1,840 / 1,941
何とか逃走 (〃)
しおりを挟む
赤い糸で人間の耳や目玉を縫い付けられたカラスに、人間の頭ほどの大きさの巨大な目玉を頭部を埋め尽くすほどに生やした、体高が俺と同じほどある巨大なカエル。二種の化け物が今、俺の目の前に居る。
「いっ、いぃいいっ……一旦家入るっ? 鍵、あけまーす……」
よく見るとカエルの身体は少し透けている、実体がないんだ。家の壁だとかをすり抜けて入ってきて、俺達の退路が狭まるだけな気がする。
「人魂の準備はいいぞ、ミツキ。ぶつけるか?」
真正面にはカエル。左右はない、塀に囲まれたカサネ家の敷地だ、室外機だとかを置くちょっとしたスペース。
「カサネたん、裏口あります?」
「あ、ある……けど」
正面にカエル、左右はなく、背後は扉。なら扉の方へ逃げるしかない。舌を避けるためのジグザグ走行が不可能な室内へと。
「よし、わたくしが合図したら扉を開けて逃げ込んでください。わたくしはスプレーをカエルに使いまそ、サキヒコくんは人魂をカラスにお願い」
「カラスにか?」
「アイツ、カエルを呼んでた。カラスの目も塞がないと逃げらんないよ。塀の上のはスプレーでイケそうだから、電線のをお願い」
「……分かった」
「…………今だ!」
呼吸をしている様子のない怪異相手にタイミングを伺うのは無駄だ。カエルが動き出す前に俺は素早く呼吸を整え、叫びながらスプレーをカエルに向け、引き金を引いた──引けない、硬い。
「……は?」
全てがスローモーションに見える。サキヒコが飛ばした人魂がカラスの群れの目の前で消える寸前の線香花火のように強く輝き、俺の目の前ではカエルが大口を開けた。
「ぁっ」
柔らかくヌメった長い指が、カエルの手が、俺の背に添えられる。舌も伸ばさず食らいつく気だ。死を覚悟してかスローモーションに動く景色の中、全てが鮮明になって、熊スプレーに書かれた「セーフティロックを外してからご使用ください」の文字がハッキリ見えた。
ばくん
暗い。カエルに歯はないから痛みはない、ただ臭くてぬるぬるして気持ち悪い。丸呑みにされる恐怖が腹の底から湧き上がってきたその時、俺が今から送られるはずだった喉奥から悲鳴が上がってきた。人間のものではない、カエルの……なのだろう、カエルの悲鳴を聞いたのは初めてだから確証はないけれど。
「……ミツキっ!」
ベルトを掴まれ、にゅるんっとカエルの口から上半身を引っ張り出された。そのままサキヒコに引っ張られて数歩後ずさる。
「クッ……ソ! はぁっ……命に替えても守るんじゃなかったっけぇ!?」
後ずさった俺が見たのは、カエルの目玉の一つに何かを突き立てるカサネの姿だった。何かを握った手をカサネはカエルの目玉に何度も擦り付けるように動かす、その度カエルの目玉からは黒くドロっとした血が溢れた。
「逃げるぞ!」
カサネがカエルから離れるとサキヒコはそう叫んだ。俺達は身体を反転させ、家の中に逃げ込んだ。
「繰言! 裏口はどこだ!」
「真っ直ぐ行って右!」
サキヒコが扉を勢いよく開ける。俺は扉を押さえ、少し遅れているカサネを待った。
「カサネたん早く!」
「分かって──」
血色の悪いカエルの舌がぺとりとカサネの左二の腕にくっつく。
「──るっ……!?」
俺が咄嗟にカサネの左手を握るが早いか、カサネは右手で握り締めていた黒く尖った何かでザクザクと何回も舌を刺し、掻き、削った。
「痛っ……」
舌が離れると同時に俺はカサネの左手を強く引き、離し、背を押した。裏口から飛び出た俺達は塀に取り付けられた扉をもう一枚抜けて、道へ飛び出た。
「ミツキ、私を抱えてくれ。目くらましを仕掛けたい」
「分かった、おいで」
飛び込んできたサキヒコを受け止め、横抱きにする。前を走るカサネの背だけを見つめて走る。
「あの化けガエル、まだ……!」
サキヒコは青く輝く人魂を俺の背後に向かって投げた。
「繰言! 頻繁に曲がれないか!」
「えっ、わ、分かった!」
カラスの醜い鳴き声はまだ着いてきている。
「打ち漏らしがあったか……」
「サ、サキヒコくんっ? なんか透けてきてない?」
「……ミツキにはそう見えるのか? そうか、実体化に割く力がなくなってきたようだな……大丈夫、ミツキに見えなくなるだけだ」
スイに霊視を依頼し、荒凪が逃げ出した時──サキヒコは初めて俺に人魂を見せてくれた。その時に教えてくれた、人魂は再び取り込むから霊力の消費が抑えられていると。取り込まず、ぶつけて破裂させ目くらましとして使うのは、サキヒコにとってかなり辛いことじゃないのか?
「サ、サキヒコくんもういいよ! 大丈夫!」
「まだカラスが追ってきている、ヤツらを振り切らなければ安息はない」
「でもっ……!」
サキヒコの手の中で再び人魂が作られ、彼の姿がより透ける。彼を抱いている俺の腕が透けて見えている。
「よし、もう一羽……」
青い輝きが頭上で炸裂する。腕の中のサキヒコの姿はもう、陽炎のように揺らいでいた。
「水月くんっ、駅着いた……! サキヒコくんなんか幽霊っぽくなってる!」
「誰にでも見える状態を維持出来なくなっただけだ、鉄道を使うのならちょうどいい。私は消えておく」
サキヒコの姿が完全に見えなくなった。不安はあるが、普段通りの彼の様子を思い返して自分を落ち着ける。
「水月くん、これ持っててくれん?」
「ひんやり枕……? 何でです? フランクちゃんの大事なクーラーの元でしょう?」
「電車に乗れる動物はケース含めて十キロまでなんだよ。フランクは九キロ弱……大丈夫だとは思うけど、な」
「へぇ……そんな決まりあったんですね」
肩にかけたボストンバッグの上に枕を置いた。改札を抜けてホームに立つとカサネは枕をキャリーバッグに戻した。
「戻すんですね」
「車内で重さ計られることはねぇからな。それより、あのバケモンもう居ねぇか?」
「追ってきてはないみたいですね」
「……電車事故らせられたりしねぇかな」
「え、それは……どうでしょう」
カサネは深いため息をつきながら巾着を握り締める。
「……あの、それって」
「ナイフみたいなもん。今この話するなよ、銃刀法違反とか言われるかもだろ」
「ぁ……はい」
ただ電車を待っているだけなのに、人の目を感じる。ついさっき浴びたカエルの血や、上半身を包んだ唾液は、もう消えている。ミタマが言っていた、幽霊や妖怪の血は含まれている霊力が尽きると消えるから、たとえ浴びたとしてもすぐに跡形もなく消え去ると。だから、注目を集めているのは俺が超絶美形ゆえだろう。
「……あれ?」
カサネの左の二の腕、季節外れの長袖で隠れたそこは血で汚れている。カサネが浴びたのはまだ消えていないのかと、何気なくそこに触れた。
「痛っ!? な、なんだよっ」
「えっ……これカサネたんの血ですか!?」
「はぁ? あぁ……そうだよ。うわ、服結構染みてるな……最悪」
「ど、どこでこんなぁっ」
「電車来た。乗るぞ」
カサネは俺のせいで一時的に増しただろう痛みに顔を歪めつつ、電車に乗り込んだ。
「いっ、いぃいいっ……一旦家入るっ? 鍵、あけまーす……」
よく見るとカエルの身体は少し透けている、実体がないんだ。家の壁だとかをすり抜けて入ってきて、俺達の退路が狭まるだけな気がする。
「人魂の準備はいいぞ、ミツキ。ぶつけるか?」
真正面にはカエル。左右はない、塀に囲まれたカサネ家の敷地だ、室外機だとかを置くちょっとしたスペース。
「カサネたん、裏口あります?」
「あ、ある……けど」
正面にカエル、左右はなく、背後は扉。なら扉の方へ逃げるしかない。舌を避けるためのジグザグ走行が不可能な室内へと。
「よし、わたくしが合図したら扉を開けて逃げ込んでください。わたくしはスプレーをカエルに使いまそ、サキヒコくんは人魂をカラスにお願い」
「カラスにか?」
「アイツ、カエルを呼んでた。カラスの目も塞がないと逃げらんないよ。塀の上のはスプレーでイケそうだから、電線のをお願い」
「……分かった」
「…………今だ!」
呼吸をしている様子のない怪異相手にタイミングを伺うのは無駄だ。カエルが動き出す前に俺は素早く呼吸を整え、叫びながらスプレーをカエルに向け、引き金を引いた──引けない、硬い。
「……は?」
全てがスローモーションに見える。サキヒコが飛ばした人魂がカラスの群れの目の前で消える寸前の線香花火のように強く輝き、俺の目の前ではカエルが大口を開けた。
「ぁっ」
柔らかくヌメった長い指が、カエルの手が、俺の背に添えられる。舌も伸ばさず食らいつく気だ。死を覚悟してかスローモーションに動く景色の中、全てが鮮明になって、熊スプレーに書かれた「セーフティロックを外してからご使用ください」の文字がハッキリ見えた。
ばくん
暗い。カエルに歯はないから痛みはない、ただ臭くてぬるぬるして気持ち悪い。丸呑みにされる恐怖が腹の底から湧き上がってきたその時、俺が今から送られるはずだった喉奥から悲鳴が上がってきた。人間のものではない、カエルの……なのだろう、カエルの悲鳴を聞いたのは初めてだから確証はないけれど。
「……ミツキっ!」
ベルトを掴まれ、にゅるんっとカエルの口から上半身を引っ張り出された。そのままサキヒコに引っ張られて数歩後ずさる。
「クッ……ソ! はぁっ……命に替えても守るんじゃなかったっけぇ!?」
後ずさった俺が見たのは、カエルの目玉の一つに何かを突き立てるカサネの姿だった。何かを握った手をカサネはカエルの目玉に何度も擦り付けるように動かす、その度カエルの目玉からは黒くドロっとした血が溢れた。
「逃げるぞ!」
カサネがカエルから離れるとサキヒコはそう叫んだ。俺達は身体を反転させ、家の中に逃げ込んだ。
「繰言! 裏口はどこだ!」
「真っ直ぐ行って右!」
サキヒコが扉を勢いよく開ける。俺は扉を押さえ、少し遅れているカサネを待った。
「カサネたん早く!」
「分かって──」
血色の悪いカエルの舌がぺとりとカサネの左二の腕にくっつく。
「──るっ……!?」
俺が咄嗟にカサネの左手を握るが早いか、カサネは右手で握り締めていた黒く尖った何かでザクザクと何回も舌を刺し、掻き、削った。
「痛っ……」
舌が離れると同時に俺はカサネの左手を強く引き、離し、背を押した。裏口から飛び出た俺達は塀に取り付けられた扉をもう一枚抜けて、道へ飛び出た。
「ミツキ、私を抱えてくれ。目くらましを仕掛けたい」
「分かった、おいで」
飛び込んできたサキヒコを受け止め、横抱きにする。前を走るカサネの背だけを見つめて走る。
「あの化けガエル、まだ……!」
サキヒコは青く輝く人魂を俺の背後に向かって投げた。
「繰言! 頻繁に曲がれないか!」
「えっ、わ、分かった!」
カラスの醜い鳴き声はまだ着いてきている。
「打ち漏らしがあったか……」
「サ、サキヒコくんっ? なんか透けてきてない?」
「……ミツキにはそう見えるのか? そうか、実体化に割く力がなくなってきたようだな……大丈夫、ミツキに見えなくなるだけだ」
スイに霊視を依頼し、荒凪が逃げ出した時──サキヒコは初めて俺に人魂を見せてくれた。その時に教えてくれた、人魂は再び取り込むから霊力の消費が抑えられていると。取り込まず、ぶつけて破裂させ目くらましとして使うのは、サキヒコにとってかなり辛いことじゃないのか?
「サ、サキヒコくんもういいよ! 大丈夫!」
「まだカラスが追ってきている、ヤツらを振り切らなければ安息はない」
「でもっ……!」
サキヒコの手の中で再び人魂が作られ、彼の姿がより透ける。彼を抱いている俺の腕が透けて見えている。
「よし、もう一羽……」
青い輝きが頭上で炸裂する。腕の中のサキヒコの姿はもう、陽炎のように揺らいでいた。
「水月くんっ、駅着いた……! サキヒコくんなんか幽霊っぽくなってる!」
「誰にでも見える状態を維持出来なくなっただけだ、鉄道を使うのならちょうどいい。私は消えておく」
サキヒコの姿が完全に見えなくなった。不安はあるが、普段通りの彼の様子を思い返して自分を落ち着ける。
「水月くん、これ持っててくれん?」
「ひんやり枕……? 何でです? フランクちゃんの大事なクーラーの元でしょう?」
「電車に乗れる動物はケース含めて十キロまでなんだよ。フランクは九キロ弱……大丈夫だとは思うけど、な」
「へぇ……そんな決まりあったんですね」
肩にかけたボストンバッグの上に枕を置いた。改札を抜けてホームに立つとカサネは枕をキャリーバッグに戻した。
「戻すんですね」
「車内で重さ計られることはねぇからな。それより、あのバケモンもう居ねぇか?」
「追ってきてはないみたいですね」
「……電車事故らせられたりしねぇかな」
「え、それは……どうでしょう」
カサネは深いため息をつきながら巾着を握り締める。
「……あの、それって」
「ナイフみたいなもん。今この話するなよ、銃刀法違反とか言われるかもだろ」
「ぁ……はい」
ただ電車を待っているだけなのに、人の目を感じる。ついさっき浴びたカエルの血や、上半身を包んだ唾液は、もう消えている。ミタマが言っていた、幽霊や妖怪の血は含まれている霊力が尽きると消えるから、たとえ浴びたとしてもすぐに跡形もなく消え去ると。だから、注目を集めているのは俺が超絶美形ゆえだろう。
「……あれ?」
カサネの左の二の腕、季節外れの長袖で隠れたそこは血で汚れている。カサネが浴びたのはまだ消えていないのかと、何気なくそこに触れた。
「痛っ!? な、なんだよっ」
「えっ……これカサネたんの血ですか!?」
「はぁ? あぁ……そうだよ。うわ、服結構染みてるな……最悪」
「ど、どこでこんなぁっ」
「電車来た。乗るぞ」
カサネは俺のせいで一時的に増しただろう痛みに顔を歪めつつ、電車に乗り込んだ。
31
お気に入りに追加
1,208
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる