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母親への分の愛情を…… (水月+シュカ)

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俺には涙を流す権利なんてないから必死に堪えた。声が震えて裏返るのは止められなかったけど、どうにか詰まらずシュカに全て白状出来た。俺がミタマに「シュカのお母さんの認知症が治りますように」と願ったせいなのだと。

「…………水月、が?」

「うん……ごめん。許して欲しい訳じゃない、俺のせいだから……俺を責めていいって、そう言いたいんだ」

「そう、水月が…………ありがとうございました。すごく、嬉しかったんです。久しぶりに母さんに会えて」

「ぇ……シュカ……シュカっ、いいんだぞ、俺を責めてくれて。俺が悪いんだ、俺ずっと余計なことばっかりしてて……!」

「本当に嬉しかったんですよ、私は。信用してください」

「でも……でも、上げて落とされるの、ずっと落ちたままより辛いだろ。中途半端な希望なんて……ない方がマシだろ」

何もしない方がマシな俺と同じだ。

「いいえ、一過性のものと分かっていましたから。そういうものなんですよ認知症って、たまに調子が良くなるんです。あそこまで元に戻るなんて東京に来てからは一度もなかった、また母に会えて私はすごく嬉しかったんです」

「…………本当に? 俺を……気遣ってるとかじゃなくて、本当に……嬉しかった? シュカ……嬉しかったのか?」

「はい。上げて落とされたら辛いとあなたは言いましたけど、治ったなんて幻想を抱くほど私はバカではありませんから、そもそも上がっていません。ただ、母に会えて嬉しかったんです」

「……なら泣かないだろ」

シュカは潤んだ瞳を見開く。厚みの違う二つのレンズはシュカの瞳の左右のサイズを微妙に変えて見せる。見つめ合わなければ分からないこの些細な特徴は、いつも俺に喜びを与えてくれる。

「…………泣いてませんよ」

「え? いや泣いてたって」

「泣いてません、適当言わないでください」

「……シュカ、泣いていいんだぞ? 俺の前では、特にな。ちょっと冷静になっちゃってもう泣けないかな、それとも人多い? コンちゃんとサキヒコくんに席外してもらうか?」

「私泣いたことありません」

「コンちゃん、サキヒコくん、悪いけど……」

みなまで言わずとも二人は分かってくれている。去ったとシュカに伝わるよう姿を消さずに実体化したまま歩き去った。

「……ほらシュカ、俺しか居ないよ」

「…………」

「泣いていい、責めてくれてもいい、言いたいこと言ってくれ」

「………………嬉しかったんです。本当に……本当に、認知症が治ったなんて思ってませんでしたし、上げて落とすなんてされてません、上がってないんです」

二人に席を外してもらうまでと同じことを言っている。俺に全てを話してはくれないのだろうか、それともまだ隠している気持ちがあるというのは俺の勘違い?

「ただ……」

「……! ただ?」

「ただ、約束を……一緒に夕飯を食べるって約束を……果たしたかったなぁ、と…………思った、ん、でしょうか……私。それとも、待ってるって言ったの信用して、待ってたって迎えてくれるの期待しちゃってたんでしょうか、バカみたいに。もう一度名前呼んでくれるって、思っちゃったんでしょうか……分からないんです、私にも……よく」

涙が乾いてしまう前にと、俺はシュカの頬を親指の腹で拭った。

「頭で考えたことを思い出しても、何一つ期待を抱いた覚えはありません。治った訳じゃないと、学校から帰った後も戻ったままとは限らないと、ちゃんと分かって…………分かっていたと思い返せるほどに、私はそう自分に言い聞かせてきたということでしょうか。本心ではバカみたいに希望を抱いていて、でも上げて落とされないようにと頭が情けなくも予防線を張って、実際考えていた通りになったら考えていた通りになったのに無様にショック受けたんでしょうか?」

「…………俺はそう感じてるよ。情けないとかは思ってないけど」

「そう……そう、かも……しれません。私は私が考えているよりずっとより愚かだった……上げて落とされて辛かったのかもしれません。でも、嬉しかったのは本当で、願ってくれたあなたに感謝したくなったのも本当です。だから結局、お礼を言いたい。ありがとうございました、水月」

「……どういたしまして」

傷を抉っただけだと思っていたのに、シュカはどこか晴れやかな笑顔で礼を言ってくれた。

「…………ねぇ、水月、名前を呼んでください」

「あぁ、もちろんだよ。シュカ」

「もう一度……」

「……? シュカ」

「………………私には、あなたが居る。全て元通りですね。ねぇ、水月……私を忘れないでくださいね」

抱き締めるのが正解だと、今度は分かった。返事をし、名前を呼びながら抱き締めると、シュカは俺の背に腕を回した。俺の背を引っ掻くように強く、また下手くそな泣き方をして、俺の胸を締め付けた。

「俺が居る……シュカには俺が居るからな」

頭を撫でて耳元で囁いて、優しく宥めながら俺は灰暗い喜びを覚えていた。

「俺は身も心も絶対にシュカから離れない」

頭では分かっていても心は上げて落とされ深く傷付き、母への希望も薄れただろう。代わりに強まったのはきっと、俺への依存だ。俺の甘い言葉はきっとシュカに麻薬のように染み入る。

「愛してる……」

心の傷に染み込んだ俺の愛情が、シュカに俺を求めさせる。

「……………………ふふっ」

俺に依存したシュカはまさに病的に可愛いだろう。
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