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部屋に居た幼子 (水月+カサネ・レイ・ノヴェム)

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カサネとレイと三時頃までゲームをして過ごした。三時を過ぎた頃、そろそろカサネの荷物とペットを俺の部屋に移しておくかという話になり、三人で分担して荷物を持つことになった。いや、荷物を持つのは俺とレイだけだ。

「ごめんな、手伝ってもらっちゃって」

「気にしなくていいっすよこれくらい」

カサネはパグ犬を抱いて両手が塞がっている。ベッドを始めとした犬用品とカサネのボストンバッグは俺とレイで持っている。

「葉子さんは……居ないな、部屋かな」

「せんぱいあの人嫌がるっすよね~」

「嫌だろ……俺の部屋こっちです、先輩」

二人を先導して自室の扉を開けると、ベッドの上がこんもりと膨らんでいた。毛布を被った小さなそれは、ゆっくりとこちらを向く。

《誰……? あっ、お兄ちゃん! おかえりなさいお兄ちゃん!》

ランドセルを背負い、通学帽も被ったまま、毛布にくるまっていたノヴェムが毛布から飛び出し、駆け寄ってくる。

《あのねあのねっ、僕のお家の塀のとこにね、怖いの居たんだ。最初は普通のカラスさんだと思ったんだけど、よく見たらね、よく見たらねっ……目? とか、耳? とかっ、くっついててぇ……怖かったぁ~! うぇええぇえんっ!》

俺の服をぎゅっと掴んで何か話したかと思えば、突然泣き出した。

「ど、どうしたのっ? 大丈夫?」

「子供……?」

「お隣のノヴェムくんっす」

「へー、預かってんの? 面倒見いいもんな水月くん」

俺がノヴェムに手を出していると冗談交じりにでさえも言わなかったのはカサネが初めてだ。

「よしよし……ごめんね、今日は俺アキの部屋に居たんだよ。寂しかった?」

普段俺の家に預けられているノヴェムは、ランドセルなどの荷物をダイニングの隅に置いてアキの部屋に向かうはずだ。小学校から帰った時間では、家の方に居るのは義母だけだから、遊んでくれるアキお兄ちゃんに会いに行くはずだ。何故彼は今日、俺の部屋で縮こまっていたんだ?

「……何かあったの?」

「化けガラス見たって言ったべや。怖かったってよ」

「え……先輩英語分かるんですか!?」

「はぁ? バカにすんなよ不登校児だからって」

「ノヴェムくんさっきなんて言ったんですか?」

「だからカラス見たって。あの化けガラス。で、怖かったって」

「……ありがとうございます。もう大丈夫だよ、ノヴェムくん。この家には怖いの入ってこないからね……って言ってくれます?」

「話すのはあんま得意じゃねぇけど……」

カサネは俺にも聞き取れるカタカナ発音でゆっくりとノヴェムに話しかけた。俺にとっては聞きやすい英語だったがノヴェムにとってはそうではなかったようで、時折首を傾げていた。

「化けガラスって何すか?」

「お化けに襲われるかもだから俺ん家集まれって言ったろ? そのお化けだよ。本当に来るとはあんまり思ってなかったけど……ボディガード頼んだり、家に集まるように言って本当によかった」

柔らかな金色の髪をくしゅくしゅと撫でてやり、まだぐずっているノヴェムを抱き上げてあやした。

「本当にお化け居るんすね……あっ、カサネくん、給水器ってどこに付けるんすか?」

「あ、えっと……えー…………あっ、水月くん、この机の足に付けていいかな」

「どこでもご自由にー。よしよし、ノヴェムくん泣かないで……目擦っちゃダメ、もう大丈夫だからね」

俺がノヴェムをあやす傍ら、二人は犬用品を部屋に設置していった。パグ犬はカサネの腕の中から下ろされてすぐに犬用ベッドに走り、その上でくるくる回って寝床を整えると、端に顎を乗せて寝始めた。

「ノヴェムくんつつかれたりしたんすか?」

「カラスそういうとこあるからな……」

「普通のカラスは石投げたりしなきゃ何もしないんすけど、お化けとなると別なんすかね」

「カラスは近付いただけで襲ってくるだろ!」

「えぇ……そんな凶暴じゃないっすよ、頭いいんすから。なんかいじわるしたんでしょ」

「してねぇよ! 自転車漕いでたらつつかれたか蹴られたかしたんだよ、急に頭殴られたかと思ったんだから」

「きっとホントに変なおじさんに殴られたんすよ、一般通過カラスに冤罪かけてるんすよカサネくんは」

子育て中だったか、ある季節のカラスは巣を守るため過敏に外敵を排除すると聞く。カサネが襲われたのは多分それだ、運悪くカラスの縄張りに入ったのだろう。

「よしよし……泣き止んだか? ごめんなぁ、巻き込んじゃって……」

涙が止まったらしいノヴェムを床に下ろす。彼は俺の手を握り、カラスの話で盛り上がっている二人を見上げた。

《変わった髪の毛のお兄ちゃん……初めて会う人?》

「ん、あ、あぁ……はじめまして……カサネ、です…………み、水月くん? 俺子供の相手苦手なんだよ、もう連れてってくれ」

「はじめまして、ノヴェムです。よろしく、おねがいします」

ぺこりと頭を下げた。身体の割に頭が大きいのが子供の特徴だが、そんな子供のお辞儀はどうしてこんなにも可愛いのだろう。

「かさね、お兄ちゃん?」

「ぅ……うん、なに?」

声が上擦っている。本当に子供が苦手らしい。

「お兄ちゃん、髪ー……ぁー、しゃらん? です、ねー」

《…………私は英語を理解しています。英語での会話、願います》

《……ぼく、日本語間違えてた? お兄ちゃん、髪おしゃれだねって言いたかったの》

《どうもありがとう。それは日本語では「お、しゃ、れ」と言います。あなたが言ったのは「しゃらん」でした》

「おしゃれー……」

「そうそう。ふふ、ありがとな」

《お兄ちゃんの英語かわいいねぇ》

打ち解けてきたのかと思い始めたその直後、カサネがずーんと落ち込んだ。

「……先輩?」

「英語は……読み聞き専門なんだ、俺は」

「どうされたんです?」

「なんでもない……早く連れてけよ、子供苦手なんだ」

「……? はい。ノヴェムくん、おいで」

床に膝をついて両手を広げるとノヴェムは俺の胸に飛び込んでくる。俺に全幅の信頼を寄せる愛らしい彼を抱き上げ、落ち込んだカサネとくつろぐパグ犬を残し部屋を後にした。
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