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すき焼き一緒に食べたかった (水月+シュカ・ミタマ・サキヒコ)

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シュカの家に行く前にスーパーに寄り、夕飯の材料を買った。

「今日は奮発してすき焼きにします」

「鶏肉でするのか?」

「……? すき焼きは鶏でしょう」

「まぁ、美味しいしどっちでもいいけど」

三人分の食材が購入された、俺もシュカの手料理が食べられるのだ。楽しみだな。

「私は母に帰宅を伝えてきます。水月、すみませんが荷物をキッチンに運んでおいてくれますか?」

「あぁ、任せろ」

彼の母の部屋へと向かったシュカを見送り、あんなにも上機嫌なシュカは珍しいなと微笑ましく思う。

「よいしょ……」

冷蔵庫の脇に荷物を置き、水垢の目立つシンクを見下ろす。コンロ周りにも焦げや、零れて炭化するまで放置された食材の欠片の成れの果てがチラホラ見える。掃除しておいてやったら喜ぶだろうか、恥じるだろうか、どちらにせよ今その時間はない。シュカが風呂に入る時にでも試してみよう。

「コンちゃん、コンちゃんはシュカのお母さんの認知症治せないと思うとか言ってたけどさ、何とか出来たみたいだね」

「うーむ……そうかのぅ」

「コンちゃんは幸運を与えるんでしょ? 認知症……詳しくないけどさ、治ることあるんだよきっと。コンちゃんは奇跡を引き寄せたんだ」

「……なら、ええのぅ」

色白な肌に赤みを差し、はにかむミタマを見ている俺も自然と笑顔になる──女性の悲鳴が聞こえた。

「なっ、何!? お義母さま!?」

助けを求める声だ。来ないでと、殺されると、真に迫った金切り声だ。

「……! まさか、化け物っ」

目玉や耳を縫い付けられたカラスや、無数の目玉を持つ大蝦蟇のような化け物が、シュカとその母親を襲っている光景が頭に浮かぶ。

「シュカ!」

叫ぶが早いか、シュカが部屋から飛び出してきた。

「シュカ、お母さんは!」

「……っ」

シュカは返事をせず、部屋に飛び込もうとする俺の道を阻む。狭いシュカ宅の廊下では真ん中に立たれるだけで通行が封じられる。彼が立ち塞がる理由を俺は俺を危険から遠ざけるためだと自惚れた。

「大丈夫だシュカ、今度こそ俺がどうにかする!」

カサネから借りた黒曜石のナイフを巾着から出して握り締め、義憤と下心と雪辱の思いで恐怖を塗り潰す。

「みっちゃん」

「行くよコンちゃん、お義母さま助けないと!」

「みっちゃん、よう聞け。何の気配もせん、妖怪変化など来とらんよ」

「へ……? 何言ってんの!? 助けてって言ってたじゃん! 早く行かないと!」

もう叫び声が聞こえない、まさかもう──!

「…………水月」

「シュカ! お母さんを……」

「食材を、冷凍庫へ。水月の家に連れてってください」

「……シュカ?」

「何も、起こってません。何も……何も起こってないんです、いつもと同じ、昨日の朝までと……同じです」

「シュカ、それはどういう……?」

「……何ですコレ、ナイフ? ふふっ……頼もしい。母を刺しますか、いっそそれがいいかもしれませんね、ふふ……ふふっ、ふ…………ぅ……ゔ、ぉえっ……けふっ、ゔ……ぅ、ゔぅゔ……」

嗚咽と共にシュカが崩れ落ちる。へたり込んで唸るような下手くそな泣き方を俺に知らせた。

「ミツキ、ミツキ」

初めて目にするシュカの姿に戸惑う俺の背をサキヒコがつつく。

「被害妄想……認知症の方にはよくあることだ。介護をする者を自分の敵と……泥棒や、殺人者だと誤認する。一親等だろうとそう扱われる」

「………………じゃあ」

さっきの悲鳴は、言葉は、シュカに向けられたものだったのか。

「……シュカ」

もし俺の母が俺を忘れて俺を犯罪者か何かだと思い込んだなら、俺の名を愛しげに呼んだその声で敵対的な言葉を投げ付けられたなら、あの優しい笑顔が敵意に歪んだなら、俺はシュカのように介護が出来ただろうか。あまりに辛くて泣き出したなら、どうされたいだろう。

「シュカ、シュカ……」

言葉が思い付かない。触れていいのかも分からない。とりあえず膝をついて体勢を似せてみたけれど、どうしよう。背を撫でる? 頭を上げさせる? 抱き締める? 何が正解だ?

「…………」

食事を投げつけてくることもあると以前聞いた。それでもシュカは折れずに母親の介護を続けてきた。そんなシュカが今泣いているのは、俺がまやかしの希望を与えたせいでは? 深く考えず、何も知らず、ミタマに願ったから──ミタマの与えた幸運が少しの間だけ以前の母親に戻るというものだったから──治ったかもと希望を抱いたシュカは、以前の母と触れ合って改めて認知症を患った別人ぶりを見たシュカは、俺のせいで折れた?

「ぁ……」

あぁ、また、俺だ。また俺のせいだ、また余計なことをした、ずっとこうだ、俺は無能な働き者だ、何もしない方がマシなんだ。

「シュカ……ごめん、ごめんっ、俺のせいだ、俺のっ」

涙を流す権利なんてないだろうと心の中で自分を怒鳴りつけながら、勝手に震えて裏返る声で全て吐いた、俺がミタマに願ったせいなのだと、許しを乞わずにただ真実を白状した。
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