得でそ。怒っててもかわゆいゆい~!)

なだめるため、頭を撫でてみよう。

「で、目として飛ばされてるカラスが居てな、唯乃ちゃんジュニアが一羽捕まえたんだよ、あぁなんかカエルも居たらしいがそっちは知らん。そのカラスすげぇのよ、脳に直接術を彫ってある」

脳に……? 奇妙な言葉に荒凪の頭を撫でる手が止まってしまう。

「流派は分からん、独自のもんかもな。かなりのやり手だぜ。死体を完全に操作するとなると霊力の消費が大きいし、一度に一羽が限度だ。ずっとコントローラー握ってなきゃいけないようなもんだからな。だがこれはすげぇぜ、カラスの身体の操作はカラスの脳に任せてある。脳の再起動だ、簡単な命令だけ聞いて後は生前とほぼ同じ。紋様を彫る時に脳を傷付けてるんだが……その傷付ける領域選びの巧みさよ! マジやべぇぜ、再起動した時に動きに支障を出さない位置となるとかなり限られてくるのにそれに合わせて紋様彫ってんだぜ?」

死体の操作……俺が遭遇した物部と名乗ったアレは、完全に操作している死体だったということか?

「えげつねぇのは生きたまま頭開いて脳みそ彫ってるってとこだな。縫い付けてある目や耳も人間のもんだし……倫理観や道徳心が欠片もねぇ」

荒凪の体内にも何か彫り込まれているのでは……通話が終わったら聞いてみよう。

「んでよぉ、ん……? おい待てっ、何やってんだジュニア! そいつを落ち着かせろ役目だろ!」

「え……? あ、荒凪くん?」

見た目には荒ぶっているようには見えない、大人しく立っているだけだ。だが、彼の肩に触れると背筋に悪寒が走った。生命の危機を感じる。不機嫌なスイに相対した時や、何の対策もなしにサキヒコに取り憑かれていた時なんて、比べ物にならない。

「……っ」

荒凪の強力さを肌で感じる。声が出ない。身動ぎ一つが死に直結するような、呼吸すら躊躇うような、そんな感覚。

「うわ漏れてる漏れてる! 保有量を超えて霊力が生成されてるのか? やめろ結界破れるだろ! 内側からは脆いんだよこれ! クソ、使わせねぇとどうしようもねぇかコレ……真尋! 死刑囚の名前教えろ! 冤罪の可能性があるヤツはダメだぞ、現行犯で捕まったような通り魔系のヤツ! そいつを呪わせる!」

そうか、秘書が以前言っていた荒凪が暴走しそうな時の対策、災害を起こさせないための苦肉の策、誰かを命に別状はない程度に呪う……アレが使えるのか。

「ぁ……荒凪くんっ」

あの女を、セイカの母親に、僅かだろうと報いを与えられる。胸の奥で熱され続けた欲望が叶う時が来た、その喜びは感じていた生命の危機を忘れさせ、声の出し方を思い出させた。
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